第2話 たくあんみたいに言うな

 食堂に行く道すがら、俺はセリアに色んなことを聞いた。

 俺は今年で12歳。『エクオル』の本編の時点でキャラメルは15歳だったから、それの三年前くらいか。


 俺の両親はそんな怠惰なキャメロルを持て余して、屋敷の近くに別館を建て、そこで使用人に俺の世話をさせていた。

 親の愛情も貰えないキャメロルって俺が思ってる以上に不憫なキャラだった。

 

 セリアはそんなことを聞く俺を憐れな目で見ていたが、気にしたら負けだ。

 今は情報収集が一番大事。なぜなら、悪役とはいえ、キャメロルはモブポジションだから、彼についてのことはそれほど知らない。


「着きました、キャメロル様」


 セリアに案内され、やたらと広い食堂に通された。


「「「おはようございます、キャメロル様」」」


 そこで控えているメイド達は一斉に挨拶をしてきた。

 というかどう見ても正午過ぎてるけど、それでいいのかよ。


 たぶん、キャメロルはいつもこの時間帯に起きるからなのだろうが、さすがに違和感が半端なかった。

 とりあえず、縦長いテーブルのいわゆる誕生日席のほうに座って、俺は料理を待った。


 改めて見るとここにいるメイドって全員若くて可愛い子ばかりだな。

 スタイルもかなりいい。


 これって絶対キャメロルの意向だよね。

 セリアのことといい、なかなかのむっつりスケベぶりだ。


「それでは、キャメロル様、あーん」


 あーん?

 どうなってんだこれは。


 料理が運ばれてきたと思ったら、いきなりセリアがスプーンでスープを掬って俺に食べさせようとしてきてる。


「いや、自分で食べるから」

「え…………食欲がないのですか? なら、みんなにいつものたくし上げをさせましょうか?」

「たくし上げ?」

「はい、その……キャメロル様が、食欲がそそるから、食事中は私たちメイドはみんなスカートをたくし上げろと仰ってたので……」


 なんじゃそりゃ!?

 最高さいっこうじゃないか!?


 おっと、違った。

 なかなかのクズぶりだな、俺……。


 セリアなんて顔を真っ赤に染めて恥ずかしそうに言うし、聞いてるこっちも恥ずかしかった。


「そんなことはこれからしなくていい」

「「「え…………」」」


 少し残念な気もしなくはないけど、童貞にそれは刺激的すぎる。

 食事中にメイド全員がスカートをたくし上げてパンツを見せる光景を想像したら逆に食欲が失せた。


「ほ、ほんとにもうしなくてもよろしいでしょうか!?」

「うん? そう言ったけど」

「じゃっ! じゃ! 『あれ〜、手が滑った』と言ってスープを私のパンツにぶっかけてくるのは―――」

「しないよ!!」

「じゃっ! じゃ! わざと腕をぶつけて『今日ももっこりしてるね』なんて言うのも―――」

「言わないよ!!」


 はあ、疲れた。

 なんかこのようなやりとりはさっきにもあった気がする。


「ご改心なさったのですね……」


 おいおい、泣くなよ。

 そんなに嫌だったか?


 よく見てみたらほかのメイドも泣いてるし……。

 今までごめんな?


 まあ、それはさておき。

 本題はここからだ。


「くっ……!!」

「どうされましたか!? キャメロル様!」


 やはり、口が動かない……。


 手でスプーンを持つところまではいいが、いざそれを口に運ぼうとすると、頑なに口を閉じてしまう。

 キャメロルって着替えはまだしも、ご飯も人に食べさせてもらわないとだめなのか。

 

 こうなったら意地だ。

 是が非でも一人でご飯を食べてやる!


「こ、こぼれてますよ! キャメロル様!」

「うっ……!!」


 唇の隙間から無理やりスープを流し込む。


「できた……!」


 スープが口の中を通って胃の中に入っていく感覚がした。

 なんだろう、この達成感は……。


「ってなんでお前が泣いてるんだよ!?」

「あのキャメロル様がご自分でご飯を食べられたなんて私感無量です……っ!!」


 確かに、俺も少し感動した。

 まさか自分でご飯を食べるのがこんなにも難しいこととは思わなかった。


 でも、これくらいはできないと。

 俺は人生をやり直していずれ彼女も作りたいからな。


「よし、残りも……」

「こ、溢れてますけど、ちゃんと食べられてます……っ!!」


 俺がスープを飲みきる度、セリアやほかのメイド達はきゃーきゃーしていた。

 なんの拷問だこれ。


 最初は少し嬉しかったけど、何度もやられるとうんざりしてくる。

 というか、めちゃくちゃ恥ずかしい。


 パンもねじ込むように口の中に入れてなんとか朝食を終えることができた。

 ほんと、疲れた。これを毎日三回やらないといけないと思うと気が滅入る。


「「「うぐっ……くすっ……」」」


 あれ? いつの間にかメイド全員が泣き崩れているぞ。

 

「あのキャメロル様がたくし上げなしで、よく一人で食事をすることができるなんて……」


 頼むから、まじでたくし上げをたくあんみたいに言うのをやめてくれ。

 俺どんだけクズだと思われてるんだよ。


「セリア、これからジョギングしたいけど、庭は使っていいんだよね」

「え…………」

「ほら、ずっとこの体型でいるのもあれだし、痩せたいなって……はは、なんか恥ずかしいな、っておい!?」


 人生やり直すにはまずこの太った体をなんとかしようと思った俺は、庭で走ってもいいのかってセリアに聞いたら、まさかいきなり抱きしめられた。


「キャメロル様っ! キャメロル様っ! ほんとに変わられるおつもりなんですね……っ!」


 うん、早速頑張る気が失せたなおい……。

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