浮気の証拠はささくれにあり

上津英

第1話 切れ者の娘はお金が欲しい

『パパの浮気相手を特定して、多分仕事関係者よ』


 そうママに依頼されたのは、私がスマホで卒論を書いている時だった。

 パパがまた誰かと浮気してるみたい。まあパパは浮気しやすい仕事だしな。

 ママはもうパパが嫌だから、何度もパパの浮気を見破った事がある私に依頼してきた。私ももう社会人になる。ママはこれで離婚する気だ。

 でも証拠が出て来ないらしく、さあ私の出番、と言うわけ。証拠を掴んだら30万くれるんだって。わーお。

 と言うわけで、私は今パパの職場──名古屋行きの夜行バスに乗るところだ。




 客として一番最初に乗ってきた私に、夜行バス運転手であるパパはものすごーく嫌そうだった。

 この反応は「またお前遠征?」ってげんなりしているわけではない。きっとやましい事があるからだ。

 例えば「何で今お前来る訳? まさか気付いてる?」みたいな。確かに何時もと違う事してるもんね。

 でもパパも私も何も言わなかった。だって私パパ嫌いだし。




 午前5時、バスは名古屋市内に到着した。その間、車内にあるトイレに行く以外席を立つ人は居なかった。

 私は一番最後に降りて、パパを見て気が付いた。

 パパの人差し指に、ベージュ色の絆創膏が巻かれていた事に。

 ん? 昨日午後家を出る時も、私がバスに乗った時もしてなかったよねこれ?


「どうしたの? 指」


 急に話し掛けられたパパはビクッと震えた。凄く警戒してるねえ。


「えっあ、ああ……ささくれが出来ててさ、アルコール消毒する時しみて痛いんだよ」


 うっわ想像するだけで痛いなそれ。

 でも。

 私はその言葉にピンときた。なるほど、だから何時もと違かったんだ。


「と言うか……お前は? 推し活か?」

「そんなとこ。じゃーお大事に」


 それだけ言って私は駅へ向かう。

 上手く行ってない親子の会話なんて、こんなもんだ。




 数時間後。

 私は近くの喫茶店で暇を潰し、事務所から出て来たパパを尾行した。これから夜までパパは暇だから、浮気をするにはうってつけの時間なんだよな。

 ほら。

 パパ、巻き髪の女の子と合流した。さっきバスに乗っていた女の子だ。

 私の読みは当たっていたみたい。つーか……よく娘と年の近い子と浮気出来るなこの男。

 午前からラブホに入ろうとしている2人をスマホで撮り、私は5年前ティファニーをねだった時ぶりに猫撫で声でパパに話し掛ける。


「ぱ〜ぱっ」

「!?」


 パパは後ろで爆発でも起きたかのような勢いで振り返り、私を見て最大限まで目を見開く。女の子もびっくりしてる。


「こんにちは、浮気相手さん。私このおっさんの娘です」


 にこやかに挨拶した私に、パパも女の子も「えっ!?」と動揺している。


「なんでっ!?」

「まあまあ良いから。ねえパパこれ浮気だよね?」


 さっき撮った写真を見せながら私は口を動かす。


「ち、ちがっ……パパは次の仕事まで……そう、休憩しようと……この子は整体師で……っ大体浮気って、証拠はあるのか!?」


 うわこんな場所で凄い言い逃れじゃね? アホくさ。

 私は軽蔑の眼差しを向け一度深い息を吐く。


「証拠ならあるよ。ささくれ」


 そう言いすっかり絆創膏が外れているパパの指を指差す。あれ~パパの目、凄い泳いでる。


「さっささくれ? 何の話だ?」

「数時間前の会話も忘れたの? さっきは絆創膏してたでしょ。アルコール消毒がささくれにしみるからとか。でも今はしてないじゃん」

「そ、それはもうアルコール消毒しなくて良いから……」

「そうだね。ってかパパ、ささくれなんかそもそも無くね?」


 私の指摘に「うぐっ」とパパが仰け反る。逆転裁判? と冷めた目で見ながら続けた。


「それに……パパ、何時も手袋して運転してるでしょ? でも今日は手袋をしていなかった。それは絆創膏を見せたい相手が居たからでしょ?」

「そ、そんなのただの気分だっ! っだ、大体お前は推し活で愛知に来たんだろう!? 俺に構ってて良いのか!?」


 詰問を続ける私にパパが声を荒らげる。朝のラブホ街にその声はよく響いた。


「うん、今回の推しはママだから」


 ママ、って言葉にパパの動きが止まり女の子も息を呑む。


「ささくれだとか言ってたけど、本当はお客様に浮気相手がいたんでしょ? 絆創膏の色や場所で、ホテルの場所とかこっそり伝えてた系かな? じゃなきゃ乗車中だけささくれ保護で絆創膏巻くわけないじゃん」


 さっき撮った写真をチラつかせている私を、パパも女の子も青褪めた顔で見ていた。


「令和によくもまあこんな回りくどい事するね。どうりで証拠が出て来ないわけだよ、今時ここまでアナログなんだもん」


 俯いていたパパが、意を決したように顔を上げ口を開いた。


「なあ……お前お金好きだろ? 20万あげるからママに言わず見逃してくれないか? その写真消してくれよ」


 20万。

 その言葉を待ってました。安いけどまあ良いか。

 私はニヤッと笑う。


「ん〜……ママ、今回は離婚する気だよ? そしたら慰謝料でもっと飛ぶよ? それに会社も客に手を出したパパを雇い続けるかな? ってかママ30万成功報酬でくれるみたいだし~50万なら考えるよ? 私も自立しなきゃだしお金が欲しいのよ」

「お前っ! 親を脅す気かっ!!」


 パパは当然キレた。でもそれを止めたのは、やっぱり意を決したような隣の女性で。


「待って下さい! この人から仕事を奪わないで! 足りない分は私が払います……だからお願いします……」


 うわーパパには勿体ないくらい健気じゃん。


「うーん。お姉さんに感動したから交渉成立、っと」


 頷き、2人に見えるようにさっきの写真を消した。


「じゃあ写真はちゃんと消したから。お邪魔してごめんねーお金はパパに渡しといて。ではごゆっくり~」


 私はそう言い、安堵の溜め息を聞きながら駅に帰って行く。


「ん~」


 スマホを鞄にしまった私は、きっと悪い顔をしてただろう。だってママには、録音したこの会話を証拠として渡すつもりだから。

 ママと離婚したらあの2人結婚するのかな?

 まっ金を貰った後なら、もうどうでも良いけど。

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浮気の証拠はささくれにあり 上津英 @kodukodu

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