第32話 はじめてのオークつかい
定例会から三日後の昼過ぎ。
エコとクーリャは再びゼペルの
四人掛けのテーブルが十組ほどあって、その半分くらいを埋める調教師達が相棒のモンスターを交えて談笑している。調教師の存続を脅かしかねない事件があったにも関わらず、そこにはいつも通りの光景が広がっていた。
「あ。エコちゃんとクーリャちゃんだ。こんにちわあ」
奥にあるカウンターでは、二人を調教師ギルドのマスターであるパニーが元気に迎えてくれる。カウンターに乗るモプリンのトオルも一緒だ。
「彼の調子はどう?」
「はい。おかげさまで。なんとかしぶとく生き延びてます」
クーリャの言葉にパニーの表情がぱあっと華やぐ。
「よかったあ……! さすがクーリャちゃん。すごいねえ」
「いえ……色々と気にしてくださり、ありがとうございました」
パニーの厚意もあって瀕死のオークの治療についてはギルドの方で面倒を見てくれるはずだったのだが、それをありがたくも遠慮したのがクーリャだった。
危険種のオークでは、やはり騒ぎになりかねない。特に切断された腕の治療は時間を要する。そこで町の宿屋の一室を借り、クーリャの魔術により治療の全てをおこなったのだ。
「だから……あたし達はもう行きます」
「そっかあ……本当に、行っちゃうんだね……」
パニーは寂しげに瞳を細める。
「あ、あの……その……」
そこで初めて口を開き、顔を上げたのはエコだった。
あうあうと口ごもり、ふらふらと視線をさまよわせてから。
「たくさん……迷惑をかけてしまって、ごめんなさい」
エコはなんとかそう言い切った。
「たくさんのことを教えてくれて……ありがとう、ございました……っ!」
ぶんっと首を縦に折り、深々と頭を下げるエコ。
抑えきれない緊張でその小さい体はぷるぷる震えていた。
「そんなのいいよお! わたし達も楽しかったしね!」
しかしパニーはいつもみたいにぺかーと笑顔を返してくれる。
そのやりとりを見ていた他の調教師の男達も「気にすんな!」「これからもがんばれよ!」と声をあげてくれていた。
「よく言えたねエコ様。えらいえらい」
「う……」
そしてクーリャもまた、エコの頭をくしゃくしゃと撫でる。
嫌いだったはずの人間に対し、それでも反省と感謝の気持ちをきちんと言葉にすることができたエコの成長は、クーリャにとっても嬉しいものだったから。
「そうだ。これ、受け取ってくれるかな」
言いながら、パニーがカウンターに何かを置く。
名刺サイズのカードと、輪っかのついた金色の小さいプレートだった。
「調教師の証だよ」
「えっ……」
カードの方には番号、日付、エコの名前、パートナーとなるモンスターの種族と名前等が記載されている。確かにそれっぽい。
そしてプレートの方には『調教師ギルド公認』を意味する文字が刻まれていた。
「そっちのプレートはオーク君の首輪にでもつけといてね。一応、調教師のパートナーですという証にはなるから」
「…………」
それが意味することは、つまり。
「えっと……エコ様、調教師の試験受けてないですよね」
至極当然の疑問を口にしたのはクーリャだ。
しかしパニーはウサ耳飾りを揺らしながらふわふわと言う。
「そんなのどうでもいいよお。認定試験を行う定例会なら、冒険者共の乱入があったせいでまだ途中だったしねえ。なによりフレスベルグとの戦いでは、エコちゃんは他の調教師にも負けないくらいの連携をオーク君と一緒に見せてくれた。それでもう、試験としては十分かな」
「でもオークは危険種だから、認定はできないはずじゃ……」
「どうせわたしが何を言ったところで、どうせあのオーク君と旅をするんでしょ?」
「…………、」
エコが気まずそうにまた顔をうつむかせる。
しかしパニーはそれを見て優しく笑った。
「キミはそれでいいんだよお! あとは万が一、何かをやらかしちゃった場合の責任の問題。あのオーク君は命がけでこの調教師ギルドのみんなを救ってくれたでしょ。だから……少しくらい、わたし達にも背負わせて欲しいんだよ」
「あ…………」
「何やら冒険者協会の方で不穏な動きもあるみたいだしね。これからはわたし達と一緒に戦おう!」
先日、『
しかし他の町の調教師ギルドに確認をとったところ、特に変わった動きはないとのことだった。あの一件は彼の独断による暴走に近かったのか、あるいは本格的な調教師排除への動きの前触れだったのか。
いずれにせよ、調教師ギルドとしては今まで通りの運営をすることになったらしい。
そして――エコ達の素性を知った上で、なおも。
調教師ギルドはそれを受け入れてくれた。
「……エコちゃん」
パニーは両手に膝をついて屈み、エコへと視線を合わせる。
