第11話

「よかったわ、間に合って」

 噴き上げる炎と同じ真っ赤な髪の毛が、ぼんやりとした光に照らされ幻想的に風になびいた。


「……随分タイミングがいいじゃねーか。どこかで見てたのか?」

 脇腹からの出血を手で押さえ、口元からあふれた血をぬぐう。

「呆れた、まだ冗談を言える気力があるのね……。貴方ちょっと休んでなさい」

 シーリスが炎の壁の向こうにいるであろう敵を警戒しながら、ジンをおもんばかる。


「へっ、冗談。こんなことで動けなくなるような訓練はしてねーよ」

 ふらりと立ちあがる。

足元はおぼつかない。

「……強がりにしか聞こえないわね。いいから、休んでなさい」

「……休んだらどうする? お前、アイツら殺す気だろ?」

「--貴方もわかってるんでしょ? 目に見えるほどの濃い生命力の放出。……もう長くないわ」

 目を伏せて悔しそうに唇を噛む。

「普通ならそうだろうな。だけどシーリスが来てくれたおかげで、出来ることが増えたのさ。……協力してくれ」

 真剣な目でシーリスを見つめる。

 シーリスはその瞳をそらせなかった。

「……私はどうしたらいいの?」

「簡単さ、あいつらの足を三秒でいいから止めてくれ」

 必死なジンの願いにコクリと頷くシーリス。


 ジンは盾を置き、両手で剣を持つ。

「--起きろ、命の簒奪者イシュタリア


 ジンが一言呟くと、両手に持った剣が風を巻き込みながら変化する。

 鈍色にびいろの剣身は、炎の明るさを反射して七色に染まる。

 巻き込んでいた風すらも翡翠色に輝いている。


 変化が収まると、ジンの両手には神剣しんけんが一振り握られていた。


「……貴方、それ……」

 言葉を失うシーリス。

 エルフの里で語り継がれる伝承の一節を思い出す。


『緑風と共に七色の神剣が輝く時、暗き時代を照らす勇者が現れん』

 遥か昔、創世神話に登場するハイ・エルフが後世に残した預言。


「……まぁ気にしないでくれると助かる。それより、足止め頼むぜ」

 シーリスは我に返るとちょうど炎の壁が消えるタイミングだった。


「サラマンダー! 姿を変えて! 力を貸して!」

 シーリスの声と共に三本の紅蓮の矢が放たれた。


 それらは三人の子どもたちを補足すると、軌道を変えながら迫る。

 最初に双子の女の子に炎の矢が吸いこまれた。

 次にエルフ。

 最後にもう一人の双子の男の子。

 ちょうど串刺しのような形で彼らを貫通し地面に縫い付ける。

 体を貫通しているのに不思議と出血もなければ火傷もないようだ。


「ジン!!」

「わかってる!!」


 シーリスの掛け声に合わせるように、一足飛びに三人に迫る。


 都度三回。


 ジンは流れるように剣を振る。


 子どもたちは斬られた瞬間、体の内側にあった異物が消えるのを感じた。


 すると炎の矢で磔にされていた三人はぐったりとうなだれ、ほとばしっていた魔力が掻き消える。

 それを確認する間も無く、今度はジンが崩れ落ちた。

「!!? ちょっと??!」

 シーリスは驚いて駆け寄る。

「わりぃ……ちょっと寝させてくれ……。俺のことよりガウェインを……頼む」

「この後に及んで他人ひとの心配?! ……ってもう聞こえてないか」

 せめてもの応急手当てで、脇腹の傷を焼いて塞ぐ。

「派手に残っちゃうけど死ぬよりいいわよね?」

 そう言うとシーリスはジンの髪をひと撫でして、彼の願いを叶えるべく立ち上がった。


(このヒューマンたち、本当に面白いわね)

 記憶を思い返しても、ここまで興味を惹かれる人物はいないと言い切れる。

 この戦いの後はどうしよう、と柄にもなく考えてしまっていた。



 一方、ガウェインの苦しい戦いは続いていた。

 平面勝負だと分が悪いと確信したことで、様々な精霊の力を借りては三次元的な動きで女の攻撃を何とかしのいでいるような状態だ。


「あはははー、楽しーねー! こんなに長い時間鬼ごっこするのは久しぶりー」

 女の方はまだ余裕があるようで、ガウェインが次の手を打てるようにわざと攻撃を緩めているようだった。


(あと一手、何かあればっ……!)

