第31話 戦士とオークの拠るべき場所
単身でフレスベルグへと挑んでいた満身創痍のオーク。
しかし絶望を呼び込む風に負けまいと、他のモンスターや
「いくよおトオル君! わたし達の残るチカラ、全部ぶつけちゃおう!」
「プギィッ!」
そんな中、先陣を切ったのはやはりというか、ギルドマスターのパニーだった。
ウサ耳飾りを揺らしながら歌うように叫ぶ。
「唸り弾け迸れ!
轟音と共に天空から降り注いだのは、一筋の巨大な稲妻。
眩い光を宿す雷光は大気を切り裂くように奔り、敵であるフレスベルグではなく近くにいるモプリンへと直撃する。
稲妻を身体に宿すことがパニーのパートナーであるモプリン――『ゴールドモプリン』の特性だった。バチバチと全身に電光を弾けさせ、雨雲から覗く太陽のように輝きを増していく。周りの冒険者から「ハイパーバチバチモードだ!」「やっちまえー!」と歓声があがる。
「いっけ~! 超必殺! ジグザグサンダーレイヴだあ!」
「プギップギ~~~~~~~!」
そしてモプリンは電光を散らす弾丸となって一直線に飛んだ。
暴走するオークの肩口を掠めながら一瞬で追い越し、フレスベルグの正面から体当たりをかます。
「ビィェアアアア!?」
フレスベルグの巨体を弾いてその背後にまで駆け抜けた黄金のモプリンは空中で鋭角に急反転。今度は斜め上から、次は真横から、その次は後ろからと、雷を宿す小さな体が何度も何度もフレスベルグの全身を直撃、確実にダメージを与えていく。
フレスベルグの爪や翼も、巻き起こす風ですらも稲妻のごとき速さで縦横無尽に跳び回るモプリンを捉えることはできない。空中に縫い止められるように、攻撃を受け続けるしかない。
「ピィエエエェェェェェーーーーー!」
「ぶぃ~~……」
――チュドーーーン!
しかし何度目かの体当たりを終えたモプリンはその勢いのまま地面に激突した。元より瀕死にほど近い状況だった。とっくに限界を超えていたのだ。
ぐるぐると目を回す相棒をパニーは拾い上げ、優しく抱き抱える。
「お疲れさまっ♪ 最後までありがとう、トオル君!」
「ぷぎ~……♪」
しかしそんなパニーとモプリンを【凶風】が許すはずもない。
狼藉を働いた下等なモンスターへの怒りをあらわに、主である人間ごと引き裂こうと翼を大きく広げる。
「ビュイイイイ……ビアアッ!?」
「ガアア!!」
巨大な風の刃を生み出そうとしていたが、今度は暴走したオークがそれを許さない。大地を蹴って大きく跳躍、勢いを乗せた頭突きがフレスベルグの腹を打ち上げる。空中で反転、今度は顔面へと拳を打ちおろす。
痛みに喘ぐフレスベルグ。
その鋭い眼光は、重力に引かれて落下していくオークへと向く。
――しかしそこに迫るのは自身を覆い隠す程の巨大な影。
それはフレスベルグの巨体すらも呑む込む程に大きく膨れ上がった『泥』だった。
「【
黒い塊の接近を即座に察知したフレスベルグが暴風を巻き起こす。
エコの【奈落の泥団子】は風を纏う巨鳥には届かない――普通の大きさでは。
しかしエコが極限まで膨れ上がらせた魔力により生み出された絶大な質量を誇る泥の塊は、巨鳥の巻き起こす暴風すらものともしない。
その全身を押し潰すように横殴りにし――ゴッパオウウゥッと炸裂した。
「ビュアアアアアっ!」
フレスベルグの巨体が中空で激しく煽られる。
態勢を立て直そうと翼を羽ばたかせるフレスベルグだが、しかし風に溺れるようにぐんぐんと高度を落としていく。黒い泥が翼にまとわりつき、上手く飛ぶことができないのだ。
――今だ!
そんな気持ちを乗せた視線を送るエコ。
しかしオークは動かなかった。
エコの渾身の魔術が生み出した絶好の機会を前に、オークは地面に膝をついたまま顔を俯かせている。まさか、今度こそ本当に限界なのか。
「ヌモオオオ(肩をお借りします)!」
そこで一つの影がオークの肩を踏んで跳躍、フレスベルグへと向かった。
先ほどの回復魔術で奇跡の復活を遂げた誇り高きミノタウロス、ジュリアスだ。
しかし途中でピタリと止まる。エコの特大泥団子により高度を落とすフレスベルグを前に、オークの肩を借りて跳んでもあと一歩のところで届かない――落ちる!
