第3話 パンツ食い競走

 別館の庭に移動して、俺は盛大に葛藤していた。

 いざ走ろうとすると、身体中の細胞が悲鳴を上げて全速力で阻止してくるのが分かる。


「走らないんですか?」

「くっ……いま、今から走るから」


 隣で俺を見るセリアの視線が痛い。

 めっちゃ刺さる。


「……無理はなさらないでくださいね……」


 やめろ!!

 その憐れむような言い方はやめろ!!


 かと言って、このまま動けないのも問題だな。


(どうしたもんかね……)


 その時だった。

 

 庭に一陣の突風が巻き起こる。

 すると、セリアの長いスカートがめくれて、中にある可憐なパンツがこんにちはしてきた。


 気づいたら走っていた。

 セリアめがけて、いや、パンツめがけて瞬間移動のごとく走っていた。


「きゃぁーーッ!!」


 セリアの悲鳴とともに、俺はスカートの中に頭を突っ込んだ。

 真っ暗だった。そして、俺の心も真っ暗になった。


(どうなってるんだ!? この体は!?)


 まるで不可抗力みたいに、全身の細胞がパンツを求めていた。

 それが俺のなすべきことだとでも言うように。


「待って、今から出るから……」


 まだこのままでいたい、なんならこの中で暮らしたい。

 そんな湧き上がる思いを押さえ込んで、俺はなんとか頭を引っこ抜いた。


「しない……しないって仰ってたのに……」


 セリアは頬を赤らめながら、目で俺に訴えていた。

 うん、罪悪感が半端ない。


 まさかこの体は怠惰のみならず、女の子のパンツに自動的に反応するとは、最新式の追尾型ミサイルかよ。


 あれ、待ってよ?


 もしかしたら、これって利用出来るかも。


「セリア……」

「なんですか……嫌な予感がします」

「俺のためだと思ってさ……」

「…………」

「スカートをたくし上げながら走ってくれないかな」

「…………」


 我ながら最低な頼みだ。

 でも、このままだと俺は一生豚のままだ。


 せっかく転生したのに、今世でも彼女が出来ないとかそんなの絶対やだ。

 幸い、キャメロルはセリアに今までたくさんセクハラしてきたし、今回もその一環だと納得してもらえるんじゃないかな。


「頼む! 給料を二倍にするから!」

「…………」

「いや、三倍、三倍でどうだ!?」

「しょうがないですね……」


 やはり金の力は偉大だ。

 相当セクハラに対する不満をぶつけてきたセリアだが、給料を餌にしたら首を縦に振った。


「走りますよ?」

「うん、頼む―――うぉぉぉっ!!」


 セリアが走り出すのと同時にスカートを捲ったとたん、俺の足も動きだした。

 

「きゃぁぁあッ!! 来ないでッ!!」


 おそらく狼の形相で迫り来る俺を見て、セリアは必死に走りまくった。

 疲れを知らないのか、そんなセリアを俺の体が勝手に追い回した。


 それが無限ループとなって、気がついたら夕方になっていた。

 体力切れした俺がギブアップという形でこのいたちごっこが終わったのだ。


「はぁはぁ、疲れました……」

「はあはあ、疲れた……」


 肩で息をしながら、俺とセリアは芝生の上に座って天を仰いだのだった。


 ◇


 あれから数ヶ月が過ぎた頃。

 俺は毎日のようにセリアと日課をこなしていた。


 スカートをたくし上げながら走るセリアを、俺が追うという一見すると変態にしか見えない光景だが、実に効果があった。

 体を思い通りに動かせないストレスもあってか、俺はかなり体重を落とした。


 完璧に痩せたわけではないが、前と比べたらかなりマシになった。

 こころなしか、セリアも少し痩せた気がする。


 もともとスレンダーな感じだったが、最近はますます磨きがかかって、モデルにも劣らないスタイルになっていた。


「キャメロル様、家庭教師をお連れしました」


 セリアに案内され、俺の部屋に入ってきたのは褐色の肌が特徴の綺麗な女の人だった。

 というのも、ダイエットが一段落したから、そろそろ剣の勉強をしようと思ったからだ。


 キャメロルはゲームの中で、剣と魔法も下手くそで、なのに主人公を襲撃するという極めて無謀なキャラだったが、俺もその道を突き進むわけにはいかなかった。

 てなわけで、俺が考えたのは剣を教わりながらその運動量で痩せようという一石二鳥の作戦だった。


「よろしく頼む」


 貴族とはいえ、これから剣を教わる相手に対して、俺は礼儀を心がけた。


「なっ、セリア、なんでこいつ横になったままなんだ?」

「ヴェスナ姉さん、それは……いつものキャメロル様なので……」


 そういえば、俺って寝転んだままだったな。

 最近はこの体に慣れちゃって、すっかり忘れてた。

 

 にしても、俺の聞こえるところで話すなよ。

 めっちゃ気まずいじゃないか。


「ごめん、今起きるから」


 なんとか体を起こして、セリア達に向き直す。

 

 このヴェスナという女の人はセリアのお姉ちゃんらしい。

 家庭教師を探してほしいと俺に頼まれたセリアは彼女を推薦したのだ。


 まあ、身内びいきじゃなければいいのだが。


「あの、ヴェスナさん、これからすごく大変だと思うけど、よろしくな」

「ふふっ、坊っちゃまってば、あたしを舐めてもらっちゃ困りますよ」


 うん、こいつは分かってない。

 俺に剣を教えるのはどういうことか、これから嫌でも分かるから。

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怠惰なる悪役貴族のやり直し方 〜悪役貴族に転生したけど、頑張って痩せたら周りの女の子の俺を見る目がなぜかおかしい〜 エリザベス @asiria

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