CHAPTER 17

奇声を上げながら、恐るべき瞬発力で飛び込んでゆくゴールデンリングドラゴンフライ・スプライト。


だが、その身体は衝撃波のような斬撃を受けて後方に弾き飛ばされた。


「!!なにィ!?」


「…」


両腕のカウンター・ソードを突き出したマンティス・スプライトが、そのまま疾走する。


そして、倒れ込んだゴールデンリングドラゴンフライ・スプライトに更なる斬撃を見舞う。


身体は切り裂かれ、抉られた体表を撒き散らしながら床を横転した。


「ば、馬鹿な!!キサマよくも王をォォ!!」


大剣を構えたサタナスビートル・スプライト。


そのまま、マンティス・スプライトの背後からそれを振り下ろそうとして


「ぐわぁーっ!?」


「!!」


肩甲骨周りから生えた二対の鎌が、そのままサタナスビートル・スプライトの胴体を削り取る形で返り討ちにした。


「な、何故だ…」


「なめるな…」


「な、何だと…」


「人間を…虫を…なめるなっつってんだよ!!ゴンダぁぁ!!」


「黙れぇ!!!」


倒れ伏したゴールデンリングドラゴンフライ・スプライトの端に転がり込んだサタナスビートル・スプライトが、彼を庇うようにして再び大剣を構える。


「蟷螂ごときが、甲虫に敵うものかぁ!!王をやらせはしねえぞ!!」


「そうかな!?」


マンティス・スプライトの瞳が妖しく輝く。


すると


「なっ…どういうことだ!?」


半壊したままの壁。


そこから、なんと無数の蟷螂達が飛行しながら現れたのだった。


その数は、計り知れない。


50匹以上か。


その様相に悲鳴を上げたのはトモエだった。


「ぎゃあーっ!?」


「トモエさん。大丈夫だよ…こいつらは味方だ。俺達「人間」のな」


「え…?えぇ…!?」


彼等はマンティス・スプライトとトモエの周りに着地すると、祈りを捧げるように鎌を構える。


彼らが、拝み虫と呼ばれる所以だ。


「そうだ…俺は戦う。お前達と同じだ」


「な、何を…独り言言ってやがる!?キサマ頭おかしくなったのか!?」


「あたりまえの日常を生きる為に…ただ、必死に出来ることをするだけだ…!」


その言葉に、蟷螂達が揃って首を上げた。


彼等の祈りは、マンティス・スプライトに届いていたのだ。


「くそっ…お、おれはお前にそんな機能を与えてはいないぃ!!虫けらを操る機能など!だのに、ナゼだ!!ナゼそんな機能を持ってる!?お前は虫なのか!?真に蟷螂になってしまったというのかぁぁ!?」


「違うよ」


マンティス・スプライトが、口を開いた。


「俺は人間だ…だが、あんたとは大きく違う点がもう一つある」


「バカめ…その姿になっておいて、まだそんな世迷言を抜かすか…お前とおれは同じ存在…」


「同じではない!!あんたには、野生の昆虫達の声は聞こえんだろう!?」


「は、はぁぁ!?」


「俺には聞こえる…彼等の声が…そして理解した。彼等は闘争など望んでいない!!あたりまえの日常を送る為に…毎日を生きているだけだ!命がけでな!!俺達と、何ら変わりない!!利用などすべきではない!!共存すべき、立派な種族なんだよ!!」


「し、知ったような口を…!!昆虫博士にでもなったつもりか!?え!?ファーブル昆虫記か!?あ!?あぁ~あ!??意識が高いだけの虫けら野郎が!!昆虫なぞ所詮は昆虫!!虫けらだ!!ただの道具だ!!医療発展の可能性になっただけ、儲けモンだろうがぁ!!そんなものも意思疎通するなど、下等生物のやることだ!!お、お前のようになぁぁ!!」


「…そういうところ、だよ…だからあんたには理解出来ないんだ!!昆虫を利用しておきながらその本質を見抜けず、見下して都合のいいように解釈する…俺はそんなあんたの思う通りにはならない!!あんたを止める!」


