【SS】やっとできた会話

にっこりみかん

noteシロクマ文芸部:お題「朧月」より

「朧月、綺麗だよ」


 と、母は窓を開けて空を見上げて言ってる。

 寒いよ、と思いながら、私は何も答えない。


「たまには空を見てみなよ、とっても綺麗だよ」


 そんな暇はない、今だって、サキ、アミ、リナとのチャット中。

 こう見えて、高校生は忙しいんだ。


「もー、スマホばかり見てないでー」


 否定されたようで、私は一言「ダルーぅ」と言ってやった。

 母がどんな表情をしていたかは知らない。


「さて、じゃぁ、ママは仕事に行ってくるね」


「いってらっしゃ〜い」


 私の気のない見送りに、母はどんな表情をしたのだろう。

 何も言わずに、いつも通りの準備をして、家を出て行った。

 それが、母との最後の会話となった。


 会話……?

 ───違うか。


 交通事故だった。

 再会した母は、もう面影が想像できない状態だった。


 父はいない。

 兄弟もいない。

 ひとりになった私は、親戚が預かってくれた。


 サキ、アミ、リナとのチャットは今でも続いている。

 あの頃と変わらない生活。

 母と一緒に住んでいないだけ。


 でも、空を見ることは多くなった。

 いつも月を探す。

 ううん、母を探してる。


 夜空に浮かぶ月、青空に霞む月。

 満ちて、欠けて、いない時もある。

 それぞれが、いろんな表情をしている母と重なる。


 いつだって優しかった母。

 いつだって見守ってくれた母。


 今も、見上げると、母がいる。

 そんな感じがしていた。


 ふと夜空を見上げると、今日も月が浮かんでいる。

 母の声が聞こえてくる。


「朧月、綺麗だよ」


 あれから一年がたったんだね。

 自分の顔が笑顔になってるのが分かる。

 なんだか、懐かしい。


「うん、綺麗だね、とても」


 ひとりでに、そんな言葉が出てきた。

 やっと会話ができた、のかな。

 

 笑顔なのになんでだろう……

 月が朧げだよ、ママ。




 おしまい

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