ショートショート「はなさないで」

大隅 スミヲ

第1話

「お父さん、絶対に!」

 はじめて自転車の補助輪を外した時、わたしは父にそう言った。

 しかし、少しわたしが自転車に乗れるようになったことで安心したのか、父は自転車の後ろを掴んでいた手をはなしていた。

 わたしはフラフラと自転車を漕いで数メートル走った後、盛大にコケた。



「お兄ちゃん、絶対に!」

 小学生の頃、わたしはおねしょをしてしまった。

 前日に怖いテレビを見てしまって、夜にひとりでトイレに行くことができなかったせいだ。

 学校に行く前、わたしは兄に強い口調で口止めをした。

 兄はへらへらと笑いながら、言わないよと言っていたが、家を出てすぐに通学路であったわたしのクラスの男子に、ゲラゲラと笑いながら私のおねしょの話をしていた。

 あれ以来、兄のことは信用していない。



「ピーちゃんを絶対に!」

 これは中学生の頃に、まだ小学生だった妹に対して言った言葉だ。

 家で飼っていた、手乗り文鳥のピーちゃん。

 ピーちゃんは生まれた時から飼いならしていたため、籠を開けると手に乗って餌を食べたりした。

 でも、窓が開いている時は絶対に籠を開けちゃダメだと妹には言っておいた。

 それなのに……。 



 結婚式の新婦からの家族への手紙。

 わたしは号泣に近い状態で読み上げた。

 すると、父が懐から手紙を出してきて、逆に新婦の父からの手紙を読みはじめた。

 父も号泣しており、何を言っているのかほとんどわからなかったけれども、最後の一言だけは、きちんと聞き取ることができた。


「お前の掴んだ幸せを絶対に――――」

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ショートショート「はなさないで」 大隅 スミヲ @smee

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