「ボケてやがるのかキサマ!!息巻きやがって!!」


大剣を構え、背中の翅を開く。


サタナスビートル・スプライトが、口を大きく開いて叫んだ。


「いらねえよ!!キサマはいらねえ!!得体のしれない生命体など、おれたちの世界にはなぁぁ!!!」


「来い!!!」


ゴールデンリングドラゴンフライ・スプライトも立ち上がり、再びサタナスビートル・スプライトと肩を並べる。


そして、方や空中、そして方や地上。


それぞれから、敵が迫る。


「アモォォォォォ!!!」


振り下ろされる大剣。


それを、カウンター・ソードで受け止める。


「お前には幸せの定義が分かっていない!!!…おれが…おれがどれだけ苦しんだか!!お前に分かるのか!?」


「苦しんだ…だと!?」


「そうだっ!!おれがどれだけ王を蘇らせる為に…苦心したか!!それをお前は邪魔してきた…尽くな!絶対に許さねえぇ…!!!」


揉み合いになる中、頭上から繰り出されるゴールデンリングドラゴンフライ・スプライトの浴びせ蹴り。


それがマンティス・スプライトの頭を狙う。


だが


「ギ!?」


肩甲骨周りから生えた二対の鎌が、それを捉える。


「王を…蘇らせる…?」


「そうだっ!!お前如きが触れていい奴じゃねぇんだよ!!頭が高けぇんだよ!」


押し切られる形で大剣を浴び、マンティス・スプライトが後ずさる。


そのまま、ゴールデンリングドラゴンフライ・スプライトの蹴撃を受けてしまった。


「くっ…そうか…そういうことか」


「アモォォォ!!キサマには分かるまい!!のうのうと日々を…あたりまえの日常を生きていたキサマには!!それがどれだけ恵まれていたことか!!」


「ゴンダさん…」


「だからおれは作るんだ!!新しい世界を!!そこに、お前らは必要ないんだ!!ここで死ねっ!!!その礎となってなぁぁ!!」


「だとしても…」


マンティス・スプライトが、両腕のカウンター・ソードに気流を集めてゆく。


たちまち、辺りに突風が吹き荒れ始めた。


「それを容認することなど…俺には出来ないっ!!」


「黙れぇー!!!」


再び突進してくるサタナスビートル・スプライト。


慟哭している。


怪物の姿をしていようとも、マンティス・スプライトには分かった。


サタナスビートル・スプライトは、泣いている。


大方の察しはついていた。


何故、彼がかような悲劇を起こしたのか。


それは彼自身、過ちだと分かっていたのだ。


でも、そうするしかできなかったのだろう。


彼が王と呼んで立てようとする、あの怪物。


あれこそが、悲劇の元凶なのだ。


「ゴンダさん…」


「お前に…お前に幸せの定義など分かってたまるかぁーあ!!!」


分かるよ。


あんたの苦しみは。


極論、俺達はどちらも間違っていないのだから。


だからこそ、俺は自分の信じる正義を通す。


敬っていた友人が走ってしまった凶行はここで止めねばならないのだ。


ここで、終わりにせねばならないのだ。


「うぅ…はぁぁぁぁぁっ!!!」


カウンター・ソードから、鎌鼬状の衝撃波を繰り出すマンティス・スプライト。


それはサタナスビートル・スプライトではなく


「なっ!!何ぃぃっ!!」


ゴールデンリングドラゴンフライ・スプライトへ放たれた。


「もう…終わりにしよう!!これ以上あんたを…」


「え、エチゼェェェン!!!!」


「え…?」


サタナスビートル・スプライトの発した聞き慣れない言葉。


それに呆気にとられたトモエを尻目に、彼は立ちつくしていたゴールデンリングドラゴンフライ・スプライトへと駆け寄り…


共に、その鎌鼬を受けた。


体表が削り取られ、サタナスビートル・スプライトの身体から血飛沫が吹き上がる。


「赦せゴンダさん…そいつがいる限り、あんたは現実を直視出来ない…!いつまでも!」


マンティス・スプライトが、再び構える。


鎌鼬が、その手の中に収束されていった。


蟷螂達が、また祈祷の仕草を見せる。