「ほんっとうに役立たず! お前みたいなクズは空で無様に踊ってなさい!」
それを許さないのは主のユザリアだった。
得意とする植物魔術で太い蔓を呼び出し、それをムチのようにしてビシイイイッとジュリアスの背中へと打ちつける。
「ヌモオオオオオ(ありがとうございます)!」
蔓のムチの衝撃を利用してまたジュリアスが飛ぶ。ぐんぐんと高度を上げ、やがてフレスベルグをも超えてその背中へと降り立った。
「ヌモオ、モオ(先ほどは、ユザリア様の前で醜態を晒させてくれましたね)」
そして愛用のバトルハンマーをぐるりと回し、
「ヌモ、ヌモオオオオオオ! (このクソ鳥がァァァァァァァァァ!)」
ドスウ、ドスドスドスドスドスドスドスドスゥッ!
憤怒と激情のままにフレスベルグの頭部や背中へと何度も打ち下ろしまくった。
「ビエエエエエエエエエエ!」
振り落とそうと必死に翼をはためかせるフレスベルグだが、ジュリアスが主に命じられたのは死ぬまで空で踊り狂うこと。何度も何度もバトルハンマーを叩きこみ、その度にフレスベルグの高度はどんどん落ちていく。
もはや地上からでも届く距離だ。
「今だよみんな! 総攻撃だあ!」
「「「「「おおおおお!」」」」」
パニーの号令に、今度は他の調教師とモンスター達が応える。「スピニングしっぽアタックだ!」「スライムパンチ!」「百烈引っかき!」「「グランドブレイク!」「怒髪天頭突き!」「かかとディバイダァァー!」最後の力を振り絞り、我先にと攻撃を仕掛けていく。
「ピアアアアアアアアアアア!」
しかしフレスベルグもまた意地を見せ、翼を激しく動かした。
ジュリアスはとうとう振り落とされ、翼により生み出された暴風は元々衰弱しきっていた他のモンスター達をたやすく散らしていく。【凶風】の名を持つフレスベルグの風は、最後はその圧倒的な力でもって全てを吹き飛ばしてしまった。
「グウウウウ……!」
しかし凶を告げる風を受けてなお巨木のように揺るがない者がいた。
一体のオークが重心を低くし、残る右拳に最後の力を込めていく。
「オークさん…………!」
それに合わせるように次々と生み出される黒い泥が一か所に集まっていく。
時間とともに少しずつ大きく長く、質量を増していく。
――三回まで。
それはエコが事前にクーリャから課されていた条件だった。
調教師のように援護しようにも、満身創痍のオークは長くは戦えない。
そして何より敵は強大な力を持つ化物。並の援護では役に立たない。だからこそ、エコもまたこの三回に全ての魔力を懸ける。
既に【奈落の絶対障壁】でオークを守り、【奈落の超極大泥団子】でフレスベルグを牽制した。
残るはあと一回。
エコはオークの表情と気配から、なんとなく察していた。
先ほど【奈落の超極大泥団子】で怯んだフレスベルグをオークが追撃しなかったのは、力を使い果たして動けなかったからではない。残る力を最後の一撃に注ぐためだったのだ。
だからこそ――エコも最後はそれを全力で援護する。
「【
やがてオークの右手には、前にクーリャに言われて再現した武器――十八尺にもわたる巨大な漆黒の金砕棒が収まっていた。
●●●
戦いの始まりは覚えている。
しかしその終わりは、あっけないものだった。
勇者は魔王との最後の戦いで勝利を治め、世界に平和をもたらしたのだという。
自分はその間も一度として倒れることなく、最後の最後まで戦い続けていた。
しかしいつの間にか魔王の軍勢が敗れ、気がつけばロウギの戦いは終わってしまっていた。最後に戦った相手の顔も覚えていない。
やがて倒すべき敵も守るべき仲間すらも失われていく中で、戦士としての価値は気が付けば消えていた。
だからロウギは感謝していた。
戦士としての誇りすらも見失い、オークに堕ちて忌々しい衝動に怯えながら永遠のように長い時間を彷徨い続けたその果てに――二人の少女と巡り合えたことを。
二人の存在は、戦士としての始まりを改めて思い出させてくれた。
そして最後を飾るにふさわしい戦いすらも与えてくれたのだ。
五順という制限を超える長い戦闘の中でもオークの衝動に完全に呑まることなくわずかながらも最後まで自我を繋ぎとめることができたのも、心の片隅に二人の存在があったからだろう。
大地に足を深く踏みしめる。
魂に刻まれた本能がその過程を辿り、氣の存在を意識する。
そして――ふと、右手に何かが握られていることに気付いた。
どこか懐かしく、妙に手に馴染むこの感触は、まさか。
かつて愛用していた得物。
十八尺ある漆黒の金砕棒――『玄耀』!
