第5話 高さんに叱られる
ミエルが宿泊先に戻って来たのはそろそろ日付が変わらんとする頃だった。ロビーの照明はすっかり落とされていて、万一の場合に従業員を呼び出すための電話機だけがダウンライトの光に浮かんでいた。
おぼつかない足取りで階段を上がる。二階の廊下を進んで非常階段への扉の手前にある和室、そこがミエルと
ドアを開けるとまずは小さな土間が目に入る。居室との仕切りとなっている戸襖の明り取りが明るいということは
するとそのとき、戸襖が勢いよく開く。そこにはTシャツにスウェットというくつろいだ姿の
「あ、
「いや構わねぇ、俺もいろいろと思うところあってな……ん?」
「いきなりどうしたんですが、
「どうしたもこうしたもねぇ、見損なったぞ、俺は」
「ちょっと待ってください、ボクはジュリアさんに連れられてフクロウの森に行ってきたんです。それだけなんです」
「で、二人で楽しんで、ラリってご帰宅か」
「何を言ってるのかわかりません。
「大麻だよ」
「えっ?」
「だから大麻、マリファナ、ハシシだよ」
「そんな……ボクはそんなものやってません」
「やってませんったってなぁ、真夜中に大麻臭まみれでその上玄関先でダウンじゃねぇか」
「とにかく今すぐ風呂に入れ。それと着ている服は全部洗濯だ。風呂上がりに浴槽で洗っちまうんだ」
「わ、わかりました。でもなんでそんなに慌ててるんですか」
「バカ野郎、この匂いが誰かに知られてみろ、すぐさま通報されるかも知れねぇんだぞ」
「でもボクは何も知らなかったんです」
ミエルは恐る恐る
ミエルが風呂から上がったとき、
「
化粧こそ落としてはいるものの相変わらずレディース向けのシャツとショートパンツ姿のミエルが声をかける。すると顔を上げた
「さっきは悪かったな、頭ごなしに食ってかかっちまって」
「いえ、ボクもこんな夜中まで、ごめんなさい」
「それでいったい何があったんだ。あれだけの匂いにまみれて帰って来たんだ、何かしらの理由があるんだろ」
「ええ、実は……」
ミエルはフクロウの森でのいきさつを説明した。幻想的で素晴らしい時間を過ごしたこと、そして虫除けと称して全身にジュリアが喫うたばこの煙を吹きかけられたことも。
「なるほどな、手巻きの両切りなんていかにもだ。おそらく彼女は常習者だろう。今後は少し距離を置いた方がいいかもな」
「でも小屋の楽屋でいっしょになるし、夕食でも可能性がありますよ」
「さすがに小屋で喫うことはねぇだろう、周囲の目もあるしな。注意すべきはあの居酒屋だ、夜な夜な『ミエルを貸して』なんて言われた日にゃちょいと厄介だぜ」
「でも急によそよそしくするのも不自然じゃないですか?」
「そうなんだよなぁ……よし、とにかく今後は俺たち二人で行動しよう。もしまた誘われたら受験勉強だとか言ってはぐらかしちまえばいい」
「わかりました、そうします。ところで
ミエルは座卓に広げられた紙片について
「ああ、ご覧の通り演技のラフ画だ。あの小屋はストリップ劇場だろ、だから他の踊り子連中はみんなせり出しで踊ってる、もちろんあのジュリアもだ」
「そうですね。でもボクたちは
「だからさ、君を櫓から降ろしてそのまませり出しまで引きずり回したらどうか、なんて考えてるんだ。そこで締め上げて鞭の洗礼、客の前で開脚して見せてさ」
翌日、ミエルと
「そら、貴様の恥ずかしい姿をさらけ出させてやる、さあ、来い、来るんだ!」
「あ、あぅ、く、苦しい……」
「そらそら、貴様の首が絞まるゾ」
そしてプログラムはクライマックスを迎える。
「あ、あうっ、ぐっ……あ、あ――っ」
拷問に必死に耐えるも声を上げてしまう女スパイ、そして彼女が失神したところでプログラムは幕を閉じる。しかし観客の反応は相変わらず、拍手ひとつ起こることはなかった。
失神の演技を続けるミエルを担ぎ上げて舞台下手へと引っこむ
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