「もう、これで本当に最後だ…」


「アモウさん!やめて!!」


「でえ…やぁぁぁぁあっ!!!」


再び放たれた鎌鼬。


身を挺して、ゴールデンリングドラゴンフライ・スプライトの前に立った彼は、正面からそれを受けた。








「大丈夫でしょうか」


「なんやオオムラぁ。お前が渡した拳銃のことかぁ」


「違いますよ。アモウさんのことです」


「…随分と時間が掛かっていますからね。秋津理化学研究所の人達に連絡を取ってみては…」


「アホかナエクサぁ。こんな遅い時間に、んなことするんやない」


「でもこれが最後の戦いになるかもしれないって…」


「信じるしかあらへん。ワシらにできることは、それだけやぁ」


「です、ね」











「アモウ君…」


「イズミさん…今は…待ちましょう。彼の帰りを」


「分かっているわよ。でも…心配なの」


「彼が、彼でなくなることを?」


「ええ…」


「大丈夫よ」


「エツコさん…」


「今は待ちましょう。アモウ君と…トモエさんの帰りを」


「そうですよ。我々には、まだ探るべきことがあるはず。彼らの帰りを信じずに出来るものではありません」



一様に、アモウとトモエの帰還を願う者が様々な思いを張り巡らせる中。










煙が、晴れる。


全身に入った亀裂から血を流しながら、サタナスビートル・スプライトが膝を折った。


その後方にいたゴールデンリングドラゴンフライ・スプライトも、鎌鼬の余波を受けていたのか、がっくりと床に倒れ伏している。


「…ゴンダさん」


「負け、たよ…。君には…な…」


サタナスビートル・スプライトが、ゴンダの姿へと戻ってゆく。


彼は血に塗れた顔で寂しそうに笑った。


「…ゴンダさん」


マンティス・スプライトの姿も、アモウのそれへと戻っていた。


それに伴って無数の蟷螂達が去ると、トモエが彼の横に立つ。


「あんたは泣いていた…分かっていたんだろう?あんた自身」


「……」


「答えてくれ!分かっていたはずだ!!こんなことをしても、どうにもならないと!!」


「ゴンダさん…あなたの目的は…」


「…そうだよ。全ては、こいつのためさ」


倒れたままのゴールデンリングドラゴンフライ・スプライトを、ゴンダが優しく抱きかかえた。


「…あんたの大切な人なんだな、その人は」


「…ああ」


「話して…くれますか?」


トモエが、小さく呟く。


ゴンダは僅かに肩を震わせた。


泣くのを堪えているようだった。


「こいつは…おれの恋人さ」


「…」


「エチゼンという名の、俺よか3つ程年下の男だ。こいつは不治の病に掛かっていたんだよ」


「不治の病」


「癌だった…若くして、ね。気づいた時には既にステージ4。末期だったよ」


ゴンダが、涙を拭う。


「異性愛者の君たちには分からんだろうが…おれにはこいつが必要だった…常に隣りにいるのが…あたりまえだったんだ」


「…」


「失いたくはなかった。おれだって、元は医者の端くれだ。あらゆる手を使い、医学書を読み漁り、どうにかこいつを救える方法を模索した。だが、現代医学ではどうにもならなかった」


「…そこで…昆虫の持つ能力に着目したというのか」


「そうだ…昆虫には、人間にない様々な能力を備わっている…おれはそこに目をつけた。エチゼンに強靭な肉体を与えて生まれ変わらせれば、とね」


「その為に…沢山の人達の…人生を奪ったっていうの!?あなたの恋人を救う為に!?」


「そうだよ…エチゼンの身体に適合する昆虫を模索することもそうだったが、何より人間と昆虫の融合を確証のあるスキームにせねばならない…だからおれは秘密裏に先行試作型の開発に着手した。君たちが倒したカリマも、その一人だ」


「…」


「君たちも見ただろうが、先行試作型の移植手術は上手くいった。それと同時に、おれは様々なパターンのスプライトのデータ計測もしなきゃならなかった。それには、秋津理化学研究所の設備が必要だ…だからおれは」


