【KAC20244】『無限地獄』

小田舵木

【KAC20244】『無限地獄』

 千々ちじに分かれた木の枝。そのささくれ立った枝の一つ一つに『俺』だったものは突き刺されている…

 『俺』だったもの。それは多くの肉塊だ。

 手の破片があり、顔の破片があり、足の破片があり、臓器の破片があり、心臓の破片があり、脳の破片がある。

 

 俺は。夕方のラッシュ時の快速電車に激突して死んだ―はずなのだ。

 だのに。今は。千々に砕けて。このよく分からない空間の木の枝に突き刺されている。

 このよく分からない空間には。百舌鳥もずが数多おり。そこら辺に散らばった俺の肉塊を木の枝に突き刺している…いわゆる百舌鳥の早贄はやにえだと思われる…

 

「よお。目覚めたかよ…肉塊くぅん」妙にどすの利いた低い鳴き声が聞こえる。

 

 俺の目玉は。枝に突き刺されているから、目を向ける事はできないが…

 妙にでっかい何かが。俺の肉塊の側にいる事だけは分かる。

 

「テメエ。クソみたいな時間帯にクソみたいな自殺したんだな、ああん?」

 

 その妙にでっかい何かは俺の目玉を目ざとく見つけて覗き込む。

 …デカイ百舌鳥だ。クマのような大きさの百舌鳥…百舌鳥は小禽しょうきんで可愛らしいが、この百舌鳥は―まるで化け物である。

 

「お前は。生前もクズだが。死後もクズだ…手間ァ、かかる死に方しおってからに」

 

 俺は。確かに生前はクソだった。親のスネを齧って生きているフリーター。生きる価値など無かった。死に際してもクソだった事は否定しない。帰宅ラッシュの時間帯に飛び込み自殺をしたのだから。

 

「お前は俺達のファッ●の為の栄養になるんだよお…嬉しいかあ?」

 

 百舌鳥の化け物は舌なめずりしながら言う。

 確か。百舌鳥の早贄は。交尾の際の栄養源になる…と何処かの百科事典サイトで読んだ記憶がある。

 

「だが。しかし。お前ってヤツはクソみたいな人生送ってるからな。うんこを煮しめた味がするんだろうなあ…オエッ」

 

 百舌鳥の化け物は不機嫌そうにそう言う。

 そうして思案をし始める。小首をかしげて。

 それは小禽サイズならかわいらしいだろうが。巨大な百舌鳥の化け物がそれをしていると、大変不気味である。

 

「このまま食うのは何だ。お前には人生やり直してもらうわ」

 

 百舌鳥の化け物は何気なく言う。

 …人生をやり直す?どの段階からだ?

 

「飛び込む手前から。人生をやり直せ。そうして適当に脂が乗ったら…俺達の●ァックのオカズにしてやらあ」

 

 そう、百舌鳥の化け物が言った瞬間。

 この空間にいる百舌鳥達が集まりだし、俺の肉塊を枝から外す。

 そうして。地面で俺を組み立て直す。

 かかった時間は数分。俺というジグソーパズルの難易度は低いらしい。

 

「さァ。俺たちの為に栄養をつけてこい」

「…今さら生き直せ、と言われても」組み立てられたばかりの俺は百舌鳥の化け物に反論する。

「あのなあ。お前のようなチ●カス、人生が終わるなんてありえねえんだよ。勝手に自分の限界を見定めているだけだ」

「矮小な人類たる俺に期待されましてもね」

「矮小なりに。人生をヤれ。俺はなあ、お前みたいなカスが嫌いなんだよ、食っても不味いからな」

「…拒否権は―」

「ない。四の五の言わずに戻ってもらう―」


 そう、百舌鳥の化け物が告げた瞬間。

 俺の立っていた空間は回転し始め―

 

                  ◆

 

「危険ですから。黄色の線の内側にお下がり下さい」

「…はあ」俺は。駅のホームのギリギリから追い出される。

 

 …変な夢を見ていた。

 俺は一度死んでいる。だが。賽の河原だかよく分からない空間で百舌鳥に組み立て直されて、この場に戻って来ちまった…

 

 ホームから視線を上げてみれば。

 千々に枝分かれした木があり。その枝の先はささくれだっている。

 そこに。百舌鳥はいる。俺を見守るように。

 

 俺はすっかり自殺する気分じゃなくなった。

 どうせ。自殺をもう一度したところで。またあの空間に逆戻りだ。

 

 俺は入場券を握りしめて改札へ向かう。

 そして駅を出てしまう。

 自殺以外に駅に用事はなく、自殺はし損なっちまったからだ。

 

                  ◆

 

 人生をやり直せ、と言われても。

 俺の人生は八方塞がり―のように思える。

 俺は。しばらく前まで社会人をやっていたが、うつでぶっ壊れ、退職勧奨風の自己都合退職をさせられて数年が経つ。

 …うつの療養に時間がかかっちまった訳だ。

 

 それなのに。

 人生をやり直せ、と言われても。

 途方にくれるもんだ。

 

