第2話 セントラルダンスホール

「さて、そろそろしゃべる気になったかな?」

「し、知らない。それに……知ってても言うもんか」

「そうか、そうか。ならばオマエの身体からだに聞くとするか」


 革ジャンにリーゼントヘアの男が不敵な笑みを浮かべながら逆さ吊りで開脚された秘部に鞭を振り下ろす。


「あっ、あ――」


 一発、二発、鞭で打つたびに網タイツと黒いレオタードが描くVゾーンがその責めから逃れんと悶え苦しむ。しかしそれが発する音の割には受け手へのダメージは無きに等しいものだった。打たれているのはミエル、責め役は高英夫こうひでお。そう、二人は場末のストリップ小屋で緊縛ショーを演じているのだった。

 ミエルは責められながら、そして高英夫こうひでおは鞭を振るいながら客席に目を向ける。その数およそ数名、機材設営の都合上ランウェイではなく奥の舞台に櫓を組んでいることもあって観客からすればどうしても距離を感じてしまう。当然ながら数少ない観客も演技を見ている者などひとりもおらず、みなスマートフォンをいじくっているかいびきをかいているありさまだった。

 このままではいかん、次回からミエルを引き回しながらせり出しで演じるようなシナリオを考えなくては。高英夫こうひでおは演じながらもそう思案するのだった。


 セントラルダンスホール、それは寂れた温泉街に唯一残る風俗施設だった。昭和の高度成長期にはジャズバンドの演奏で踊る、その名の通りのダンスホールだったが客層の変化に伴いやがてストリップ劇場へと変貌していく。そして現在、高齢の支配人が経営するそのホール、支配人は「小屋」と呼んでいるが、は流れ者の踊り子に食い扶持を与えるまさに慈善事業の様相を呈していた。

 自分の土地で道楽としてやっている支配人と呼ばれる老人もかつては東京で大箱のキャバレーやらピンクサロンで敏腕を振るったものだった。まだ若かりし新宿のママも彼の世話になったことがあったが徐々に頭角を現した彼女はいつしか彼を従えるまでになっていった。そして七〇歳を迎えたのを機に引退、ママから多額の退職金とこのホールを提供されて今に至るのだった。

 黒のスラックスはシルク製、白いドレスシャツに黒い蝶ネクタイの老人は銀縁メガネとともに柔和な笑顔を見せながら本日一幕のみの演技を終えたミエルと高英夫こうひでおに語り掛けた。


「ここのお客さんはね、ほとんどが冷やかし、怖いもの見たさに一〇〇〇円の入場料を払ってな気分で早々に引き上げて行くんです。それも週末や連休前くらいなもので平日の客入りなんてこんなものです」


 ミエルも高英夫こうひでおもそんな老人相手に愛想笑いを返すしかなかった。そして老人の話はまだ続く。


「今日のお客もだけどこんな小屋にも常連は付いていてね。連中は何しに来てるかと言えば何もしてない、ただそこにいるだけなんだ。独りで過ごすのが寂しいんだろうね、とりあえずここに来れば音が流れてるし誰かしらがいるからね。お客も踊り子さんも行き場をなくしてる、ここはそんなみなさんの終着駅みたいなものなんです」


 するといきなり会話に割って入る声、すかさずミエルが振り向くとそこにはかなり濃いメイクの女性が立っていた。


「ちょっと支配人、行き場をなくしたってのはひどくないか」


 ここの踊り子では一番若い彼女はジュリアと言った。スリムな肢体に着けているのは蛍光オレンジのレオタード一枚のみ、今どきめずらしい超ハイレグにTバック、しかし腋の下もデリケートなゾーンもきれいに脱毛処理がされていた。大きく開いた背中はそのほとんどがかなり強めのウルトラソバージュと言わんばかりの髪で隠されているがそこに刺青があるわけでなく、むしろきれいな白い肌だった。


「そりゃあたしもこの町に流れ着いたようなもんだけどさ、でも今は気に入ってるし楽しんでるんだよ。この小屋だってなくなって欲しくないしさ。でも、まあ、こんな場末の地の果てみたいなところでしかやっていけないってのも確かなんだけどね」

「ははは、地の果てか。こりゃ一本取られましたな、ははは」


 若さ故に遠慮会釈のないジュリアと飄々と彼女を受け止める支配人の会話にミエルはどことなく懐かしさを覚えていた。それは彼女が醸し出す雰囲気に晶子のそれが重なったからかも知れなかった。

 一方、高英夫こうひでおはそれとなくジュリアを観察していた。そのセンスはかつてのバブル時代を彷彿させているが歳の頃はおそらく三〇歳前後、いわゆるアラサーだろう。ステージ映えを考えてかなり濃いメイクを施しているが素の状態でも整った顔立ちをしているのが見て取れる。少しばかり切れ長の目は猫、それも子猫ではなく十分に成熟した成猫を想起させる。そんな彼女はどんな演技を見せてくれるのだろうか。ジュリア以外の踊り子たち、みな一様にとうが立っている彼女らが披露するのはストリップである。しかしジュリアの衣装はレオタード一枚だ、高英夫こうひでおにとっては彼女が踊る姿よりも自分の手で緊縛の虜にされている様の方がしっくり来るのだった。


「さ――てと、ちょっとひと仕事してこようかな」


 ジュリアはそう言いながら立ち上がるとその場で腕周りのストレッチをして見せる。そして「じゃあ、またね」とミエルに手を振ると軽い足取りでステージに出て行った。


「オレも見学させてもらうかな」

「ボクも行きます」


 二人は舞台の袖に立ってジュリアの演技が始まるのを待っていた。幕間のBGMがフェードアウトして消えるとともにステージは暗転、続いて軽快なビートの音楽を合図にスポットライトが彼女を映し出す。しかしそこで繰り広げられたのは演技やダンスといった代物ではなく、まるでエアロビクスや往年のジャズダンスのような代物だった。それに手足の伸びもぎこちなく見事な開脚を見せるわけでもない。それこそ都会のスポーツジムあたりに行けば日常的に見ることができる光景だった。


「う――ん、これじゃ売れねぇなぁ、確かに地の果ての終着駅ってのも頷けるぜ」


 顔をしかめてそう言うと高英夫こうひでおはさっさと楽屋に戻っていく。彼の後を追いながらもミエルが後ろ髪を引かれるように振り向くとそこには誰一人彼女を見ていないまばらな客の中でスポットライトを浴びているジュリアの姿があった。

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