手放せない思い出
かさごさか
なぜか潰れない店
廃れた商店街の中で数少ない
ここは老夫婦が営む定食屋である。
店の奥に設置されたテレビでは、ドラマが放送中であった。諌見は注文した料理を待つ間、SNSを見ながらドラマのセリフを聞き流していた。どうやら恋愛ドラマようで、そろそろ終わりが近いのかBGMが消えて俳優達の口数も少なくなっていた。
「お待たせしました」
諌見の目の前に、膳に乗った料理が運ばれてきた。山を作るように盛られた唐揚げを中心に、艶のある白米と豆腐が浮かぶ味噌汁が左右を固める。出来たてを証明する湯気にコンタクトレンズが刺激され、諌見は何度か瞬きをした。
箸を手に取り、唐揚げと白米を交互に口に運ぶ。途中、味噌汁と付け合せのキャベツも忘れずに胃に納めていく。
目の前の唐揚げ定食に意識が向いていたため、放送中のドラマがどんな終わり方をして次週に繋がるのか諌見が見届ける事は無かった。ただ、
『離さないで』
という女性のセリフがやけに耳に残った。
諌見はよく、人から主体性がないと評価を下される。自身も流されやすい性格だと自覚はしているが、特にこれといった対策も解決もできないまま今に至る。
全体的に地に足が着いていないような人生の中で諌見に失望し、見限って離れていった人は何人かいた。しかし諌見は「そういこともあるよな」と思い、大して気にする事は無かった。その態度にますます周囲から孤立していった学生時代であった。
離れないで、と懇願するほど執着するものも人も今の所は無い。例えこの先、そのような存在ができて、やむを得ない事情で別れなければならない状況になったとしても引き留めるような言葉が自分から出てくるだろうか。
話の内容どころかタイトルも知らないドラマである。諌見にとっては生活音の一部でしかないが、その一言だけは周囲の雑音よりも鮮明に聞こえた。
意外と、無意識のうちに自分の性格を気にしているのかもしれない。テレビから流れた言葉ひとつに、過去の記憶が呼び起こされているのだから。
とはいえ、「そんな人だとは思わなかった」等の言葉を投げかけられたという状況だけを諌見は思い出しただけで、言ってきた相手の顔も名前も性別さえも何一つ覚えてはいなかった。
まだ青二才と呼ばれる年齢だが、これまでの人生で自分から離れていってしまったものは人より多いと思う。自分の性格が原因だと気づくのも遅かったし、まだ気づいていないだけで現在進行形で失っているものもあるだろう。
だから、今の生活を、ルームシェアで出会った人達との生活を手放したくないと感じている自分がいる。
気づけばテレビはニュース番組を映していた。そして、皿に残った唐揚げも残り2つであった。ちなみにキャベツはまだ半分ほど残っている。諌見は味噌汁をすすって、卓上に置かれた調味料を手に取りキャベツへと垂らした。
テレビ画面を見たわけではないが、真面目な顔をしているだろうニュースキャスターが読み上げている内容は、けっこう物騒なものであった。
とある不動産屋に勤めていた男性が、数日前から行方不明だそうだ。さらに情報を聞き進めると、この定食屋から遠くない不動産屋のことだと気づいた時、諌見の側を客が通った。
味が付いたキャベツを口に入れながら、諌見は今通り過ぎた客を横目で見た。先程、同年代っぽい男がいたのでおそらく彼だろう。やはり背格好的に歳が近そうだと思うと共に、同じ定食屋を利用しているという仲間意識が薄っすらと芽生えた。
会計を済ませた彼は店員と二言、三言交わして店を出ていった。陰鬱そうな見た目に反して、けっこう明るく社交的な話し方をするんだなと、諌見は人を見た目で判断してはいけない理由を再確認した。
ニュースは5分ほどで終わり、いつの間にかバラエティ番組へと変わっていた。諌見もバランスよく唐揚げ定食を食べきり、席を立った。
会計を終えて、店を出ると昼下がりの暖気と冷たさの残る風が髪を揺らした。
なんだか諌見は無性に本が読みたくなり、自分が店主を勤めるブックカフェの方へと足を向けた。今日は休業日にしたが、プレートはそのままに奥で本を読むくらいは良いだろう。
誰かの思考を知る。
誰かの人生を知る。
物語を、知識を、思考を、読み進めては自身の中に蓄積していく。それが重石となって、いつまでも宙に浮いたままのように生きる諌見を地から離さず留めてくれる。
さて、今日は何を読もうか。
諌見は少し背筋を伸ばして、商店街を歩き出した。
手放せない思い出 かさごさか @kasago210
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