「…セル・プロジェクトを立ち上げた、ということか…?」


「そうだ。その間にも先行試作型のスプライトからデータ採取は行っていたし、全ては順調だったんだ。この時まで、は」


「…」


「エチゼンの様態が急変した。そして、ついに恐れていたことが起きたんだ」


「…亡くなったのね」


「違う!!」


トモエの言葉に、ゴンダが声を張り上げた。


「亡くなってなどいない!!!死んでなんかない!!!ただ…眠っていた…だけなんだ…」


「……」


「エチゼンは男性だ。知ってのとおり、被験者達は全ては女性…つまり、性別の垣根もデータ採取には絡んでいた。男性をベースとしたスプライトのデータも必要となったんだ。だから…」


「データを取るために俺を…被験者とした、と…」


「身勝手なことをしたことは分かっている。だが…もう眠ってしまったエチゼンを起こす為には、そうするしかなかった…」


「そうするしかなかったって…」


今度は、トモエが声を張り上げた。


「あなたの身勝手な欲望の為に…アモウさんの身体を弄り回した!!!そうするしかなかった、で済まされる問題なの!?」


「仕方なかった!!仕方なかったんだ!!眠ってしまったエチゼンを…起こす為には…完全なスプライトとして生まれ変わらせる必要があったんだ!!」


「じゃあ、あんたがそうなったのは…」


「エチゼンが一番となる世界…中心となる世界…それを作り出す。そうなれば、彼はもう病に倒れることもない。だが、目を覚ましたエチゼンは自分の姿に悲しむだろうと考えた。だから傍におれが…同じように進化した存在がいれば…彼も悲しむことはないだろう?なにせ、それはおれなのだから。…おれは幸せを取り戻したかったんだ」


「勝手なことを言うな!!!」


アモウが、ゴンダの胸ぐらを掴み上げた。


「その為に…何人が死んだと思ってる!?現実を直視もしねえで…何が新しい世界だっ!!!何が幸せだっ!!!」


「だったら!君はどうする!?君がおれだったら!?」


ゴンダも、アモウの胸ぐらを掴み返して啖呵を切った。


「君の奥さんや娘さんが…それにトモエさんが同じようになったら、どうした!?おれと同じような気持ちになったんじゃないのか!?どうにかして助けたい!!そうは思わないのか!?」


「思うよ!!」


「だったら!!」


「でもこんなやり方は無いだろう!!あんたは間違ってるんだよ!!!」


「間違ってるさ!わかってるよ、そんなことは!!!でも……」


「何だ!?」


「エチゼンが傍にいる…それだけで、どれだけ幸せだったか!!あたりまえの日常が…どれだけ幸せだったかと…おれはそれを取り戻したかった!間違いを犯してでもおれは…」


「そうまでして…幸せが欲しかったのか…!?」


「…っ」


「いい加減、目を覚ませ!!死んだ人間は生き返らない!!!あんたがどれだけ手を尽くしたんだとしても…そこにいるそいつが、本当にあんたの恋人なのか!?生前と同じ姿をしているのか!?そんな姿になってまで、彼が生き返りたいと本当に思うのか!?」


