お願い、はなさないで……
無雲律人
お願い、はなさないで……
「今年の桜は、一緒に見られそうもないわ……」
俺は、彼女を失った喪失感から悲しみに暮れていたが、その時に寄り添ってくれた仁愛の親友である
「ずっと
玲香は、以前から俺の事を好いていてくれたらしい。俺も、仁愛の親友である玲香の事は美しい女性だと思って見ていたから、想いを告げられた時は正直嬉しかった。
まだ仁愛が死んで一カ月だったが、俺と玲香は結ばれた。
***
仁愛の四十九日を三日後に控えたある日、俺は独り暮らしの部屋で玲香とビデオ通話をしていた。
「それでね、今日も課長ったら腹立たしくて……」
玲香の日々の愚痴を聞く。この時間も俺にとっては癒しだ。僕たちも、三十を少し過ぎた頃で、上司と部下の板挟みになる年頃だった。
ビデオ通話を始めて三十分が経過した頃、画面と音にノイズが入った。
「ねぇ……ブブ……でね……ブブブ……てる?……ブブブブブ……」
画面の玲香の顔がノイズで歪んでいく。次第に、画面は砂嵐の状態になった。
「何だ? 電波がおかしいのか……?」
スマホの画面が暗転した。すると、そこにパッと女の顔が鮮明に現れた。
「うっ……うわぁ! 何だ急に!?」
良く見ると、その顔は見知った顔だった。仁愛だ。仁愛の顔だ。
「……ないで……はな……さないで……」
画面に映った仁愛は、血の涙を流しながらこちらに何かを訴えて来る。
「はな……さないで……離さないで……。私と……真人さんを引き離さないで……」
仁愛はこちらに向かって切実に訴えかけて来る。
「仁愛!? 仁愛なのか!? そんなバカな。仁愛は死んだはずだ!」
俺はパニックを起こしながらも画面を食い入るように見つめる。
「真人さん……玲香なんかと一緒にならないで……。私を……離さないで……」
俺は腰を抜かしながらスマホを放り投げた。そしてベッドにもぐりこんだ。
「仁愛は死んだんだ! 死んだんだ! 死んだんだ!!」
その時、布団の上から圧を感じた。恐る恐る布団から顔を出す。
「真人さん……!」
そこには血の涙を流した仁愛がいた。はだけそうな白いワンピースを着て、俺の上にまたがるようにして乗っているのだ。
「う、うわぁぁぁぁぁ!!!!!!」
俺は枕を手に取って仁愛目がけて投げた。
が、枕は仁愛の身体をすり抜けて通って行く。
「お、俺は玲香と生きていくって決めたんだ! 頼む! 成仏してくれ……!」
仁愛はより顔を近づけて俺にこう尋ねて来る。
「ねぇ……私より玲香を選ぶの?」
俺は涙と鼻水でぐちゃぐちゃになりながらも仁愛に対して反抗する。
「だってお前はもう死んでるんだ! 生きている玲香を選んで何が悪い!?」
「もう、それ以上話さないで……。私がみじめになる……」
仁愛は手で顔を覆うと、血の涙をより一層流して嘆き悲しんだ。
そして、急に泣き止んだかと思うと俺の頭を鷲掴みにしてこう言った。
「だったら、あなたをあちらの世界に連れて行くだけ」
途端に、俺の目の前は真っ暗になった。
*
**
***
「真人君、あんなに元気だったのにねぇ。仁愛ちゃんが寂しくて連れて行ったのかねぇ」
その葬儀に参列していた人間は、口々にそのように言っていた。
「まだ三十二歳なのに突然死。仁愛ちゃんとは婚約目前だったでしょう? だからきっと仁愛ちゃんが連れて行ったのよ」
「あの世で二人仲良く結婚式をしていると良いわねぇ」
その葬儀に、ぼさぼさの髪の毛をして、スウェットの上下とサンダルで来ている女性がいた。
「ねぇ? あの人仁愛ちゃんの親友の子でしょう? 玲香って言ったっけ? 大した面変わりようねぇ」
参列者は口々に玲香の事を噂した。
「噂で聞いたんだけど、仁愛ちゃんが亡くなった後真人君に近付いていたらしいわよ。仁愛ちゃんが化けて出てるのかしらね。あははは」
この、無責任な噂話はあながち間違いではなかった。玲香は、毎夜悪夢と霊障にうなされていた。
「……真人さん……あなた仁愛に連れていかれたんでしょう? なら、ちゃんと仁愛を捕まえておいてよ。毎晩私の所に来させないでよ。仁愛を放さないでよ……」
玲香が悪夢と霊障を苦に自ら命を絶ったのは、この二週間後の事だった。桜が、咲き乱れている頃の事だった──。
────了
お願い、はなさないで…… 無雲律人 @moonlit_fables
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