「最初は他に例が無かったし、君が幼い新人さんだからってことで止めちゃったけど……本当はわたし達も危険種のモンスターとだって仲良くしたいんだよ」
前屈みになることでもぷっとなった胸にクーリャが「うぐっ」と顔をしかめる。
しかしパニーはそれとは真逆の陽だまりみたいに明るい笑顔を浮かべていた。
「だからね。わたし達にとってキミは一つの可能性であり、希望なんだ」
「きぼう……?」
新しく調教師となった幼い少女に向け、マスターは最後に強く告げる。
「キミがはじめてのオークつかいとして活躍してくれること、調教師ギルドのマスターとして心から期待しているからね!」
●●●
ゼペルを出ると眩しい太陽が二人を迎える。
今日も天気はすこぶるよく、草原を優しく撫でる風が心地良い。
絶好の旅日和だ。
「そういえばエコ様。あたし達が向かうのはルーンクレストだけどさ。ちょっと迂回する形になっちゃうけど、『ドュニオ』って町にも調教師ギルドがあるっぽいんだ。ついでだから寄っていこうか」
「そう、なの……? うん……行きたい……」
「ユザリアとだって、またどこかで会えるかもね」
正式な調教師になった者は、モンスターと旅をする中で各地にある調教師ギルドに挨拶回りをするのが習わしだという。同じく新たに調教師になったユザリアも、既に一日前にゼペルを発ったらしい。
「そうなんだ……あの人とも、また会いたい、な……」
「えっ。なに。あの子と何かあった?」
なんであれ、同い年の調教師。
二人の関係が今後どうなるのかはわからないけれど、この地でエコがあの少女と巡り合えたことについてもクーリャは少しだけ感謝した。
あと、巡り合いといえば。
二人に新しい旅の仲間が増えた。
「えへへ……お待たせ、です」
「…………」
町の外壁に背中を預け、胡坐をかいていたのは一体のオーク。
そんなオークへとエコが首輪をつける。
先ほど貰った『調教師ギルド公認』と刻まれたプレートだ。
「これでこのオークは私達だけの責任じゃなくなったってことだよ。調教師ギルドに迷惑をかけないためにも、問題が起こらないようちゃんと躾けなきゃね」
「うん……これからも、よろしく、ね……ロウギ」
こうして、また新たな旅が始まる。
目的地は魔族の仲間がいるという都市『ルーンクレスト』。
そのために、今度こそあのエビシラ山脈を越えなければならない。
ふらふらした足取りで歩くエコを先頭に。
二人と一体は、北へと続く街道を歩き始めたのだった――
「ちょっと待て」
と思ったらクーリャを呼び止める声があった。
「うわ、しゃべった」
驚いて振り返るクーリャ。
そこにいたのは、言うまでもなく一体のオーク。
「黙りっきりだからさ。てっきりオークの衝動に呑まれて人格を失ったのかと」
「さっきのはなんだ。ロウギ、だと?」
オークが問い詰めたのは、エコが急に呼び始めた名前についてだ。
クーリャはなんでもないことのように言う。
「ああ、エコ様がなんか急に名前を付けたいとか言い出したからさ。魔王軍の元七英将でロウギってのがいるでしょ。それをあたしが勧めてみたの。屈強な肉体を誇る無茶苦茶強い鬼人の戦士らしいし、なんか角も生えてるし。似てるなって思って」
「本人なんだが」
「そうだっけ。で、エコ様も気に入っちゃってね。晴れて採用となったわけ。そういうわけだから、よろしくねロウギ」
「…………」
ロウギ。
それは己を保つために、幾度となく心の内で繰り返した名前であり。
確かに誇りある一人の戦士の名前だった。
「これからは俺が戦おう」
「えっ」
「この先、お前達に立ちはだかるあらゆる障害は、この俺が全て打ち砕くことを約束する。鬼人最強の戦士の名にかけてな」
「や、あたしたち別にそこまで過酷で壮絶な旅するつもりないんだけど……」
その時、オークのブタのような鼻がヒクヒクと動く。
オークだけにわかる、鼻孔をくすぐる匂いの正体は――エコ特性の団子だった。
「そういえば……朝ゴハン……まだだった、よね……?」
抗うことのできぬこの食への執着も、またオークとしての衝動か。
エコの小さい手に乗せられた団子に、バグッと食いついた。
「えへへ……まだまだあるから、ね……」
餌団子を堪能するオークの頭をエコがやさしく撫でる。
「グウウ……」
オークはなすがままに、ただ団子の味を噛みしめている。
「……まあ、せっかくだから頼りにはさせてもらうけどね」
元魔王軍の七英将で鬼人最強の戦士が、幼い少女に懐柔されている様があまりにおかしいのか。
クーリャは年相応の子どもみたいに笑っていた。
はじめてのオークつかい!!! ~元最強の戦士、オークに堕ちて幼女テイマーに調教される~ 黒衛 @mukokuro04
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