 空中に跳ねている最中もガウェインはきっかけをつかめずにいる。

 しばらく耐えていると視界の端で炎の壁が空に伸びるのが見えた。


「……さすが」

 間違いなくシーリスが使役するサラマンダーの力であった。

「あーもうこっちに来ちゃったのかー。じゃあそろそろかなー」

 僅かな隙を狙い澄まして、女がガウェインの背後をとる。


はやいっ!!)

 意識はついていくが体はついていかない。

「じゃあねー」

 女が遠心力と一緒に分厚い刃を叩きつけるようにガウェインの頭上に振り下ろした。


「そこまでね。私は約束を守る性格タチなの」

 まだジンのところにいると思っていたシーリスがいつの間にか、女のすぐ後ろにいた。

 ガウェインは巻き込まれないようにと、必死で体をひねる。


 そして赤い閃光が疾った。

 紅く灼熱したシーリスの細剣が女の額を穿ち、彼方かなたまで飛んでいくかのような勢いで、そのまま女を地上に誘う。


「ケェぇどう“やっでーぇぇっ??!」

 聞くに耐えない悲鳴を置き去りに、シーリスはさらに加速した。


 轟音。

 星が落ちたような激しい衝撃がギルドを揺らした。

 紅剣の先には、血や肉が爆散したような惨状。

 もはや原型を留めていないのは明白だ。


「ふぅ……」

 シーリスが息を吐くと紅剣は色を失くしただの細剣に戻った。



(これはなんたる予想外。ワシの可愛いペットはまだしも、まさか『不死狂い』までやられてしまうとはの……。ちと甘く見過ぎたのぉ)


 倒れた子ども。

 爆散した女。


 長い髭を指で扱きながらガナージーノは観察する。


(あの黒髪の少年が持っていたのは神剣? 何とも不思議な力を感じるわい。それにもう一人の金髪の少年の才能も面白い。精霊を武器に宿して戦う。量産できれば国を滅ぼす軍団ができるのぉ。紅の異端姫クリムゾンの力はワシの魔導強化とコンセプトは一緒じゃな。はてさてどの力も研究しがいがあるわい)


「--考えごとをするのは油断が過ぎるよ」

 ブツブツと呟いていたガナージーノが気付かぬ内に、老人の背後からガウェインが現れた。

 そして一閃。

 手に持つ仕込み杖の刃を横に振るうと不気味な老人を両断。

「っ??!」

「さすがにそこまで油断はせんよ、若僧。ワシはそろそろお暇するでな」

 両断されたガナージーノが肉汁を飛び散らせながら溶けていく。

 不快な臭いが鼻をつき、思わず袖で口元を隠した。

「ほう、悟ったような顔をしても肉の溶ける臭いは初めてか? 経験が足りんなぁ」


 虚空からシワがれた声がするも居所がわからない。

「では、さらばじゃ。ワシはこれからしばらく研究で忙しいのでな……」

 姿が見えぬまま、やがて気配が完全に闇に消えた。



 ガウェインがシーリスとジンの元にやってきたのはガナージーノを取り逃した後だった。

 その頃には、轟音を聞きつけ多くの人が冒険者ギルドに集まって来ていた。


「おいおい、なんだこりゃ……」

 群衆をかき分けるように姿を現したのは、クマの濃いギルド職員、ルガード・フェンだった。

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