第12話

 後日談。

 満身創痍まんしんそういだったジンと子どもたちは、あの後すぐに村の診療所に運ばれた。

 数にして合計二十一人。

 当然小さな村の診療所に収まるわけもなく、近隣の家や教会を利用して即席の病院が造られた。

 その中でも重症だった四人が診療院のベッドで横になっている。

 四人とも穏やかな寝息を立てていた。


 怪我人の一次対応が終わった翌日。

 ガウェインとシーリスは冒険者ギルドで事情を説明する事となった。

「状況は大体わかった。だからエルフの嬢ちゃんはあの晩に俺を追いかけて来たんだな。……しかしギルドマスターと職員が事件の犯人だとはな。笑えねぇな」

 ギルドの二階にある応接室で、二人に向かい合う形でルガードが腕を組んで眉間に皺を寄せて目を閉じる。


 ガナージーノと名乗った老人は、マデリード村で長らくギルドマスターをしていた有力者であったようだ。

 どうやらシーリスとも過去に面識があったらしい。

「ええ、私も貴方がシロだった時は正直焦ったわ。それ以上にガナージーノが犯人だったことに驚いたけれど……」

(シネイド様の協力者に裏切り者がいたなんて……。頭が痛いわ)



「まぁあのジジイは食えねぇジジイだったからな。あとは、特徴のある二刀使いときたか。俺が引退する前に騒がれていた殺人鬼とよく似てる。だが、あの嬢ちゃんの年齢と合わねぇのがどうにも気になるな……」


 ガウェインとシーリスの話をまとめるように、羊皮紙に殴り書く。

 その日の夕方まで二人は拘束される事となった。


 帰り道、肩を並べて歩く二人。

 時間は昼と夜の境目、黄昏時と呼ばれる頃だった。

「はぁ……疲れたわ。それにしてもあの男、見た目に反して結構繊細な性格だったわね」

「ははは……そうかもね。クマが濃いのも実は仕事のせいなんじゃないかな? 有名な冒険者だったみたいだけど、その辺りが引退理由かもね」

 二人は何とも言えない虚脱感を感じていた。

 戦った後とはまた違う類の疲労だ。


 結局、あのルガードと呼ばれる男が、職員や村民の強い要請を受けて次のギルドマスターとなることが決定している。

 臨時の職員扱いで、あの蛇蝎だかつと呼ばれた四人組も協力することになったそうだ。

 あとから聞いた話では、彼らの最初の任務は、ギルドの地下に広がる施設の探索だったようだ。

 そこには長く使用されていた痕跡と、あらゆる非人道的な実験が行われていた残滓が残っていて、蛇蝎だかつの四人はしばらく固形物が喉を通らなかったという。


「それで? シーリスはこれからどうするんだい?」

「私はシネイド様の騎士よ。まずはこの件を報告するために帰るわ」

 二人の歩みは四人が眠る診療所に向かっている。

「ねぇ、ガウェイン」

「?」

「貴方たち一回シネイド様に会ってもらえないかしら?」

「それはまた……」


 どうして?といぶかしむガウェイン。

 シーリスは説明する。

 呪術国家ベルの内情、シネイドが置かれている状況、そしてシネイドが描く未来。

「……要するに、貴方たち解放軍の力を貸して欲しい。この国には出さなきゃいけない膿が多すぎるのよ」

「うーん、色々わかったよ。けれど、それは僕たちだけの判断じゃ何とも言えないな。あと数日で本隊と近くの森で落ち合うことになっているから、団長の許可をもらってからの返答でもいいかな?」

「いいわ。その代わり、ぜひ私もその団長に会ってみたいのだけどいいかしら?」

「まぁ、シーリスなら大丈夫だと思う。連絡を取って確認してみるよ」

 ぜひお願い、と話していると、ガウェインの目の前に、また路地から赤いボールが転がってきた。

 あれっと思い屈んでボールを取ると、予想通り昨日に会った女の子がトテトテと走ってきた。

「はい、これ。またボール遊びしてるの? 危ないから気をつけるんだよ?」

 ガウェインが女の子にボールを渡す。

 女の子は驚いたように首を傾げると、ボールを奪うようにして元の路地に帰って行った。

(あの子あんな感じだったっけ?)

「……あら? ガウェインどこか切ったの?」

 少女の背中を見ていたガウェインにシーリスが話しかける。

 確かによく見ると服の袖にわからないくらいの血がついていた。

「いや……、一通り治してもらったから傷はないと思うんだけど……。多分、あの女と戦った名残かな?」

 小さな違和感はあったものの、思い過ごしだろうと意識を変えた。


(どうやってシーリスのことを報告しようかな)

 ガウェインは歩きながら報告内容をまとめて行くのだった。



「ふー危ない危ないー。まさかこの体の持ち主と接触したことが会ったなんてねー」

 赤いボールを持った少女は路地の、ある扉を引いて室内に体を滑り込ませた。

 そこには猿轡をかまされた幼子が、血の海に転がされている。

 涙と鼻水でぐしゃぐしゃになった顔には恐怖が張り付いていた。


「もう、ダメだよー。せっかくアタシは死んだんだからー。余計な手間を取らせないでくれるー」

 そう言いながら扉の近くに山となっている真っ赤なモノに腰掛ける。

 赤いボールにはよく見ると血文字でメッセージが書かれていた。

 よく調べなければ見えないくらい掠れているが、読まれてしまえばすぐにわかる。


 幼子の目の前には脳天を叩き切られた母親が。

 扉の近くには兄弟が。

 どうやら母親が死ぬ前にボールにメッセージを残し、幼子の兄弟が隙をついてボールを路地裏から蹴り出したことで逆鱗にふれたらしい。

 その代償なのか、この兄弟は特にひどいミンチになっていた。

「さてー、それじゃあそろそろおやすみするー?」


 幼子はプルプルと震えるばかり。

 だってそうだろう?

 昨日まで自分を可愛がってくれていた姉が、見たこともないような顔で笑っていたのだから。


 振りかぶった厚刃の刃物は容赦無く幼子の命を断ち切った。

「ふふっ、それじゃしばらくキリコちゃんは休憩しますー」


『不死狂い』『千変万化せんぺんばんか』のキリコ。

 彼女は長い間その二つ名で呼ばれてきた、快楽殺人鬼だった。

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魔島ラーデン興亡記 茶白のはちわれ @cat-warmer

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