終末創世革新歓喜

ラーさん

その日、神が降臨した

 その日、神が降臨した。

 場所は渋谷のスクランブル交差点。

 神は不意に空から交差点の中心に降り立ち、行き交う人々の視線を集めた。

 乳白の髪と蜜色の肌をした、鮮血の瞳を持つ美少年。

 彼を見た瞬間に人々は“それ”が神だと理解した。

 そして今日が終末だと理解した。

 そして私も目撃者となった。


「あた~らし~いあーさが来たっ! きぼ~うのあさーがっ!」


 降り立った神が手を振ると、周囲を行き交う人々が一斉に歩みを止め、西から昇る二つ目の太陽に向かい一糸乱れぬ動きでラジオ体操を始めた。スクランブル交差点を見下ろすビルの街頭ビジョンに映る広告映像は一文字ずつ映し出される般若心経に切り替わり「色即是空空即是色しきそくぜくうくうそくぜしき」の文字が流れ出す頃には東西から昇る二つの太陽が天頂で交錯し、緑青ろくしょう色の空に檸檬色の雲が渦巻き出した。そして人々が「大きく振りかぶって身体を回す運動ぉ~」を始める頃には渋谷に溢れる広告看板たちが人型ロボットへとトランスフォームし、プルトニウムを貪って巨大化したギガハチ公が口から放射能熱線を撃ち放った。直撃を受けたサロンパス看板ロボが爆発四散に「大きく深呼吸ぅ~」する人々の頭上へと赤熱の鉄片を撒き散らす。阿鼻叫喚を見下ろす街頭ビジョンは淡々と「羯諦羯諦波羅羯諦ぎゃーていぎゃーていはらぎゃーてい」の文字を刻み続け、阿鼻叫喚を生き延びた人々は粛々たる態度でラジオ体操第二へと移行する。

 私はこの惨憺たる惨禍を賛嘆たる感動で観賞し、万歳三唱とともに肩に下げたコビトカバの口から取り出した折り畳みフラミンゴを構え、隣に立つ感涙滂沱の男性の後頭部をフルスイングでティーヘッドバッティングした。血飛沫を引いて飛んでいった男性の頭部は、放物線の頂点で黄金に光り輝くハトとなると平和の象徴として飛翔した。私は同じ要領で次々と群衆の頭部をホームラン性の当たりで黄金のハトへと変えていく。

 すると空から歌声が降り注いだ。


  ああ友よ、この音楽ではないO Freunde, nicht diese Töne

  そうではなく、心地よくSondern laßt uns angenehmere

  喜びに満ちた歌を始めようanstimmen und freudenvollere


 ハトが歌う。歓喜の歌を。


  喜びよFreude,美しい霊感よschöner Götterfunken

  死後の楽園の娘よTochter aus Elysium

  私たちは情熱に陶酔し足を踏み入れるWir betreten feuertrunken

  天のあなたの聖域へ Himmlische, dein Heiligtum

  あなたの魔法が再び結びつけるDeine Zauber binden wieder

  時の流れが厳しく引き裂いたものをWas die Mode streng geteilt

  全ての人々は兄弟となるAlle Menschen werden Brüder

  あなたの柔らかい翼がとどまる場所でWo dein sanfter Flügel weilt


 そこで神は指揮を執る。乳白の髪を乱し、蜜色の腕を振って、鮮血の視線を巡らせて指揮を執る。


  一人の友の中の友となるWem der große Wurf gelungen

  偉大な成功をおさめた人よEines Freundes Freund zu sein

  美しい妻を伴侶にした人よWer ein holdes Weib errungen

  喜びの声を一つに混ぜ合わせようMische seinen Jubel ein

  そうだ、魂を持つJa, wer auch nur eine Seele

  地上の者なら誰でもSein nennt auf dem Erdenrund

  そしてそうできない人は出ていくのだUnd wer's nie gekonnt, der stehle

  泣きながらこの結びつきからWeinend sich aus diesem Bund


 ハトの群れは歓喜を歌いながら空を舞い、天上に回転する金剛界曼荼羅を描き出す。その中心に回転するアルカイックスマイルで微笑む第100代内閣総理大臣がバイオリンを掲げると、その周囲に円列する忿怒相の国務大臣たちによって組閣されたオーケストラが荘厳華麗な音楽を奏で始めた。


  生きとし生けるもの全てはFreude trinken alle Wesen

  自然の乳房から喜びを飲むAn den Brüsten der Natur

  全ての善人と、全ての悪人はAlle Guten, alle Bösen

  あなたのバラの足跡についていくFolgen ihrer Rosenspur

  あなたは私たちにキスとブドウの木とKüsse gab sie uns und Reben

  死の試練を与えられた一人の友を渡した Einen Freund,geprüft im Tod

  快楽は虫のような人間にも与えられWollust ward dem Wurm gegeben

  智天使ケルビムが神の前に立つund der Cherub steht vor Gott


 ハトとオーケストラ内閣によって降り注ぐ歓喜の音は、たちまちに渋谷のコンクリートビルをぐずぐずと崩れるおぼろ豆腐に変えていき、アスファルトをぐつぐつと沸騰するキムチ汁へと変えていった。この祝福に満ちた鍋パーティーに闊歩する人々はその喜びを爆発させる。道々に縦列駐車する正十八面体プリウスに飛び乗った人々は、首都高速を六本木方面から爆走してきたコモドオオトカゲの群れとカーチェイスを始め、SHIBUYA109原子力発電所のメルトダウンに参勤した人々は、下に下へと続く大名行列となって道玄坂に行列横切り切捨御免の無礼討ち銀座を開設した。宇宙戦艦となったモヤイ像に乗り込んだ人々はコスモクリーナーを求めてイスカンダルへと飛び立ち、一千万度の高熱の光の柱となった渋谷ヒカリエの回転セールに集まる人々は、手を繋ぎ合って踊る光速マイムマイムで光の粒子となって消えていった。


