本日のミンナは、はなさない

葛鷲つるぎ

第1話

 ぐわんぐわんと音がする。

 はなさないで。

 それは、放さないで。

 離さないで。

 話さないで。


 ひっきりなしに、音がする。

 どくどく、どくどく。

 心臓の音。魂の音。

 命は一つ。心は一つ。

 ミンナは皆で一つ故に。




「話さないで!」


 ミンナは自分に放たれた悲痛な声に瞬いた。

 周辺の空気が固まる。


「お願い……」


 必死なのだろう。憲兵を前に、幼い女の子が涙目になっている。黄緑がかった緑色の髪と瞳が、健気さを醸し出して揺れている。


 子どもであれ容赦する気がない大人の冷めた目が、訊ねていたミンナから離れ、彼女をじろりと見た。黒の制服が威圧感を増した。


 魔王が倒されてから一か月。魔物がはびこる世界が終わって一か月になる。


 勇者所縁の見学ツアーなどの観光化があって一か月も待たず瞬く間に世界の空気はだいぶ緩んだが、魔物を相手に戦い、人間社会から魔物と取引して甘い蜜を啜るスパイをあぶり出してきた憲兵などの者は、未だ現役だった。


 これは危ない。わずかでも気づかれたら困る。ミンナはそう判断すると、憲兵の男たちが意識を女の子に向けるや、すぐに動いた。


「貴様!」


 憲兵の怒鳴る声。

 ミンナは女の子を抱えて走り出す。


「あの、おねえちゃん……」


 ミンナに小脇に抱えられた女の子が、おそるおそる声を上げた。


「助けてくれたの……?」


 どうだろう。ミンナは内心で首をかしげた。


「戻しに来た。という方が正しいのかも」

「……そっか」


 女の子も理解していたようで、そんな風な声音で呟いた。その彼女の身体が、徐々にほつれ、ミンナに同化していく。


「やだなぁって、思ってるの。本当だよ……?」


 ミンナは目を細めた。女の子の言葉は本当だろう。だが。


「でも、言葉だけ。別たれて自立するために必要だった部分が剥離すれば、そんな言葉も消える」


 ミンナの魂は皆で一つ。だからミンナは未だ不完全で不安定。その証が黒髪にだんだら模様の白。


 ミンナがその町に立ち寄ったのは偶々だった。魔王領を自国の領土だと主張する王国から、魔王討伐の儀という契約魔法を使って領土を横取りしたことでミンナは国に追われていた。


 だから面倒な憲兵がいるなら立ち寄ることなんてしなかった。

 しかしそこで、ミンナは自分を見つけた。


 お互いおかしな様子だったのだろう、憲兵に声をかけられて、幼い女の子はその幼さゆえに金切り声を上げてしまった。


 話さないでと。

 だが魂は。


 もう離さないでと共鳴する。

 前者は肉体の本能と言えようが、肉体を動かす魂の本能は後者を叫ぶのだ。




 放さないで。

 そう、ミンナは育ての親に言われていた。


 魔王と同等以上の魂。解放したなら世界のバランスは崩れる。解放せずとも魔王と存在はぶつかりあって、零れ落ちていく。


 ミンナは皆で一つだったから、魂が零れ落ちていこうが気にすることはない。だから女の子のように無垢な肉体にミンナの魂が離れていくこともある。


 魔王を倒したのも、あくまで育ての親への恩返しのためだ。

 それを回収して、ミンナは止めていた歩みを再開する。


 別個の肉体にあった一つの魂がミンナに戻った今、女の子が居た事実はミンナの中。外の世界では女の子の存在はミンナに収束して、それまでの出来事は消え去られる。


 それを意味することとは、憲兵がミンナを追いかけてくることはないということ。


 だからミンナは足を止められたし、ゆっくり歩き出した。




 ひっきりなしに、音がする。

 どくどく、どくどく。

 心臓の音。魂の音。

 命は一つ。心は一つ。

 ミンナは皆で一つ故に。

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本日のミンナは、はなさない 葛鷲つるぎ @aves_kudzu

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