心がささくれる一歩前

櫻葉月咲

罰ゲーム(ババ抜き敗北)のペナルティ

 太陽が燦々と降り注ぐデッキに男女が寄り添って腰掛けていた。


「──あら、懐かしいわねこれ」


 不意に女──鈴葉すずはが、携帯の画面を男に向ける。


「なになに……うげ!?」


 それまで本を読んでいた男──りょうはそれを見た瞬間、素っ頓狂な声を上げた。


「可愛いでしょ、この時のりょ……」

「なんで持ってるんだ!?」


 鈴葉の言葉に被せるように稜が声を張り上げる。

 どうしてがあるのか、稜は分かるようで分かりたくなかった。


「え、なんでって……海斗かいとが送ってくれたのよ」


 鈴葉はさらりとある男の名前を口にする。

 今最も旬である若手俳優の名前であり、高校時代の数少ない友人だった。


「カイか、そうか……」


 三年間共にしていたが、未だに海斗の考えている事はよく分からない。


 他の友人の方が遥かにマシだと思えるほど、海斗には違う意味で振り回されてばかりだった。


「次会った時は問い詰めないと」


 きっとあの手この手で躱されて丸め込まれるかもしれないが、何も言わないよりいい。


「……出来るかは別として」


 稜の自信の無い小さな呟きが落ちた。

 



 ◆◆◆




「はい白崎しろさきアウトー!」


 ひかるの声が広いリビングに響き、びしりと稜に人差し指を突き付ける。


「今日から一日、女装で過ごせ! 分かったら返事!」

「……え?」


 稜は何を言われたのか理解するのが遅れた。


「ちょ、輝くん!? 最初そんな事言ってなかった気がするんだけど!?」

「うるせぇ、決めたもんは決めた! ってことで後は頼む」


 稜が抗議するのもむなしく、輝は背後を振り返った。


「悪いな、白崎。痛くないようにするから」

「動かないでくださいね。最悪怪我してしまうかもですし」


 黒いシャツとズボンに身を包む男が、片や淡い桃色のワンピースを着た女が、さも楽しげに言う。


 心做しかどちらの声も普段より一段下がっており、稜は涙目になった。


「や、だ」


 ふるふると首を振って抵抗しようとするも、それもすべて空回りと言ってもいい。


「嫌だーーーーー!」


 リビングには稜の声がしばらく反響した。




「本当、に……今日だけだからな!?」


 首筋にややかかる程度だったクリーム色の髪は、似た色のウィッグを被ってロングに。

 身にまとう服装は、どこから調達したのか通っている高校の制服とそっくりだった。


 紺色のブレザーに赤いチェックのスカートは稜にぴったりで、知らないうちにサイズを測られたのか猜疑心さいぎしんすら覚える。


「駄目ですよ、稜くん。もっと女の子らしくならないと」


 ワンピースを着た女──美優みゆうが諫めるように言う。


「……美優さん、それは無理。男の尊厳が無理って言ってる」


 美優は時として男装する事がある。

 そのさまは男と言っても差し支えないほどで、稜が落ち込んでしまうほどだ。


「羞恥心無くしましょうか」


 ふふ、と美優が天使のような微笑みで言う。


(簡単に言うな〜〜〜)


 稜は何も言えず苦笑いする。

 それを簡単に捨てられるほど稜に勇気はないし、仮に出来たとしても何かが終わってしまうような気がする。


「大丈夫です、今から私も着替えてくるので」

「いや、そんな事しても俺にダメージ行くだけだから!?」


 美優は純粋な厚意で言ってくれているのだろうが、それでは稜がますます惨めになるだけだ。


 隣りに並ばれようものなら、今すぐに着替えて帰ってしまいたい。

 そう言えない稜はお人好しで、そして美優に甘い。


(惚れた弱み、なのかな……。まぁ叶えられないけど)


 己が恋愛対象にならない事は、出会って少しした後に知った。

 今はいない美優の恋人であり友人の男は、もう少ししたら帰ってくるだろう。


 それまでに羞恥心と名状し難い劣等感から何としても耐えなければ。

 その先にはきっと、唯一の良心と言ってもいい男が助けてくれる。


 稜はそう信じるしかなかった。

 



 ◆◆◆

 

 


「なぁ、正直どう思う?」

「ん?」


 美優と稜があれこれ話している間、輝と海斗がこそこそと囁き合っていた。


「抱けるかどうか」


 きらりと輝の青い瞳がきらめき、海斗に問い掛ける。


 海斗はしばらく顎に手をあてて稜を見つめた。

 スカートはやはり慣れないのかややガニ股だが、見た目だけを見れば完璧な女のそれだ。


「……見なければいける」


 お前は、と海斗は輝に問うた。


「男より背高い女子は無理」


 ぴしゃりと間髪入れず輝が言う。

 なんでも自分を見下ろされるのが嫌ならしく、加えてそういう女子は高確率で頭を撫でられるという。


 日々歌舞伎役者として、面倒がりながらも精進している輝は格好良く、それでいて誇りに近い感情が海斗にはあった。


「だから牛乳飲んでるのか」


 そのままでも可愛いのに、と続けると海斗は輝の頭を撫でようと手を伸ばした。


「あっぶねぇ! っクソ、絶対お前よりでっかくなってやるから! ……おい白崎!」


 すんでのところで海斗の手を避けると、輝は稜を呼ぶ。


「写真撮るぞ!」

「……は? これを!?」


 さも嫌そうな稜の顔に、海斗はくすりと口角が上がった。


(後であいつに送ってやろう)


 きっと喜ぶであろう腐れ縁の女──鈴葉は、稜に恋をしている。

 本人は好意を隠しているのだろうが、海斗にとってはバレバレなのだ。


「……見返りくれるかな」


 ぽそりと言った海斗の呟きは、楽しそうに写真撮影に興じる輝と、抵抗している稜には聞こえていない。


 唯一、双子の妹である美優には聞こえていたようで『きっとくれますよ』と唇だけを動かした。

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心がささくれる一歩前 櫻葉月咲 @takaryou

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