新説・雪女

鋏池 穏美


 東北地方の寂れた山村に、吾作ごさく寅吉とらきちという二人の男が訪れていた。なんでも、この山村から続く山道さんどうを行った先に、若返りの湯と云われる秘湯があるとのことで──


 二人は日の出とともに山村を出発し、厳冬げんとうの山へと立ち入った。それこそ出発して間もなくは天候にも恵まれ、眼前に広がる美しい銀世界が、二人の胸を踊らせた。だが──


 行けども行けども秘湯は見つからず、そのうち轟々ごうごうと唸る風の音とともに吹雪き始め、二人は山道さんどうを見失ってしまう。


 そうして吹雪の中、途方に暮れる二人の目に留まった山小屋。ひどく古びてはいるが、寒さを凌ぐには十分であろうと、この山小屋で吹雪が止むまで過ごさせて貰うことにした。


 山小屋の中に入ってみれば、埃をかぶった布団が打ち捨てられている。少しかび臭い布団だが、背に腹はかえられぬと、二人は布団にくるまり──


 疲れからか、気付けば眠ってしまっていた。


 それからしばらく時間が経ち、いかんいかん──と、吾作ごさくが目を開けると、視界の端に長い黒髪が映る。そのまま目だけを動かして隣を見た吾作ごさくは、恐ろしいものを見てしまう。


 白装束にてつくような目をした美女──雪女が、寅吉とらきちに輝く息を吹きかけていたのだ。息を吹きかけられた寅吉とらきちは凍ってしまい──


 寅吉とらきちを凍らせた雪女は、次はお前だと言うかのように吾作ごさくを見る。雪女の美しい顔が、にぃ──と悪意のある笑顔を見せ──


「……よくよく見れば、あなたは私の好みの顔をしている。殺すのは忍びない。運がよかったですね。ですが──」


 「里に降りても、私の事は下さい。もし話したりしたら──」と、雪女が恐ろしげな笑顔を見せ、立ち去ろうとする。


「分かった! 君のことは絶対に! 里に降りても! 好きだ!!」


 「えっ?」と、驚いた顔で振り向く雪女。


「こんな美しい女性から『離さないで』なんて言われたことがない! どうやら君も一目惚れみたいだけど、俺も一目惚れだ! 結婚しよう!」


 そう言って吾作ごさくが雪女を抱きしめる。


「や、やめてください! 離して!」

「いいや離さない! 君が『離さないで』と言ったんじゃないか!」

「ち、違うの! 私は『話さないで』って言ったの! 離さないならあなたも凍らせるわよ!」

「俺を凍らせる? 出来るものならやってみろ!」


 そう言って吾作ごさくがポケットから290円(税込)を取り出し、力強く握りしめる。もちろんこれは週間少年ジャ〇プの価格。すると握りしめた拳が真っ赤に光り輝き──


「俺は言ったことを曲げたりしない! 熱い気持ちがある限り! 自分が信じた道を突き進む!」


 290円ちょうどお預かりします──


 と、どこからともなく謎の声が聞こえ、吾作ごさくの体が真っ赤な全身スーツに包まれていく。


 そのまま吾作ごさくが天高く右拳を掲げ──


「気に食わないことがあるなら殴って解決! 多様性戦隊アルファ世代! マインドがジャ〇プの主人公レッド! さっきも言ったが俺は言ったことを曲げない! それが俺の戦隊道だ!」


 あまりの展開に困惑する雪女。だが──


 熱い吾作ごさくの想いに、自分のてついた心が溶かされていく気がして──


「俺を凍らせるなんて無理だぜ? ジャ〇プの主人公は凍らないんだ!」

「でも……私はあなたの友人を殺してしま──」


 雪女が言い終える前に、吾作ごさくが口を口で塞ぐ。「……ん」という、雪女の甘い吐息。


「ぷはっ! 君にそんな悲しい顔は似合わない! それに寅吉とらきちなら大丈夫だ!」


 そう言って吾作ごさくが親指でくいくいと寅吉とらきちを指す。すると凍って死んだはずの寅吉とらきちがぶるぶると震え始め、「寝てる場合じゃない……寝てる場合じゃない寝てる場合じゃない寝てる場合じゃ──」


「ないっ!!」


 と、むくりと起き上がる。何が起きたのか分からず困惑する雪女。確かに自分の輝く息で凍らせたはず──


寅吉とらきちは既に死んでるんだ。心がな。死んだやつを殺すなんて無理だろ?」

「それはどういう……意味……?」

「あいつも多様性戦隊の一員、社畜ブラックの寅吉とらきち。決めゼリフは『死んでも戦う!働く!』だ!」


 そう言って親指を立て、笑った吾作ごさくの顔に──


 雪女は心を奪われた。


「そうだ! 君の名前は?」

「私は……いね。あなたは?」

「俺は吾作ごさく。すごい偶然だけど、君もレガシーネームなんだね」

「レガシーネーム? ごめんなさい。ちょっと人里のことには疎くて……」

「君の言う人里で、キラキラネーム、しわしわネームの次に流行ったのがレガシーネームだよ。昔話に出てくるような名前のことだね。俺と寅吉とらきちは若返りの湯で名前を変えるために、この山に来たんだ」

「ああ、名前を変えてくれるお湯婆ゆばあさんのところに向かってたのね。お湯婆ゆばあさんなら知り合いだから──」


 そう言って雪女──いねが、吾作ごさくに向かって手を伸ばす。吾作ごさくはその手をしっかりと握りしめ──


「絶対にね?」

「ああ!」



***



 十数年後──


「……とまあ、これが俺と母さんの出会いだ」

「ふーん。それでお母さんは多様性戦隊のてつく波動シルバーになったんだね。でもお父さんの名前そのままだよね? 変えなかったの?」


 吾作ごさくいねとの間に生まれた息子に、自分たちの出会いの話を懐かしそうに語っていた。


「お湯婆ゆばあさんは一度しか名前を変えられないらしくてな。しかも名前を変えて貰うと帰れなくなるんだそうだ」

「ん? 『変えれなくなる』と『帰れなくなる』を掛けてるの? ……くだらな過ぎて反吐が出そう。お願いだから今の話、僕の前で二度と


 てつくような息子の冷たい言葉に、吾作ごさくは嬉しくなる。愛するいねと、いねに似た息子。


 手に入れたこの幸せを、絶対にいようと──


 吾作ごさくは自分の心に誓った。



 ──新説・雪女(了)







 

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