魔女姉妹の飛行訓練

月代零

魔女のほうき

「絶対に、離すんじゃないわよ……!」

「お姉ちゃあん……」


 ルルは崖から身を乗り出し、今にもそこから落下しそうになっている妹の手を握っているのだった。




 ルルとミミは魔女の姉妹だ。

 姉のルルは十四歳で、順調に日々の修行をこなして魔法を習得している。対して妹のミミは九才になるが、未だに魔女の基本である、ほうきで空を飛ぶことも覚束おぼつかない。


 ルルはそんな妹の飛行訓練に付き合っているのだが、ミミは怖がりで、なかなか上手くいかない。ルルは、自分はもっと早くに飛行魔法を扱えるようになっていたのにと、ミミに少しいらいらしていた。

 だが、それでも可愛い妹だ。毎日、「離さないでね」と言うミミのほうきを支えながら、広い草原で、一緒に地面からちょっと浮くくらいの高さを一緒に飛んでいた。


 こういうのは、本人が気付かないうちに手を離して、「ほら、一人でも飛べたじゃない」とやるのがセオリーだが、ミミはルルが手を離すとすぐにバランスを崩して、飛べなくなってしまう。要領が悪くて弱虫な妹に、ルルは若干うんざりしていた。


 そんなある日、いつものようによたよたと自信なさげに飛ぶミミのほうきを片手で支えながら、彼女に並行して飛んでいた時。

 ミミは今日も、「離さないでね」と不安そうな声と表情でルルを見て、時々ルルが自分のほうきを支えているのをちらちらと確認しながら、よろよろと低く跳んでいた。


 こんな飛び方では、手を離したらまたすぐに落ちてしまうだろう。ルルはそう思ったが、なかなか上達しない妹にうんざりしていた今日は、ちょっと意地悪をしてやろうと思って、ミミが前を向いている隙に、ぱっと手を離した。

 今日こそはそのまま上手く飛んでくれないかと思ったが、手を離した瞬間、ミミはバランスを崩して大きくよろけた。


 不幸な偶然というのは重なるもので、その時、びゅうっと強い風が吹いて、大きく煽られたミミのほうきは、あらぬ方向へ飛んで行ってしまった。

 ルルはあっと声を上げた。そちらは崖だった。


「お姉ちゃん……!」


 その顔に恐怖を浮かべたミミが、ルルに向かって手を伸ばす。ルルも慌てて方向転換して加速した。

 ルルは間一髪で崖下に投げ出された妹の手を掴んだ。ミミの足が、ぶらりと宙に浮く。

 肩と腕にずしりと負荷がかかった。まだ十四歳の少女に、小さな妹とはいえ、自分が落ちないようにしながら人ひとりを片手で持ち上げることは難しかった。けれど、この手を決して放すわけにはいかない。


「絶対に離すんじゃないわよ……!」


 ルルが飛べば、あるいは引き上げることも可能だったかもしれない。しかし、焦って飛び出した拍子に、ルルは自分のほうきを手放してしまっていた。物を動かす魔法は、ルルにはまだ使えない。


「お姉ちゃあん……」


 ミミが目に涙を浮かべて見上げてくる。ルルは自分の短慮を悔いたが、後の祭りだ。だが、今は何としても妹を助けなければならない。


「ミミ! 飛んで!」


 ミミはかろうじてもう片方の手に自分のほうきを掴んでいたが、


「無理だよう……」


 半べそをかいている状態では、魔法を使うことは難しい。手のひらに汗が滲んで、滑って手を離してしまいそうだ。どうすればいい。

 その時、もう一度強い風が吹いて、二人の身体が煽られた。ずるりと手が滑り、ルルの手からミミが離れた。

 ルルが思わずぎゅっと目を瞑った時、ミミのほうきがふわりと浮き、ミミの身体を持ち上げた。

 ほうきは崖の上までミミを運ぶと、ルルの方へ力尽きたように落ちてくる。ルルはその身体をどさりと受け止めた。


「お姉ちゃん……!」

「ミミ……! ごめんね……!」


 二人は抱き合ってわんわん泣いた。


「でも、あんたひとりで飛べたじゃない」


 ルルが言うと、ミミは首を横に振る。


「わかんない。ほうきが勝手に動いたんだもん」


 そんなことがあるのだろうか。わからないけれど、魔女の道具には、意思が宿るのかもしれない。


 ミミが一人でちゃんと飛べるようになるには、まだまだ時間がかかりそうだ。けれど、その日までこの手を決して離さないでいよう。ルルはそう思ったのだった。

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魔女姉妹の飛行訓練 月代零 @ReiTsukishiro

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