大きなモーターの木の横で
清水らくは
大きなモーターの木の横で
二年前の12月。私は彼と中古車を買いに行った。
「夢をかなえるんだもんな」
「うんっ」
バイトしてためたお金は、夢をかなえるためには少し足りなかった。彼がお金を貸してくれると言ったのだけれど、私は必至に拒否した。彼にも夢があると知っていたから。結局、父親からお金を借りた。
街路樹が光っていた。クリスマスのイルミネーションだ。きれいだけど、少し悲しかった。春を夢見ている枯れ枝に、吊るされた光。まだ夢がかなっていないのに、無理して頑張っているようだった。
買ったのは軽トラックだ。
「ドライブ行こうぜ」
「うん」
彼が免許を持っていることも知らなかったが、運転はとても上手かった。軽トラであることなんて、少しも気にならなかった。ただ、何人の女性が助手席に乗せてもらったのだろう、なんてことを思う。
クリスマスプレゼントを渡すか迷った。まだ12月10日だけど、年内にもう一度会える自信がなかったのだ。
「ねえ、やっぱりフランスなの?」
「ああ。決めたんだ」
「……私、あんまり待つタイプじゃないよ」
しばらく沈黙が続いた。赤信号で車が止まった。
「9月……からだよ、向こうの始まりは」
「それまで、とりあえず二人の関係決めるの先延ばしにするの?」
「答え、出てないんだ?」
「わかんない」
結局プレゼントを渡すことはなかった。私たちは、その日を最後に会わなくなった。
軽トラをキッチンカーに改造した。お弁当を作って、売りに行く。焼き鳥を中心にした店を切り盛りしていた父親が病気になり、こう思うようになったのだ。「この味を、途絶えさせたくない」駅前の広場に停まっている移動販売の車を見た時に、これだ! と感じた。いずれは大きな、ちゃんとした車でやりたいと思ったが、とりあえずは軽トラで始めようと考えた。
順調な道のりではなかった。せっかく常連になってくれた人が、雨の日には来なかった。恨む気持ちが芽生えて、そのことを後悔した。誰にだって事情がある。私だって雨の中買い物には行きたくない。晴れの日に、もっといっぱい売れるように頑張らなきゃいけない。
車はあまり調子が良くなかった。安物を買ったのだから仕方がない。故障して修理に出すと、別の故障個所が見つかった。いろいろなところを交換した方がいいと勧められた。修理に出している間は移動販売もできない。なかなか黒字にならなかった。
「やめてもいいんだぞ」
と父さんは言った。
「元気だから、頑張る」
私は応えた。
二年たち、車検のためにお店にやってきた。修理や点検、車検から保険まで購入店は面倒を見てくれる。とりあえずここでいいかと思ったところだっただけに、とてもありがたい。
ギリギリまで仕事をしたくて、納車が夜になってしまった。店に近づくと、暗くなったような気がした。イルミネーションがない。よく見ると、街路樹がなくなっていた。切ったのか、枯れたのか。
二年前のあの日はきれいだったな、と思い出す。まぶしくて美しくて、そういうものがうらやましかったのだ。
きれいだと言えればよかった。好きだと言えればよかった。
「そういえば……」
あの日渡せなかったプレゼントは、まだ捨てていなかった。フランスは遠い。ただ、近くても今は会いたくない。夢だけを見て、生きていきたいから。
車検で不具合が見つかり、またお金がかかってしまった。これまで以上にバリバリ働かないといけない。
「よっ」
「はい、いらっしゃ……」
彼だった。
「ひさしぶり」
「帰って来てたんだ」
「ああ。大学院、やめたんだ」
「……そっか」
不思議なくらい、ときめかなかった。夢を諦めた彼が、かっこ悪かったからではない。自分の夢が、まぶしかったからだ。
「あの時さ……プレゼントを用意していたんだ。渡せなかった」
彼が言った。
「えっ……私も」
「そっか。なんか、今の君、光ってるよ」
「……何にする?」
「この、『トリあえず焼き鳥弁当』を」
「はい」
彼はお弁当を買って、立ち去った。いい人なのだ。私を惑わせることなく、再びいなくなった。
家への帰り道。この車を買った、あのお店の前を通った。まだ明るい時間に見ると、不思議なほどに街路樹が枯れていた。きっと、心もこんな風になってしまうことがあるのだ。久々に見た彼には、全くときめかなかった。まだ好きだと思っているのに、全く惹かれなかった。
私は夢を育てていく。枯れさせないように、ずっと。
大きなモーターの木の横で 清水らくは @shimizurakuha
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