「うっ…」


「あんたは冒涜したんだ!!恋人の亡骸さえ!!!」


「うう…」


「これがあんたの望んだ結末なのか!?あんたの言う幸せなのか!?」


アモウがおもむろに懐に手をいれる。


そして


「!?アモウさん、何を…!」


その右手には、拳銃が握られていた。


銃口は向けず、ただ構えるだけの形。


撃つ意思は、ないように思えた。



「…これを俺に託してくれた持ち主もそうだった…危うくあたりまえの日常を…命を失いかけた!!全部…全部あんたのせいでだ!!」


「そうかい…」


「結局…誰一人として幸せになんか、なれなかったじゃないか!!それは…あんたが一番分かっているんじゃないのか!!昨日ここで起きた光景を見ても!?」


「…分からないよ、今となってはもう…さ」


「ゴンダさん…」


「だが…最後の最後に…君には驚かされた…」


「…?」


「君は…人間であろうとした。だからこそ、君は…おれが想定していた以上の進化を見せたのだろうな…」


「何を…」


「君は…人間と、蟷螂達の意思を…共に汲もうとした。おれには出来なかったことだ…思いつくことすらなかった…」


「…」


「君の…真っ直ぐな思いは…おれの仕組んだ茶番さえ書き換えてしまった…」


「ゴンダさん…」


「アモウさん。本当に…すまないことをしたね。確かに君の言うとおりだ…死んだ人間は生き返らない…いくらエチゼンの亡骸

を調整しようとも…エチゼンとしての目が開くことはなかった…」


「他の奴らへの弔いの言葉はないのか…何人もの仲間が死んだんだぞ…」


「申し訳なく…思っているよ。今となっては。皆、おれが殺したのも同然なのだから…。言い訳はしない。取り返しのつかないことだ」


そう言うと、ゴンダは静かに俯いた。


それを見たアモウも、拳銃を下ろす。


そして、一息ついてから再び口を開いた。


「…もうひとつ、質問に答えてもらいたい」


「なんだい…」


「俺を手元に残したいと言ったな。共に王を護る存在になれ、とも」


「それが…どうしたんだい」


「俺を完成型としたのは何故だ?」


「…どういうことかな…」


「データを取るんなら…適当に済ませる事もできたはずだ。だが…あんたは手間暇書けて俺に適合する蟷螂の一個体を俺に移植した。蟷螂だって昆虫ヒエラルキーの頂点に近い存在だろ。トウコに対しては、意図的に措置をして反逆に備えるくらいのあんただ…俺がそうするとも限らんし、事実こうなった…。それが、予測出来なかった訳でもあるまい…」


「何が言いたいんだよ、アモウさん…」


「あんたは…本当は止めてほしかったんじゃないのか?俺に」


「…」


「間違ってることも分かってたはずだ…だがもう後には退けなかった。だから俺に必要以上の時間を掛けて移植手術を施した…それは俺の思い過ごしか…?」


「買いかぶりすぎたね、アモウさん」


ゴンダは、血みどろの顔で優しく微笑んだ。


「だが…半分は正解かもな。君は…この先必要な人間になるだろうね」


「?どういう意味だ…」


「君は…本当におれ一人でこんな大層な計画を企てたのだと思っているのかい…?」


「…?さっきから何を言ってるんだ」


「おれの計画を止めて欲しかった…という気持ちに関しては、正直なところ分からない。むしろ君に期待していたのは…」


そう言うと、ゴンダは白衣の懐からUSBメモリを投げつけた。


「これだ…」


「分かるように話してくれ…まさかとは思うが、内通者でも居たのか?」


「内通者…ではなく…そいつらが…おれにこの計画を持ち掛けた、のさ…」


「何だと…!?」


「君の言うとおり…おれがやったことは悪魔の所業だ。だからこそ、その所業の知恵を人に与えるそいつらを…ぶっ潰してくれ」


「勝手なこと言うな…!何をいきなり…」


「そいつらは危険な団体…教団だ…カリマは君に倒されてしまったが…他の先行試作型の連中には話はつけてある…おれが死んだら、お前たちだけで教団に立ち向えと」


「待ってくれ!!教団とはなんだ!?あんたは一体何を…」


「エチゼンと築く新世界には…そいつらも必要なかったからねえ…。だが、そんな奴らの入れ知恵に耳を貸したおれも馬鹿だった…だから…」


「!?ゴンダさん!」


アモウが握っていた拳銃。


それを、ゴンダが掠め取っていた。


「なんの真似だ!?やめろ!」


ゴールデンリングドラゴンフライ・スプライトを抱きかかえたまま、銃口をこめかみに当てるゴンダ。


その様相にはアモウとトモエも血の気が引く思いがした。


だが、彼は優しい笑顔のまま話し続ける。


「償う覚悟はできているよ…もっとも、自死は逃げにしかならんがね…」



「やめろ!!そんなことをしてもどうにもならんぞ!!分かってるんなら尚更…」


「ははっ…これは君が出したんじゃないのか。いいよ、君に引き金を引かせるわけにはいかない。…おれは…過ちを犯したんだ。だから、もう…生きる資格など…」


「やめろ!!やめろやめろやめろ!!そんなことをしたら、本当に後戻り出来なくなるぞ!!その教団とやらの後始末だけ俺に任せて、自分は死ぬのか!?理不尽すぎるんだよあんたは最後まで!!」


