【KAC20245】離せなくなる暗示

あばら🦴

離せなくなる暗示

 あるテレビ番組に出演した催眠術師の男が高らかに言った。


「──────えぇもちろん。私の催眠術は完璧ですよ」

「自信のほどは充分、と」と司会のアナウンサーが言う。「では早速〇‪✕‬さんに試していただきましょう!」


 指名された女性タレントの〇‪✕‬は、「えー? どうしよ〜」と笑いながらスタジオ中央に用意された椅子に座った。

 催眠術師の男が言う。


「では、いきます。目を閉じてください。そしてゆっくり私の声をよく聞いてください。いいですか? ゆっくりですよ。あなたはだんだん、私に身を任せるようになります。さぁ、手を交互に組んでください」


 女性タレントは言われた通りに手を交互に組んだ。


「さぁ、私が数を数え終わると、あなたは安心感に包まれ、あなたは私に全てを委ねるようになり、私の意のままに操れますます……。はい3、2、1、はい、はなさないで……」


 催眠術師が女性タレントの肩をポンと叩いて「目を開けてください」と言うと女性タレントは目を開いた。司会が聞く。


「これは一体どうされたのでしょうか?」

「彼女には組んだ手を離せなくなる暗示をかけました。彼女は私が暗示を解くまで手を離せませんよ」

「なるほど! では〇‪✕‬さん、手を離してみてください!」


 司会がそう言うと女性タレント‬は組んでいた手を離した。

 なんの抵抗も無く、いとも簡単に離した。

 催眠術師、司会、出演者、スタッフ、全員が黙った。スタジオに凍りついた空気が広がる。


「えぇ〜っと、これは……?」

「いや、ちょっとかかりが悪かったみたいです。もう一度やります」


 催眠術師はさっきと同じ手順で、そしてさっきよりも慎重そうに暗示をかけた。


「──────これで、正真正銘、離せなくなりました」

「なるほど! では〇‪✕‬さん、手を離してみてください!」


 司会がそう言うと女性タレント‬は組んでいた手を離した。

 なんの抵抗も無く、いとも簡単に離した。

 催眠術師、司会、出演者、スタッフ、全員が黙った。スタジオに凍りついた空気が広がる。


「かかりが……悪いんですか?」と出演者の一人が言う。

「いや、そんなはず……!?」と催眠術師は冷や汗をかく。

「やっぱりインチキなんでしょ〜?」とお笑い芸人がおちゃらけながら言った。「〇‪✕‬さん、今どんな感じなの? なんとも無いでしょ?」


 お笑い芸人にそう振られた女性タレントだが、何も言わなかった。司会が催促する。


「〇‪✕‬さん、今どのような感じなのでしょうか?」


 またも女性タレントは何も言わなかった。

 その時、番組プロデューサーの男が裏から出てきた。なんだか慌てている顔だった。


「い、一旦休憩にします。それと〇‪✕‬さんと催眠術師の方はこちらに……」


 プロデューサーの一言で休憩となり、そして女性タレントはコクリと頷くとプロデューサーに着いていった。

 スタジオの端でプロデューサーは女性タレントと催眠術師に言った。


「それで、〇‪✕‬さん。こういう時はちゃんと離さないようにしていただけると助かります」

「ちょっと! それでは私がインチキのようじゃないですか!」と催眠術師は言う。

「でも手は離せたんですよね?」

「くっ……!」と催眠術師は悔しそうに言った。

「番組の進行上、ここでは嘘でもいいから催眠術にかかったとした方が盛り上がります。いいですか? 〇‪✕‬さん。暗示にかかったフリをしてくださいね」


 女性タレントは何も言わず、コクリと頷いた。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

【KAC20245】離せなくなる暗示 あばら🦴 @boroborou

★で称える

この小説が面白かったら★をつけてください。おすすめレビューも書けます。

カクヨムを、もっと楽しもう

この小説のおすすめレビューを見る

この小説のタグ