  喜びを持とう、太陽がFroh, wie seine Sonnen fliegen

  華やかな空を飛ぶようにDurch des Himmels prächt'gen Plan

  走れ、兄弟よLaufet, Brüder,あなたたちの道をeure Bahn

  喜びを持って、英雄のように勝利に向かってFreudig, wie ein Held zum Siegen


 混沌だ。

 この混沌に私は確信する。

 走れ。

 勝利へと。

 神が指揮を振るう。

 私は噴煙を上げて発射準備する、サイボーグ化したメカギガハチ公に乗り込む。

 発射のカウントダウンはもう始まっている。

 それは人類最後の偉大なる跳躍。

 噴き上がるジェット噴射によって果たされる、衛星周回軌道で散華する破綻の祝砲。

 終焉と黎明を同時に告げる、世界の分水嶺に響く晩鐘と朝鐘。


  喜びよFreude,美しい霊感よschöner Götterfunken

  死後の楽園の娘よTochter aus Elysium

  私たちは情熱に陶酔し足を踏み入れるWir betreten feuertrunken

  天のあなたの聖域へ Himmlische, dein Heiligtum


 喝采にも似た響きで歌われる歓喜の歌とともに打ち上がったメカギガハチ公は、三跪九叩頭さんききゅうこうとうでその出立を見送る人類を慈悲深い放射能ジェット噴射で薙ぎ払い、宇宙へと飛び立った。


  あなたの魔法が再び結びつけるDeine Zauber binden wieder

  時の流れが厳しく引き裂いたものをWas die Mode streng geteilt

  全ての人々は兄弟となるAlle Menschen werden Brüder

  あなたの柔らかい翼がとどまる場所でWo dein sanfter Flügel weilt


 衛星周回軌道に入ったメカギガハチ公から、私は虹色の宇宙に浮かぶあんドーナツとなった地球を睥睨し、人類最後の演説を歓喜の歌とともに全人類の脳に送信する。


「全人類に告ぐ。もはや混迷は終わりを告げる。ここに私は運命の最終勝利を宣言しよう。それは減点式運命木馬の回転から生まれた七人のシヴァ神が吹くギャラルホルンによる独断と偏見の最終判決であり、完全無欠の最終定理によって導かれた弥勒菩薩の開頭手術の末に華開く完膚なきまでのカリ・ユガである。ドナルドダックの侃侃諤諤かんかんがくがくたる開国論争はもはや意味をなさず、ローエングリンの気品優雅な羽ばたきはレッドブルのカフェイン切れに直滑降する日経平均となって地面に墜ちた。大地は蠢くミミズたちの流しそうめんで埋め尽くされ、藁を掴んで溺れる人々は青き清浄なる世界のためにカラシニコフの銃声で断末魔のハーモニーを奏で続ける。残寒無音の時は近い。論理回路はショートした。はすに構えた分度器たちが語る聖人君子の罵詈雑言は、アウトバーンをフルスロットルで快走する運命の足音とともに、空き缶のスタンディングオベーションを一蹴千里に蹴り飛ばす!」


  抱き合おう、何百万もの人々よSeid umsch lungen, Millionen

  このキスを全世界にDiesen Kuss der ganzen Welt


 スクランブルした世界の中心で神は乳白の髪を振り乱しながら指揮を続け、私はフィナーレへと向かう世界へ血涙とともに華添えの狂演を叫喚する。


「聴け、雑踏に泣く万象の弔鐘を!」


  兄弟よ、星空の上にはBrüder, über'm Sternenzelt

  親愛なる父が住んでいるに違いないMuß ein lieber Vater wohnen.


「歌え、葛藤に起つ万丈の長嘯を!」


  あなたたちは跪いたかIhr stürzt nieder, 何百万もの人々よMillionen

  あなたは神を感じるか、世界よAhnest du den Schöpfer, Welt


「馬蹄の如き重音を響かせ、裂け、殺到する万歳の三唱を!」


  星空の上に神を求めよSuch' ihn über'm Sternenzelt

  星々の上に神は住んでいるに違いないÜber Sternen muß er wohnen


 血反吐とともに放たれる全人類による渾身の万歳の三唱と、全ハトによる全霊の万歓の絶唱が、大地を割って噴出するマグマの音列となって、奔放なる飛沫とともに飛び上がるイーロン・マスクと火の鳥の生誕を祝福した。類い稀なる歓喜よ。満々に帆を張ってカミオカンデの海を泳げ。雀躍たるニュートリノの放散は溌剌たるエントロピーの拡大とともに無間地獄の阿鼻叫喚を貫通し、ヴァルハラにアンチエイジングの信念で仁王立つ自由の女神を築くのだ。そこは軍艦鳥の鼓笛隊が『We Will Rock You』を奏でる土地。そこは爆散するジュークボックスが『うっせいわ』を歌う土地。そして万夫不当のガンジーが――、


 そこで神が振り上げた手を握る。


 絶音。


 全ての脳波は停波し、世界は暗幕に沈んだ。


 混沌すら消えた無音。


 歳月の概念も消えた無限の空白――、


































 そこに声が聞こえた。


「光あれ」


 第一日である。

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