 俺は河原で座り込んで。

 ぼんやりと考え事をしている。

 死にきれない人生、コイツは困ったモノである。

 百舌鳥の化け物曰く―

『お前のようなチンカス、人生が終わるなんてありえねえ』だが。

 そんな中身のない説教は聞き飽きている。俺の親がよく言うからな。

 

 俺は河原で水切りをしながら、ぼんやりし続ける。

 人生をやり直せ、な。大体、人生をやり直すってなんだよ。

 俺の人生は終わっちまっているんだ。

 だから。ヤケクソを起こして。夕方の帰宅ラッシュの電車に飛び込んだ訳だ。

 だのに。地獄に送られず。賽の河原めいたトコロで足止め。

 勘弁して欲しいモノである。

 それに。人生をやり直したトコロで。また死んだらあの百舌鳥共のファ●クの栄養源にされるだけだ。

 

 目的がない。この世に還されようとも。

 さっさと。輪廻でも潜って、畜生か何かになりてえ。

 

                  ◆

 

 河原で夜を迎えた俺は。

 さっさと家に帰る。

 家に帰って食卓に着けば。


「仕事は見つかったの?」

「いい加減、働け、クソ」

 

 両親の手厳しい言葉が飛んで来る。

 俺は味がしない飯をかっ喰らって。さっさと自分の部屋に戻る。

 

 部屋のベッドに寝転んで。

 自殺の事を思い返し。うんざりした気分になり。

 これからの人生について考えてみるが。

 河原で考えた以上の事は浮かばない。

 終わってるんだ、俺の人生は。別に地獄か何かで百舌鳥の餌にされるのは構わない。

 もう一度、自殺をするか思い悩む。

 列車に飛び込むから、千々に砕けて、あの空間に送られるのではないか?

 首を吊れば―とか考えるが。

 それ以上に。死ぬのが面倒くさくなってきてしまった。

 そも首吊りをするにも色々と手間はかかる。

 それなら…人生をリトライする方がまだ面倒ではないかも知れない。

 

 

                  ◆

 

 死ぬのを止めた俺は。

 死物狂いで就活を再開した。

 …と言うか一度死んでいるしなあ。

 

 探せば。案外に仕事は見つかるもので。

 俺は適当な工場に就職する。

 そして。死んだつもりで一心不乱に働いて。

 意味のない人生を生き直す。頑張ったトコロで百舌鳥の餌である。

 頑張る意味などない。適当に、死なない程度に。のらりくらりとやり過ごすだけである。

 

                  ◆

 

 かくして。

 俺は人生をやり直した。

 …ドラマがないって?当たり前だ。人の人生は起承転結で出来てはいない。

 ただ、漫然と続くだけである。

 

 そうして。病院のベッドの上で。

 俺は息を引き取る。

 あーあ。ついに百舌鳥の餌にされる訳だ。

 クソみたいな人生だった。特に思い起こす事はない。

 大体、人生にやり直しのチャンスが与えられたからと言って。

 劇的な人生が与えられる訳ではないのだ。

 俺のような凡人以下は、ドラマもクソもないしみったれた人生がお似合いなのである。

 

                  ◆

 

 千々に分かれた木の枝。そのささくれ立った枝に。俺は突き刺されるんだろうなあ、と思いながら、木を見上げる。

 その傍らに百舌鳥の化け物が現れる。

 

「よお。俺達のファ●クの為の栄養、つけてきたか?」

「…おメガネに見合うか分からんが、生き直してみたさ」

「ほぉん…が。何だァテメェ。うんこを煮しめた臭いがしやがる」

「クソを煮しめたかのような人生だからな」

「おいおいおい。俺様が骨を折ってやったってのに。この有様かよ?」

「キレられても困る。俺は俺なりにベストを尽くした」

「お前のようなクソはベストを尽くそうが、この程度か」

「お言葉の通り。俺はカスでうんこだ」

「けっ。食う価値もありゃしねえ」

「んじゃあ。さっさと輪廻に送り返せ」

「いや。輪廻から落っこちてきたお前を。みすみす手放す訳にもいかんなあ」

「お前たちにとって。俺は貴重な食料な訳か」

「そうだ。ファッ●シーズン到来の前の貴重な食料だ」

「で?どうするよ?」

「もう一度、人生やり直せ。時間は無限に存在する」

「断わる」

「俺様は美食百舌鳥なんだよお」

「はよ食え」

「不味い男はお断りだ」

 

                  ◆

 

 かくして。

 俺は、賽の河原だかよく分からん空間を追い出されて―

 今度は赤子まで戻されて。

 人生を歩み直せと迫られる。

 俺は、ああ、百舌鳥は所詮しょせん畜生だと強く思う。

 馬鹿なのだ、俺が何度人生を歩み直そうが。行き着く先は一緒なのである。

 

 こうして。

 俺は無限に近い人生をやり直しさせられ続けるのだろう。

 これがラッシュアワーに自殺をした者への罰なのである。

 

 

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