(……礼を言うぞ。エコ。クーリャ)
おかげで全てを懸けることができる。
これが戦士ロウギにとって正真正銘にして最大最後の一撃だ。
切り開いてくれ。
二人の少女の未来を。
――【地剋万象《天震吼轟》】
ゴオオオオオオオオオオオオオオ――
ロウギの魂に呼応するかのように大地が激しく鳴動する。
そして天上を貫くほどの奔流がフレスベルグを呑み込んだ。
●●●
荒れ狂う巨鳥はどこかに飛び去って行った。
残されたのは無残に削られた大地と、傷ついた多くの戦士達。
それは長かった戦いの終わりを示していた。
「グウウウウ…………」
それでもまだ動く者がいた。一体のオークだ。
片腕を失い、全身から血を流し、なおも別の獲物を求めるかのように次の一歩を踏み出す。
戦う力など、もう欠片も残されていないのに。
このまま勝手に命が尽きるか、あるいは冒険者に討伐されるだけなのに。
――これでいい。
わずかに残った理性が、そう囁く。
「ガアアア…………」
既に目的は果たせた。
無為に続くはずだった畜生としての時間に、最後の最後で意味のある何かを残すことができたのだ。
どうにか繋ぐことのできた二人の少女の未来。
険しい道となるだろうが――どうか、これからも強く生き抜いてくれ。
「ごめんなさい」
一人の少女が足元にひしっと抱きついていた。
小さく華奢で、簡単に壊れてしまいそうなくらいに儚い存在。
それなのに、オークの足は止まっていた。
幼い少女は言う。
「森にいたのに……連れだしちゃって……ごめんなさい」
か細く、小さい声だった。
「怖がってたのに……町の中を連れ回してしまって……ごめんなさい」
それなのに、どうしてだろうか。
「えこ達のために……いっぱいっぱい怪我をさせてしまって……ごめんなさい」
なによりも優しく純粋で。
強い想いが秘められていることを、知っているからだろうか。
「それでも、えこは……疲れたえこをおんぶしてくれた、大きい背中が……すきです。つよくて……かっこいいところがすき、です。オークさんは……危険種、だけど。でも、えこにとってのオークさんは……オークさんだけで……だから。えこは、あなたのことが……だいすき、です……!」
この声が――こうも心の奥底にまで届いてしまうのは。
「だから、だからっ……! これからも……えこと一緒に、いてください……!」
足に触れる、小さなぬくもり。
前にも同じことがあった。赤毛の獣を前に失われていたはずの自我は、この儚くも小さい存在に呼び起こされていた。あれは決して奇跡などではなかった。
「ていっ」
ごちん。固い何かで頭を叩かれる感触。
今度は物理的な衝撃だった。それで完全に目が覚める。
銀髪の少女がフレイルを持って立っていた。
「なにが最後に誇りある戦いを、よ。自己満足で勝手に死なれても迷惑だっての」
「グ…………」
「エコ様、これからもほっといたらあっさり死んじゃうよ。それが嫌なら……これからも死ぬ気で戦うことね」
なんだそれは。
しかし――そうか。
かつての一人の戦士は誓った。
小さい命を未来へと繋ぐ。
そのためには絶対に倒れない。
魂に刻まれた戦士としての根源が――まだ生を終わらせてくれそうにないらしい。
「グウ……」
オークはその場にくずおれる。
長い戦いの果てにいよいよ力尽きたのか。
あるいは、ようやく見つけることのできた居場所に安堵しているのか。
「えへへへ……おつかれさまです、オークさんっ!」
少女の前で頭を垂れるオーク。
その姿は、まるで新たな主への隷従を示しているかのようだった。
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