第7話 新宿から来た不良たち

 ミエルと高英夫こうひでおは今夜もこの町唯一の居酒屋「築地」にて夕食のひとときを過ごしていた。手酌のビールとつまみを楽しむ高英夫だったが食事を終えたミエルはすっかり手持ち無沙汰で店の主人が出してくれるお茶も既に三杯目だった。


「ところでこーさん、結局ジュリアさんは小屋に来ませんでしたね」

「そう言えば見なかったな。でも、まあいいことだ、おかしなことに巻き込まれる心配がねぇってことはさ」

「もしかしたらそろそろ現れたりして。いつもみたく『おはようございま――す』とか言って」

「おいおい、妙なフラグを立てるんじゃねぇよ、シャレになんねぇぜ」


 店の入口に目を向けて茶目っ気を見せるミエルの肘を小突きながら高英夫こうひでおも入口の引き戸を振り返った。

 するとまさかの的中か、引き戸が開いた。しかし入って来たのはジュリアではなく数人の若者たちだった。みなダブついたラフなファッションの五人、その姿は歌舞伎町あたりにたむろするギャング崩れそのものだった。明らかに町の者ではない集団の登場だ、店の主人の顔にも緊張が走る。しかしそこは客商売、素知らぬ顔で「いらっしゃい」と言いながら人数分の突き出しを準備し始めた。

 若者たちは青年会の連中が定席にしているこの店で一番大きなテーブル席に陣取るとリーダー格の青年が「生ビール!」と声を上げた。しかし五人いる彼らの中でビールをオーダーしたのは三人だけ、あとの二人はウーロン茶だった。

 主人が人数分の小鉢とおしぼりを盆に載せてテーブルに向かう。その姿を追うようにミエルがテーブル席に目を向けようとしたそのとき、高英夫こうひでおが「見るな」と潜めた声で言いながらミエルの腕を引き寄せた。


「見覚えのある顔がいる。ヤツら新宿の不良連中だ。おそらく連盟の下っ端あたりだろう。もしかすると俺らの面も割れてるかも知れねぇ。ママの作戦で俺たちは死んだことになってるんだ。言っている意味はわかるだろ?」


 ミエルは小さく頷くと高英夫こうひでおの言葉にしたがって身をすくめながら、しかし彼らの会話にはしっかりと聞き耳を立てるのだった。

 その見た目にたがわず彼らはおとなしく卓を囲んでいた。おそらくそれなりに統制が保たれているのだろう、そして時折聞こえてくる言葉から彼らは車で来ていることがうかがえた。なるほどウーロン茶の二人は運転の交代要員ということか、ミエルはそんなことを考えながら彼らの宴が終わるのをじっと待つのだった。



 温泉街でありながら客などほとんどいないこの町では夜の九時ともなれば道を歩く人影もなく閑散としたものだった。まばらな街路灯だけの薄暗い道をジュリアはひとりで歩いていた。今日は朝から大麻草の採取に午後からはその受け渡し、コネクションの仲間と別れてからは自宅に戻ってシャワーを浴びたならば軽くひと眠り、目覚めれば夕刻、とうとう小屋に顔を出すことなくこの時間になってしまったのだった。

 そんなこんなで今夜はいつもよりも少しばかり遅い時刻である、ミエルはもう食事を済ませて今は受験勉強でもしてるのだろうか、そんな思いを巡らせながらジュリアはこの町唯一の居酒屋を目指していた。


 店の看板はまだ明るかった。暖簾も出ている。よかった、とりあえず食事にありつこう。ジュリアは歩を速めた。

 店の前、入口のすぐ脇に見慣れない車があった。この辺りでは滅多に見ることがない東京のナンバーを付けた白いワンボックスカー、その後部ウインドウには黒い目隠しが施されていた。

 ジュリアはその車に何とも言えない胸騒ぎを覚えた。それは今日彼女自身が盗掘とも言える手段で大麻草を奪取したためだろう、なぜかその車にも同じ匂いを感じたのだった。

 周囲に人の気配はない、見張りもいない。彼女は車に近づくとまずは運転席の様子をうかがってみた。誰も乗っていない。後部座席と荷台はパネルで仕切られておりどうやっても荷台の中身は見えないようになっていた。黒いフィルムが張られたサイドウインドウに顔を近づけてみるもやはり中の様子はわからない。よし、それならば、と彼女はリアゲートを開けてみることにした。

 今一度周囲を見渡すジュリア、そしてオープナーに手をかけて少しだけ力を入れてみると……施錠し忘れていたのだろう、なんとゲートはあっさりと開いてしまった。しかし即座に異変が起きる。盗難防止装置が警報代わりのクラクションをけたたましく鳴らし始めのだ。これはまずい。ジュリアはすぐさまゲートを閉じると目にも止まらぬ速さで目についた路地へと身を隠した。

 店の引き戸が開く音が聞こえた。同時に若い男の声が、ひとり、ふたり、どうやら車の周囲を見回しているようだった。彼らがこちらに背を向けたタイミングでジュリアは路地から道に出るとそのまま何食わぬ顔で店の前までやって来た。すると気配に気付いたソフトモヒカンのひとりがジュリアを呼び止める。


「すんません、お姉さん、今ここに誰かいなかったっすか?」


 小首を傾げながらジュリアはもうひとりにも目を向ける。刈り上げた茶髪の彼がモヒカンのフォローに入る。


「実はこれ自分らの車なんっすけど、今、店で飯食ってたら警報が鳴ったんっすよ。それで慌てて出て来たんっす」

「あたしはそこの路地から出て来たんだけどあんたたち以外に誰もいなかったわ」

「そうっすか、呼び止めてすいませんでした」

「すんませんっしたっ!」


 二人が揃ってジュリアに頭を下げたそのときだった、店の引き戸が開いて中から似たような風体の若者が出て来た。彼らはどう見ても東京の繁華街あたりにたむろしている不良に見えた。


「おい、行くぞ」

「行くって……ちょい待ってくださいよ、俺らの飯がまだ……」

「そんなもん途中のサービスエリアでパンでも買って食えや」

「朝までにはクライアントに届けなきゃなんねぇんだ、のんびりしてらんねぇのはわかるよな」


 そういうと店から出て来た三人は後部座席に、ジュリアに声をかけてきた二人は不満げな顔とともに運転席と助手席に収まった。間もなくハイブリッド車ならではの静かなエギゾースト音とともにライトが点る。そしてワンボックスカーはゆっくりと走り出す。テールランプが小さくなるまでジュリアは車を見送っていた。

 しかしジュリアはしっかりと見ていたのだ、車の荷台に並んていたものを。それは大麻草、鉢に植えられたそれらはジュリアが盗掘したものよりもずっと大きな株だった。それが六鉢も並んでいたのだ。もしかするとこんなことがこれからも続くかも知れない。そうなったらフクロウの森もあの自生地もひとたまりもない。ジュリアは危機感とともに抑えきれない胸のざわめきを覚えるのだった。

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