「ゴンダさん!気をしっかり持って頂戴!!」


「…優しいなあ…君たちは。だからこそ、君たちには…生きてほしい」


「なに!?」


ゴールデンリングドラゴンフライ・スプライトを抱きかかえている方の手。


そちらに、怪しげなものが握られていることにアモウが気付く。


リモコンのような、ものだった。


「逃げなよ…」


「おい!!あんたまさか…」


ゴンダが、手にしたリモコン‐起爆装置を、作動させた。


途端に、研究所内部のあちこちからけたたましい爆発音が鳴り響き出した。


耳を劈くような、聞くに耐えない轟音だ。


「なんで…どうしてなんだゴンダさんっ!!!」


「逝くよ…エチゼンの待っている天国にさ」


天井が炸裂し、火花と共に部材が落ちてきた。


既に、あちこちで火も上がっている。


「爆薬を…沢山仕掛けておいたんだ。驚いたろ…?」


「馬鹿野郎…!何を考えている!?あんたは生きなきゃならない!!!死んでいった者達と…恋人の分まで!!!生きて償うんだよっ!!!」


「いいのかい?そうやってモタモタしていたら…君もトモエさんも…分かるだろ?おれは…もう、疲れたんだ…」


「ゴンダさん!!お願いよ!!もう終わったの!!終わったのよ!!だから、生きて!!」


「そうだよ!!俺はもう…仲間を、友人を失いたくはないんだ!!!」


「友人…」


「友達だろ!!!俺とあんたはぁぁぁーっ!!!」


「……ありがと、ねぇ…」


想定外の言葉に、涙を流すゴンダ。


そして、もうひとつ彼にとって想定外のことが起きた。


それは、奇跡と言っても過言ではないのかもしれない。


「ゴウ…スケ…」


「!?」


「…ゴウスケ…ゴウスケ…」


「エチゼン…?エチゼンなのか!?」


動かずにいたゴールデンリングドラゴンフライ・スプライト。


その首が、僅かに動きゴンダを見上げた。


「間違ッテルヨ…コンナ…コト…」


「あぁ…エチゼン…エチゼン…そうだよな…」


「ダカラ…天国デ…暮ラソウ…幸セニ……二人デ…」


「…そうだなあ…おれが、間違っていたよ。その気になれば…すぐお前の傍に行けたのに…」


ゴンダの前に、天井裏の機材が爆裂と共に落下する。


彼らの周りは、炎に包まれた。


「アモウさん…トモエさん。行きなよ。おれたちと運命を共にする必要はないからさ…」


「…嫌だ!!友達を見捨てられるわけなかろうがっ!!!頼むからこっちに来てくれ!!!」


「ゴンダさぁぁん!!!」


「アモウさん。おれは生まれて今まで、友達というものが居なかったんだ…」


「今はいるだろうが!!俺達は…」


「最後に…出来て、よかったよ」


腫れた瞳から、涙を流すゴンダ。


「ありがとう…」


その顔は


「ゴンダさぁぁぁあん!!!!!」


瓦礫に埋もれて、見えなくなった。


炎の勢いが増す中、アモウは膝を折る。


そして、彼もまた人間の象徴たる涙を零した。


「…アモウさん…行きましょう……」


「トモエ…さん…僕は…僕はっ」


「アモウさん…はやく。私達は…生きなきゃ…だから…行きましょう…」


「うう……!!!」


泣き叫ぶような怒号を上げたアモウ。


同じように涙を流すトモエ。


慟哭する二人を前に、燃え盛る炎は勢いを増していった。










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THE CELL 天人 @tennin1101

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