第4話(全4話)

ACTアクトスリーでキャンセルーーと、云う事で・・」


幡野は便利屋の事務所まで出向いて契約の解消に勤めた。


「実は免停にまでなってしまって・・」


先日、スピード違反で減点された話も付け加えておいた。


「判りました。少々、御待ち頂けますか?」


そう云って支店長は発注書のファイルを覗き始めた。

丸い銀ブチ・メガネを掛ける支店長の短髪は整髪料で仕上げられていた。

一流大学を出てはいないが気転の効く、仕事上手な男ーーと幡野は彼をそう勝手に評していた。司法試験など目指して下積んではきたが、実を結ばなかったオーラも、何故か見て取れてしまった。


*****


”貼紙・xエックス

 ーー云々・・

 会員制クラブ・スペクタル”


例の貼紙のサンプルが幡野の目に入った。


<アナタの願うシチュエイション・受付・対応・実施中です>


一見、普通の便利屋の様だがレジの所に今回のコースを紹介するポップが掲示されてあった。

幡野栄さん、ですよね・・支店長は再度、確認をする。

自転車で通勤し、更にこのショップにまで足を運ぶ。


(結局、再婚に関し何も進展しなかったーー)


もっと身近な結婚相談所などに連絡した方が早かったと幡野はつくづく反省させられている。彼は依頼のおりついつい再婚相手を探しているむねまで、しゃべってしまった。

その記録がファイルにあり、支店長は、この人物が彼か・・と照合してゆく。

見た所、努力は必要だと感じ取れてしまった。


*****


「では、この金額で御願いします」


支店長は電卓で数字を示し、幡野にチャージを請求した。


「む?」


ふと窓の外を見ると車イスに座るユリの姿が目に入った。


「彼女、ここのスタッフさん?」


何気無く、幡野はそう尋ねた。


「ええ、まぁ」


支店長はあまり触れられたくない様相だ。


筋肉が硬直しているらしく感情も停止しているかの如く見て取れてしまった。


「ーー階段から、すべり落ちて首の背面を強く打ちましてね・・」


支店長は聞かれるまで幡野に話すつもりは、無かった。

幡野は幡野で、あの覆面女のひとりがユリであるーーという事実は一切、知らない。

ジャージを着せられた彼女は、もう必要以上の装飾を何ひとつ見に付けてはいなかった。


*****


「何か、近頃、レジデンス南には立入禁止とまで云わなくとも、近寄らない方がいいーーという話が広まっているとか・・」


幡野の問いに支店長は ”はぁ” とと相づちを打つ位しか返答をしない。

幡野から依頼された内容を稼働させた・その翌朝よくあさ、早朝、任務完了の留守録が入っていない事を不思議に感じた支店長はすぐ様、レジデンス南に向かい英子とユリの気絶体を車に乗せ、内密に応対してくれる知人の町医者に診療を依頼していた。


(この鍵さえ、手に入らなければ・・)


レジデンス南の二階の角部屋の鍵を、不動産業者を装い、当時・立ち退いた男性の元・恋人より回収ーーという名目で支店長は譲渡してもらう話を成立させている。

彼は角部屋を自由に使える事でスタッフの安全を獲捕・出来ると信じていた。


(裏目に出たか・・)


今回の任務は悔む結果とあいなってしまった。


*****


更に ”英子が鉄格子の張り巡らされた精神病棟に入院している” 事実など、店の評判を守る為もあってか、支店長は幡野に話す気にも、なれない。


(元々、過去に発狂癖があった様だ)


知り合いの町医者はそうフォローをしてはくれたのだが、実は支店長も、こんなピンチは今までの運営上、経験した事が無かった・・正直、キャンセルに来店してくれた事で、少し落ち付を取り戻せてはいる。


”のっぺらぼうの女は居ません”


小さく点けてあったFMラジオの音源からショッキングな伝達が流れ始めた。幡野の目を見て了承を得たかの如く支店長は音量を増強。


”東京・多摩地区に於ける・のっぺらぼうの女・伝説は噂です”


発信元を確認すると教育委員会や自治の関係者、警察も含まれていた。契約の話が残っているので支店長はさりげなく音量を元に戻し始めている。


*****


「あ、これ、ACTアクトツースリーの分、含んでないよ」


幡野は明細を見て確認を促した。


「えっ?」


受け取りつつも支店長は発注書のファイルを再度、広げている。


「ーーACTはウチの方はワンまで、所謂いわゆる、のっぺらぼうの変装とその演技・プラス、そのリハーサル一回分ーーとなってますけど・・」


支店長は苦笑いを浮かべながら、そう返していた。


「いや、車中のカバンの中にメモ大のカードを一枚ずつ・設置を二箇所・・

 ーーそれと信号待ちで一回、尋問と脅しをされたけど・・」


幡野は金銭の損得など、元より考えていない。


(ひょっとして・・本物?)


「ーー」


ふたりの沈黙は身の毛がよだつ瞬間となった。

化学的に物理的に立証は成し得ない。


*****


「では、この書類を書き込んだ女性ーーって誰なんですか?」


支店長は発注書、及び記入者当人の証明写真をみせた。髪は黒く長く、銀ブチのメガネ、色白の弥生顔で署名には ”幡野温子はたのあつこ” とある。


「ウチには妹がいるが名前は左千江さちえといって、今、亭主の仕事の関係でエジプトに居る。

 元より地黒でもあるが色白になって、ここに現れる可能性は低いし・・メガネも常に掛ける事は無い・・

 あっそう!

 右の目尻の脇に大きなホクロがある。

 これはどんな化粧でも隠しきれない」


幡野の熱弁に支店長は、おそらく別人でしょうーーと返答をした。


「じゃぁ、誰なんだ?」


「判りません」


「こっちに聞かれても判る訳がない!」


幡野は少し笑みを浮かべながら、御手上げである心情を表していた。


*****


「ウチの発注は確か電話だけだよ。

サワダ・エイコさんと名乗るスタッフに応対してもらったはずだ。仕事が準夜勤なので、そちらに出向くのが難しいーーと云うと彼女は、免許証のコピーと入会金と基本料金を現金書留で郵送して下さいーーと云った。のちのACTいくつ幾つーーと云うサービスは応対当日以後、請求等、確認し合う話となっていた・・」


去りぎわ、幡野は思い返して伝えきっている。


「あの・・ACTツースリーの内容は、その時と同じでありましたか?」


支店長の問いに幡野は肯定をしていた。


「あと、レジデンスに入る際、車のドアの鍵は全て掛かっていましたか?」


更なる支店長の問いにも幡野は肯定を返す。当の英子とユリはACTツーは出来たかもしれないがスリーは気絶体になってしまったのでず、難しい。車の鍵の予備スペアも幡野は誰にも渡していないと云う。

一体、どう捉えろーーというべき話なのか!


(了)

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顔の無い心霊 柩屋清 @09044203868

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