ポイントオーバー

山本アヒコ

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「あー、ヒマだねー」

「私たちメンテナンス要員が暇なのはいいことですよ。あと、そのだらしない格好をやめてください」

 ノメノスはコンソールの上に乗せていた足を下ろすこともせず、シートに座ったまま目だけを発言者に向けた。

 そこにいたのは彼と同じくシートに座った若い女性だった。背筋が伸びたキレイな姿勢で座り、モニターに表示されるいくつもの数字やグラフを素晴らしい集中力で確認している。

「ラフィーは真面目だねえ。こんな安い給料でそこまで頑張らなくてもいいのに」

「何を言っているんですか。いつ事故が起こるかわからないんですよ。特に今は人の命がかかっているんですから」

「まあ、今回は大人数だからなあ。こんなに乗ってるのを見たのは初めてだよ」

 ノメノスはモニターに表示された監視カメラの映像へ目を向ける。そこには百人をこえる子供たちの姿があった。

「なんでまたこんな辺鄙へんぴな場所に修学旅行で来るかねえ。もっと都会へ行けばいいのにさ」

「最近は小規模なリゾート型惑星がブームなんですよ。知りませんでしたか?」

「俺が若いやつらの流行とか知るわけないだろ」

 ノメノスとラフィーの二人がいるのは、小規模リゾート型惑星【ロロギア】にある軌道エレベーターの管理室だった。壁一面を埋めるモニターには宇宙エレベーターの各種状態と、複数ある監視カメラの映像が表示されていた。

 これだけの数を全て二人だけで見るのは不可能そうに見えるが、管理AIがいるのでとりあえず問題はない。とは言っても二人だけというのは最低限の人数であり、管理会社の人手不足と資金不足のせいだった。

 電子音が鳴り、AIがモニターの一部を強調表示させる。

「乗員カーゴ、重力圏内に入ります」

 軌道エレベーターは地上から宇宙まで伸びたレールだ。それを使って人や物を移動させる。ただこの軌道エレベーターはリゾート型惑星に滞在する観光客を乗せるためのもので、宇宙で大量の物資を運び込んだりするのはできない。

「よーし。これで……」

 突然大きな音が室内に鳴り響いた。このパターンは緊急事態を知らせるものだ。二人は慌ててモニターを確認する。

「嘘だろ、エレベーター基部が破損だって! 先月の定期メンテで問題はなかったはずだろっ!」

「破損箇所は乗員カーゴの位置より宇宙側です! これだと無重力圏内へ移動できませんっ」

 こういう事故の場合、人が乗るカーゴを一旦無重力圏内に移動させれば宇宙船で救助ができる。しかし今回は不可能だった。

「地上側のエレベーターに破損は?」

「今は無いですが、すでに異常振動を感知しています。最悪の場合は折れる可能性が!」

 軌道エレベーターは惑星の重力と遠心力で引っ張られることで、カーボンファイバーと軽量合金のレールを保持している。そのバランスが崩れると崩壊してしまう危険があった。

「行くぞ!」

 ノメノスとラフィーはメンテナンス用ロボットに乗ると、軌道エレベーターを地上側へ向けて走らせた。ロボットは蜘蛛か蟹に似た姿で、脚部にある車輪で軌道エレベーターのレールを挟んで走ることができる。

「なんでこんなことに!」

 破損箇所へたどり着くと、軌道エレベーターに巨大な穴ができていた。ロボットを移動させるには二本以上の脚部を乗せるための足場が必要なのだが、それがない。しかし穴の向こう側へ行かなければ修理ができない。

「どうするんですか!」

「ラフィー、お前の機体で俺を向こう側へ運べっ」

 ラフィーが乗るのはノメノスのロボットよりかなり大きいものだった。とにかく大量の補修資材を運ぶためと、どんな事態にも対応できる機体が必要だと思ったからだ。しかし、今回のような事態までは考えていなかった。

「おい、絶対に離すなよ!」

「わかってます!」

 現在位置は惑星の重力圏内だ。つまり、ラフィーがノメノスの機体を手放してしまえばそのまま地上へ落ちていくということ。

 ラフィーは慎重にレバーを操作し、ノメノスの機体を掴んだマニュピレーターを穴の向こう側へ伸ばす。

「よし! 脚部が固定できた!」

「修理を始めましょう!」

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ポイントオーバー 山本アヒコ @lostoman916

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