第12話 ミエルの涙
「ミエル少年、起きろ、起きるんだ」
その声と頬を軽く叩かれる感触でミエルは目を覚ました。口に貼られたクラフトテープは剥がされ拘束されていた腕も解放された状態でぼんやりとソファーベッドに横たわるミエルの顔を心配そうに覗き込むのは
東新宿署の
「け、警部さん、どうしてここに?」
その問いに答えんと
「この町に新宿あたりの不良集団が来ただろう。連中、大麻草の鉢植えを横流ししてやがった。その商売相手が歌舞伎町を拠点とするカルト集団でな、宗教法人を名乗ってるだけにこっちも迂闊に手が出せないんだ。仕方ないからブツの流れだけでも追いかけようってことになってな」
余程イラついているのだろう、
「したらばこの町に行きついたってわけだ。ところがそのカルト集団がこの町で信者相手の霊園造成を計画してるなんて話も飛び込んできてな、おかげで全てがつながったってわけさ」
「ミエル少年、
「大麻草の自生地ですよね」
元々は河川跡だったいびつな土地を霊園にふさわしい形に造成するには
「それってあのダイモンエステートですよね」
「その通り、お前さんがぶっつぶしたあのダイモンさ」
「そんな、つぶしただなんて……」
困惑の表情を浮かべるミエルをよそに
ダイモンはお得意の手口で所有者である神主の息子を毒牙にかける。しかしある日を境に地上げ事業自体がストップしてしまった。困ったカルト集団は独自に調査を始める。幸い町は霊園開発に大乗り気だ、彼らへの協力を惜しむことはなかった。そこで彼らは大麻草自生地の存在を知ってしまったのだった。
「あの教団め、イニシエーションだとか気取った名目で信者に大麻を提供していやがるんだ。連中にとってはまさにおあつらえ向きの話だ、不良どもを使って調達した株で自家栽培を始めたってわけだ」
「それで警部さん、検挙とかしないんですか?」
「まあな、いろいろあって今は本庁が内偵中だ。いわゆる大人の事情ってヤツさ」
「あれ? ここに鉢植えがあったんだけどなくなってる。四つあったんですよ」
「大麻か?」
「おそらく。あの匂いと葉っぱの形はボクが森で見たのと同じでした」
ミエルと
「そりゃ女が持って行ったんだろう」
「警部さん、彼女のこと、ご存知なんですか?」
警部がそう言うも部屋の中にジュリアがいた痕跡は何一つ残されていなかった、吸い殻を残したままの灰皿を除いては。それを目にした瞬間、ミエルの脳裏に昨夜の記憶がフラッシュバックした。
「あ、ああっ」
自然と溢れる涙、それはあまりにも迂闊で非力だった自分に対する悔し涙だった。
「
大麻を喫ってしまった。そう言おうとしたときだった、
「心配するな、お前さんが喫わされたのはただのタバコだよ。両切りの、おそらく缶ピースか何かだろう」
「えっ?」
「あの女は大麻常習者だ、
「それじゃ……」
「ミエルよ、お前さん、タバコは初めてだったろ。そりゃ眩暈もするさ。とにかくお前さんは大麻なんぞやってないってことだよ」
相庵警部の言葉を聞いた途端、一度は引いていた涙が再びミエルの頬を伝う。しかし今度のそれは彼にとって安堵の涙だった。
「ミエル少年、泣くな、泣くな。とにかく君は無事だったんだ。終わり良ければ何とやらだ、そんでもってあんな女のことなんかさっさと忘れちまえ」
涙を拭いながら小さく頷くミエルの頭をくしゃくしゃと撫でる
三人はもぬけの殻となったジュリアの住まいを後にする。案の定、そこにあるはずの軽トラックは
「
「ところでミエル少年、朝イチでママから連絡があってな、すぐに帰って来いって話だ」
「ええっ、マジですか?」
「ああ、マジもマジ、大マジだ。あの人のことだ、詳しいことは全然話さねぇけど少年が撮った
「わかりました。ところで高さん、宿に戻るならボク、お風呂に入りたいです。何しろ昨日から着の身着のままですし」
「しょうがねぇなぁ、よし、そのかわり四〇分で支度するんだ」
「了解です」
ミエルの顔から涙はすっかり消えていた。ようやっと取り戻したいつもの笑顔でおどけた敬礼をして見せるミエルの姿に相庵警部も苦笑いを浮かべる。
さあ、ここの温泉も今日で浸かり納めだ。こうしてミエルの夏休みは苦い思い出を残しながら突然に幕を閉じるのだった。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます