ささくれ占い

時輪めぐる

ささくれ占い


「痛っ!」

「山田君の今日の運勢は、吉です。ラッキーアイテムは、焼きそば」

酒向さかむけナツミは、毛抜きでむしった山田の人差し指のささくれを、ティッシュに捨てた。

「サンキュー」

山田は、人差し指を口に入れ、傷をめながら頭を下げた。

「次の人、どうぞ。親指ですね」

うつむいたので長い黒髪が顔に掛かる。落ちてきた髪を掻き上げて耳に挟み、親指と毛抜きを消毒してから、ナツミは中村のささくれを毟った。

「ひゃっ!」

「血が出ましたね。うーむ」

ナツミは、毟った跡をじっくりと観察する。

「中村さんの今日の運勢は、大吉です。ラッキーアイテムは、体操服」

ナツミは、ささくれを毟った跡の形(傷)で運勢を占うことが出来る。

古来より、何かの跡を見て運勢を占うことは多い。亀甲占いしかり、コーヒー占いしかり。

ナツミの場合は、ささくれを毟った跡ということになる。

名付けて『ささくれ占い』という。学校で『ささくれ占い』を始めたのは、中学に入学してすぐだった。


小学校からずっと親友のサユリが、皆から集金したお金を紛失し、窮地きゅうちおちいったのがキッカケだった。ナツミは、『ささくれ占い』により、サユリが登校途中で集金ポーチを落としたこと、それが交番に拾得物しゅうとくぶつとして保管されていることを突き止めた。

集金は無事戻り、ナツミの『ささくれ占い』は周知のものとなった。

それ以来、占いの希望者は後を絶たない。



今日も『ささくれ占い』の依頼者が二年二組のナツミの席に列を作っている。校内で商売は禁止なので、ナツミは、鑑定料を取っていない。

よく当たると評判が評判を呼び、占って欲しくて、わざわざ、ささくれを作って臨む者もいるようだ。

「次の人……」

と言いかけて相手の顔を見て止まってしまった。クラス委員長の天野タスクだった。

イケメンな上に性格が良く、人望も厚かった。

ナツミが密かに憧れている相手でもある。

タスクは、何を占って欲しいのだろう。

「僕の恋愛運を占ってくれるかな」

タスクの言葉にナツミの心臓が跳ねた。

後ろに並ぶクラスメイトからは、ヒューッと声が上がる。

皆の憧れのタスクが、恋愛運を占いたいと言うのだから、最早もはや、自分の運勢など後回しと、後ろに並んでいた者達は、ナツミの机の周りに押し寄せた。

ナツミが、消毒済みの毛抜きを構えたところで、始業のチャイムが鳴った。

「あーあ」

「残念」

ゾロゾロと自分のクラスや席に戻っていく。

「あの、昼休みで良かったら」

「ああ、よろしく」

ナツミは、タスクと約束を交わした。


昼休みになり、昼食を食べ終えると、ナツミの席の周りには、人だかりが出来た。

その中心にいるのは、ナツミとタスク。

二人は机を挟んで座っている。

「では」と言って、ナツミはタスクの左の薬指のささくれを毟り、傷を観察した。


(これは……)


ナツミが、黙ったままなので、ギャラリーは騒ぎ出し、タスクも差し出した左手をモゾモゾと動かした。

「どうなのかな?」

言うべきなのだろうか。

言って良いのだろうか。

「……どちらか一人に決めると良いと思います」

迷った末に、そう口にした。

すると、ギャラリーから

「何それ、タスク君が二股しているってこと?」

「えーっ」

「サイテー」

「人は見掛けによらないな」

非難の言葉が口々に上がった。


バン!


「当たってない! インチキじゃないか」

タスクは乱暴に立ち上がり、ナツミの机を両手で叩いた。

「僕は、そんなことしていない!」

身を震わせて激昂げっこうする姿に、ギャラリーの態度が変わった。

「……」

「そうだよねぇ」

「タスク君だよ? ありえん」

「『ささくれ占い』外れたな」

「インチキー」

言いたい放題で収拾がつかなくなった。

ナツミは、針のむしろに座ったように居心地の悪い午後を過ごし、帰宅した。

親友のサユリのフォローは、あまり役に立たなかった。



自室にこもっている。

漆黒のカバーのベッドの上でナツミは泣いていた。

壁にはダークな色合いのポスターが飾られている。全体的に陰気なインテリアだが、ナツミは心が落ち着くのだった。

間違っていない。自分は正しく占った。

憧れの人に嫌われてしまった。

憧れの人を傷付けてしまった。

皆に、占いはインチキだと思われた。

教室の一番後ろ、掃除用具入れの前の席は、地味で目立たないナツミが座っているだけで、独特の暗さが漂っていた。そんな隅っこ暮らしの自分に、唯一光が当たるのは『ささくれ占い』をしている時だった。

ナツミが『ささくれ占い』を初めてしたのは幼稚園の時だった。



――幼稚園の年中(四歳児)クラスのある日、お迎えに来た母親の人差し指にささくれを見付けて、小さな指で引っ張った。

「痛っ! ナツミ、やめて。ささくれは引っ張らずに、ハサミで切ると良いのよ。ほら、見て、こんなになっちゃう」

母親の人差し指の爪のきわが出血していた。

「ごめんなしゃい」

ナツミは、母親の指にささくれは相応ふさわしくないと思い、むしったのだが。毟った跡に他のものがえた。

「……お母さん、何処かへ行っちゃうの?」

ナツミは母親が家を出て行く映像を視て、不安そうに見上げる。

「えっ、……そうか。ナツミには視えるのね」

母親が密かに考えていたことを、幼いナツミは察知している。

母親は自分の血統を思った。

「そんな訳ないじゃないの。ナツミは、お母さんの宝物。ずっと、一緒だよ。帰りにミスド買って帰ろうか」

明るく笑う母親だったが。



階下で父親が呼ぶ声がする。

「ナツミ、夕飯食べないのか? 冷めてしまうぞ」

ナツミは、涙を拭くと階段を下りて行った。

「どうかしたのか?」

父親は、カレーライスを頬張りながら、娘を観察した。帰宅してから自室に籠っていた娘が心配だった。

母親は、ナツミが幼稚園の時に家を出て行ってしまった。以来、父親と二人暮らしをしている。

「何でもない」

「何でもないことあるか。目が真っ赤だぞ」

異性の子供を育てるのは、大変だと思う。

特に思春期の娘は。 

ナツミが小学校高学年の頃は、叔母に相談しながら、生理用品や下着等を準備してくれた。中学生の今は、毎日可愛い弁当を作って持たせてくれる。

大好きな父親だった。そんな父親を悲しませたくないが、明日からどうしたら良いのか分からなくなって、ナツミは、父親に今日の出来事を話した。


「私は間違っていた?」

「間違いではないが……」

「もう皆が怖くて学校に行けない」

ナツミは、テーブルの上で手を組み、その手を見るとはなしに眺めている。

父親は、腕組みをして何か考えていた。

「行きたくなければ、しばらく家に居ればいい。ただ、一つ言っておくね」

父親は、こんなことを言った。

占い師が視たものを、そのまま伝えてはいけないこともあるということ。

「それって、もしかして」

「ああ、そうだ。お母さんのことだ」


ナツミの母親は、占い師だった。

人に見えないものが視え、人に聞こえないものを聴いた。

当たると評判で、メディアにもよく取り上げられていた。

ある日、政界の大物の未来を占い、視えたままを話してしまった。関係各所からの嫌がらせや脅しは家庭にまで及び、母親は離婚を申し出ると行方をくらましてしまった。父親やナツミを守るための行動だと、言い聞かされて育った。ナツミは、母親に捨てられたのではない、守られたのだと。


当時、母親が何を、何を告げたのかは知らない。しかし、占いは人生を狂わすこともある。だから、お前に占いをして欲しくなかったのだと、父親は打ち明けた。

母親の失踪の理由を詳しく聞いたのは、今日が初めてだった。

「そっか。私、知らずにお母さんと同じ事をしてしまったんだね」

母親は、行方を眩ますことで幕引きしたが、自分は中学二年生。同じやり方は出来ないだろう。父親を一人残すことも、自分一人で生きて行くことも難しい。

「時間が解決してくれることもある。お母さんの時は、相手が大き過ぎたけど、ナツミの場合は大したことない。大丈夫だから、心配せずにリモート学習しなさい。幸い中間テストも先週、終わったことだし。明日、お父さんが担任に連絡しておく」



ナツミは、その後十日程を、リモート学習で過ごした。クラスの様子は、親友のサユリがSNSでちょこちょこ連絡してくれた。

なんと、あれから天野タスクの二股が白日の下にさらされ、ナツミの占いが正しかった事が証明されたのだという。

ナツミは、複雑な気持ちだった。

勿論もちろん、自分の占いの正しさを証明できたのは嬉しいが、傷付けなくてもよい人を、皆の前で傷付けてしまった。しかも、その人は、自分の憧れの人だったことが、心を重くしていた。

謝ろうと思った。

自分の占いの所為で、タスクが学校で居場所を失くすのは嫌だった。



翌日から、ナツミは登校した。

タスクは、教室の隅っこ暮らしになっていた。ナツミとは反対側の隅、教室の一番後ろ、ゴミ箱の前の席だった。

ナツミは謝ろうと近付いたが、タスクにそっぽを向かれてしまった。

当然だと思う。黙って頭を下げた。

ナツミが頭を下げていると、始業のチャイムが鳴り、担任の愛野ユメコ先生が教室に入って来た。

「おはようございます。出席を取りま……」

ユメコ先生は教壇の上から、着席したナツミをガン見してから微笑んだ。

「酒向さん、お帰りなさい。戻って来られて良かったです。今回の不登校の発端は、貴女の『ささくれ占い』だったそうね。良かったら、後で、私も占ってもらえるかしら?」

ユメコ先生は、アラフォーで独身。

多分、結婚運に関してではなかろうかと、ナツミは予想した。

父親は、ナツミに占いをして欲しくないと言ったが、これは自分と母親を結ぶ強い絆。

占いをしないことは、考えられなかった。


放課後、ユメコ先生は、ナツミの元にやって来た。一学期の中間テストと期末テストの狭間はざまは、比較的時間の余裕がある時期のようだ。

「お願いします」

机を挟んで腰掛ける。

「ちょっと痛いですよ」

ナツミは、ユメコ先生の薬指のささくれをむしった。

「ぎゃっ!」

想定外に長くけてしまった。痛そうだ。

ごめんなさいと心で呟きながら、しげしげと指先を見詰める。

綺麗に切り揃えられた爪、手入れされた指先。先生は占いをする為に、薬指にささくれを作って来たようだ。

「先生は、今、意中の方がいらっしゃいますね」

「あら、分かります?」

先生は少し嬉しそうだ。

「はい。そして、その方との未来ですが……」

これは、どういう事なのだろうか。

ナツミは戸惑った。

ありえないものが視えている。

これを告げるべきなのだろうか。

先生を傷付ける内容ではないのだが。

「えーっと、私と家族になるという……」

「おお! 良かったです」

先生は手を打ち鳴らした。

「どういうことですか?」

「ナツミさんのお父様とは、大学の先輩後輩でした。先日、ナツミさんが不登校になった際に、お話しする機会があって。お付き合いしている訳ではないのです。これから申し込もうかと」

先生は、グイグイ行くタイプのようだ。

父親はまだ知らないが、ナツミには、未来が視えてしまった。

「内緒にしておいてくださいね」

先生は片目をつぶって見せた。

母親が失踪して十年以上経つ。

父親は、ナツミの為だけに生きて来てくれた。幸せになっても良い頃合いだと思った。

その日が来るまで、内緒にしておこう。



ナツミが帰り支度をして昇降口まで来ると、タスクがいた。足元にスクールバッグを置いて、壁に寄り掛かり、腕を組んでいる。ユメコ先生の用事が済むのを待っていたらしい。

「顔、貸してくれる?」

タスクは、そんな言い方をした。

ついて行くと、そこは体育館の裏だった。


(これって、不味まずいのでは?)


不用意について来てしまったが、体育館の裏でボコられるというのは、お決まりの展開ではなかったか。自分もタスクにちゃんと謝りたかったので、声を掛けられたまでは、良かったのだが。


体育館の裏は、誰もいなかった。

学校の敷地は、フェンス越しに見える道路よりも二メートル程高いので、道路からの視線はさえぎられている。

フェンスの内側に植えられている桜の木は、新緑の葉桜になっていた。

「この間は、ごめんなさい」

ナツミは開口一番びた。

「何でお前が謝るんだ? 今回の事は、俺の自業自得じごうじとく。むしろ、俺がお前に謝らなくては。インチキって言っちまったから」

いつものタスクとは違う。一人称が「俺」だし、二人称が「お前」になっていて、全体的に言葉が荒い。

ナツミは見知らぬ人を前にしている気がした。

「恨まれているかと思った」

「恨んじゃいないが。俺の本性を知られたのは不味かった」

「……本性?」

タスクは自嘲気味に笑った。

「お前、今、びっくりしてるだろ?」

「え、ええ、まぁ」

「いつもの天野タスクと違う、って思っているだろう?」

ナツミは黙ってうなずいた。

学校生活で温厚な優等生を演じているのは、内申点を考えての事。だが、本来の自分は粗暴で激しやすい人間だと言う。

「お前の占いの後、激昂しちまって、ヤバかった」

ナツミは、机を両手で叩いたタスクの姿を思い出した。

「二股も見破られたし」

「あの後、皆にバレたらしいけど、どうなったの?」

「二人には振られた」

タスクは両肩をすくめて見せた。

「本当にごめん。それで、皆に何か言われた?」

「自慢じゃないが、俺は取りつくろうのが上手うまいんだよ。今は、隅っこ暮らしで大人しくしているけど、これも作戦な。皆は、反省してしょげていると思うだろ?」

ナツミは、タスクが何故、こんな事を自分にぶっちゃけているのだろうと考えていた。

「お前には取り繕いも、優等生を演じるのも通じないって事が分かった。何でもお見通しだからな」

「私、占い師としての心構えが出来ていなかったね。何でも視えたものを言って良いという訳ではなかった。反省してる」

「じゃあ、約束しろ。俺に近付くな。俺も近付かない。何でもかんでも、分かっちまうんじゃ、やり難くて仕方ない」

「……タスク君は、これからも裏表のある人でやって行くつもりなんだ」

「悪いか?」

「悪くはない。君の生き方だから好きな様にすればいい。けど、そんなのいつまでも続かないと思う。自分も疲れてしまうし、いつか、化けの皮ががれた時が怖いよ。私なら、無理」

「……」

タスクは沈黙した。

フェンスの向こうを車が通り過ぎる音がする。

「約束は守るよ。じゃあ、頑張って」

ナツミは身をひるがえす。

「ま、待てよ」

「まだ、何か?」

振り返る視線は冷めている。

ナツミは、ずっとタスクに憧れてきたが、何だか、もうどうでも良い。

「待ってくれ。俺は、裏表なく生きて行けると思うか?」

「占ってあげようか。全部視えちゃうよ」

ナツミは、タスクに近付くと、差し出された右手の人差し指のささくれをむしった。

「痛っ! お前、思い切り毟っただろう」

タスクの抗議に答えずに、ナツミは出血する指先を凝視した。

「…… ……」

「何だよ、言えよ。言ってくれよ」

ナツミの沈黙にタスクはれる。

「……さっきも言ったけど、占い師は視えたもの全てを話すのが良いとは限らないということ。だから、今言えるのは……」

「言えるのは?」

「君次第ということだけ」

「何だよ、それ」

「じゃあね」

タスクは何も言えずに立ち尽くしている。


黒髪を風が撫でていく。

憧れの人に幻滅げんめつしたが、悲しくはない。

ナツミは足早に立ち去った。

吹き抜ける風に初夏の匂いがした。

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