機械生命体

花森遊梨(はなもりゆうり)

共食い整備の時代 人間は社会だけの歯車にあらず


「実は僕、人間じゃないんだ」


「そっか。全く知らなかった」

彼氏は機械生命体だったらしい。




その仕組みは聞かなかったから知らないのだが、私がそういうことを聞かないのは彼やこの町のことを全く心配していなかったからだと思う。私だって、不穏な空気が流れていたら、「大丈夫か」と心配したり、気を使ったりするはずだ。

 

彼がヒーローとして命をかけて戦っていた以上、そういったクライシスは絶対あったはずだが、それを私たちに感じとらせなかったというだけでも、彼は優れたヒーローだったのだろう。それか、私が機械生命体が表で人間狩りをしていても気づかないほど鈍かったか、ラスボスが私だったかだ。




そこでアラタは足に深い傷を負ってしまい、しばらく思うように動けなくなった。アスリートやサラブレッドが足をやってしまったことが原因で、そのまま寝たきりになってしまうという話を聞くので、新しいヒーローを作らなくては……と少し思ったが、彼は普通に復活した。


表の自衛軍から快くもぎ取って、もとい提供してもらった最高の足パーツの出番はなさそうであった。



そのしばらく後、アラタは頭部にライフル弾か砲弾か何かの破片を受けて脳に損傷を負ったらしく思考や言語が不明瞭になった時期があった。コイツも終わりだな……と危惧されたが、こんなこともあろうかと常備しておいた部品取り用の人間から抉り出してきたブレインパーツをいくつか注ぎ込んだら拍子抜けするほどあっさりと治った。


流石はヒーロー、主人公補正の名に恥じずに不死鳥のように蘇る。


そんなわけで我が家は人間のメスと人間のオス型の機械生命体が一つ屋根の下に住んでいる別会計家庭なのである。どの固定費をどちらが払うかは決まっているが、他は自由なため、私たちは未だにお互いの収入額や、貯金額、詳しい仕事などを知らないのである。


一見、自由で良いように思えるが、何かあった場合、「お互いがお互いの貯金を当てにして、共倒れエンド」という、恋愛ゲームで一番最初に到達するゲームオーバー同然の死に方をする可能性も高いのである。


 ◆


勝利の計算は富の集約を示し、集約した富の停滞はお馴染みの腐敗を生み出す。

この世界から争いはなくならない。形を変えるだけで決してなくならない。だとすれば、絶対に消える事のない争いをいかに「誰かのための必然」に持っていくかどうかで、これからの社会ってものは決まるんじゃないかとワタシは思っている。何かやった結果無駄に死んで、血も涙も下水に流されておしまい。端金のために銃をとり、端金のために命をかけて戦って、端金を得る前に惨めに死んでく。これからはそんな無駄だった犠牲をひとつたりとも無駄にせず、一カ所に淀もうとする勝利と富を最大限に攪拌する。


さあ、時代を終わらせようぜ。

ーそれが全ての始まり

「国内における利益率が前年度比較34パーセントの低下。合法と非合法の両方を生業とするアドバンスドイリーガルとしては致命的な数字よ。損失補填の事業計画書に加えて、ここで聞きたいことがあるわ」


この国の首都。そこにいくつもある鏡張りのように磨かれた超高層ビル群だ。。40階建てのタワーのワンフロアを丸々ひとつ独占する部屋の主である若い女性は髭面の強面男から何かしらの報告を受けていた。高級スーツのうなじの辺りから気持ちの悪い汗を噴き出している強面男に対し、部屋の主である平山姫和はあくまでも淡々と告げた。

「「出資者」の皆様はボスであるお前に適切な説明責任を果たすよう求めているわ。それも単に今回のヒーローによる破壊活動の件だけでなく、そこに至る経緯、つまりお前がひた隠しにしていたサイドビジネス全般についての」「は、はは」

「地下銀行、宝石店、船舶代理、各種の輸送車……。これまでのヒーローからからの攻撃によって、ここまでの純損失は12億円。また、先方からは「今後ともよろしく』というメッセージもいただいている。どのようにケリをつけるのか、『出資者』は非常に興味を抱いているわ」

「ビジネスには、表も裏もねえ。俺は、皆が行う活動に必要な費用を自力で捻出していただけだ。それはテメェも分かっていただろうが」

「回答は?」

「仮に、もしもの話だがよ。支払い能力がないと分かれば、俺はどうなっちまう?」

「もう次のチャンスはない。こちらで選定した新たなボスに組織を任せる。加えて前任者であるお前の飛び降り自殺の新聞記事をもって、出資者の皆様への謝意とする。…というやや過澈な意見が出ているわ。35歳を超えた人体は安いネジにしかならない身の上よ、本当の価値がバレないよう気張りなさい」


最後の仕事を終えて、ようやく一人の時間が訪れた。


「結局最後の問題は人間と、私たちがばら撒いた機械生命体か」

こう見えて大学時代に二箇所、裏社会に出てから関わった三箇所と、ベンチャーにはいくつか関わった。そのうち過半数は死体が転がる惨劇となったことといい、ベンチャーは皆、思いも寄らないを過程を辿るらしい。


姫和が今、属するのは国際資金調達網サイビックもそう。『悪の組織』にまでなった。


当初はサイトで非合法活動を受注し、みずから依頼に応える、コンビナート火災の中の汚物を拾いに行くような傭兵まがいの仕事だった。一次産業の仕事と言われて「ヤバい野菜」の畑の周りでアサルトライフルを握ってた姫和も何故かそれに入れられた。その初仕事で巨額の収益を得て以降は、あちこちから資金を募り、テロリストや反社会組織に資金提供し、その活動を支援する組織が立ち上がった。出資者は無敵のネット殺人に重要人物の他殺にテロや政変といった株価の変動を予測できるため、巨万の富を得られる。そんな投資家の需要に応える『悪の組織』の誕生であった。


そして、最初の仕事の後に訪れたのは機械生命体の時代。これのおかげで今の彼氏も手に入り、今に至っている。



姫和に言わせれば「人間と同じように思考行動できる人間以外の存在」というのはクソの意味もない。だったら、人間を新しく作る方が簡単だ。機械にせよ生命体にせよ、人間と同じように思考行動できる存在は膨大な知識や専門設備がなければ作れないのだから。


 私のような「本物の人間」は作るのに一切の事前知識は必要ない。私が作られたように薬局やコンビニに行くのを怠って最後にトイレに行きさえすればいい。クリーンルームで何年も面倒をいないといけない機械と違い、人間はその辺に放置しておいても半分も死なないし、いつの間にか知能を持つくらいには育つ。そして何も世話をせずとも勝手に育ち、勝手に生きていく。


そんな製造コストが最悪な機械生命体は、今の社会には必要不可欠な存在らしい


仮に工場を完全無人化した場合、原材料費でそのまま商品を売りに出す他なくなる。

人件費やサービス料を利用して、一番有利な定価を設定するにはたとえ邪魔な人間でもシステムに組み込まざるを得ない。



同じように機械生命体の、特にヒーローなどやっているアラタは不良債権の人間を処分し、既に造られた人間を機械生命体にリサイクルし、そいつがダブつかせていた勝利とチャンスを社会に還元するにも役に立つ。




これを最初に言い出したのは、ここの創設者だったかな。

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機械生命体 花森遊梨(はなもりゆうり) @STRENGH081224

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