【黒歴史放出祭】クレジットカード

ナカナカカナ

クレジットカード

 クレジットカード……

 クレジットカードを初めて手にしたのは20代も後半になってからである。

 超現金主義だった為、それまでは持とうとも思わなかったのだが……


「携帯料金をクレジットカードで払うとお得なんですよー」


 と、店員さんにすすめられるがままに契約したのだ。

 それでも店頭で使う気にはなれず、財布の中でホコリをかぶっていた。

 

 ある時、出張で上京した際に立ち寄ったセレクトショップでなんとも形のいい帽子を見つけた。

 普段ならどこにも立ち寄らず職場とホテルの往復のみなのだが、その日はどうしても牛丼が食べたくなりふらっと外出した時だ。


 ちなみに、どこにも行きたくないのは私が田舎者であるからだ。

 関東界隈で暮らしているにも関わらず、田舎者を自称しているようなエセ田舎者とはワケが違う。

 生粋の。正真正銘の田舎者だ。

 どこへ行ってもキョロキョロしてしまうし、電車に乗る時もスマートに自動改札を抜けていく都会人とかいびとを尻目に切符を買っていると、敗北感を感じてしまう。なにより、喋った時に否応をなしに口から飛び出す方言を出したくなかった。

 

 そんな劣等感の塊である私が店頭で目にした瞬間どうしても欲しいと思ってしまった、形のいい帽子。

 オシャレ過ぎる店構えに尻込みしてしまい2、3度前を通り過ぎた後、ようやく入店する。

 試しに試着して鏡を見てみると想像以上に自分に合っており、さっそく購入すべく値札を見た。

 

 ¥25000

 

「ウソだろ……」

 と、つい口に出してしまった。てっきり5、6000円……いっても10000円は越えないだろうと思っていたからだ。

 もしかしたら布じゃないのか?

 額の部分に鉄板でも仕込んでいるのか? と思い、その部分を押しみたが……やはり布だった。

 とはいえ……こっちはすでに盛り上がってしまっている。

 買わない。

 などという選択肢はなかった。

 財布の中を確認すると1万円札は1枚だけ、後は千円札が数枚……

 足りない……

 仕方がないので一旦店を出て、銀行を探す。銀行はすぐに見つかり、お金を卸すべくATMにキャッシュカードを入れた。すると……


『当店ではお取扱い出来ません』

 

 と画面に表示され、カードが取り出し口から『ベー』と戻ってきた。何度やっても結果は同じで『ベー』と戻ってくる。

 よく見ると取扱い可能な銀行の一覧に、自分が利用している銀行の名前はなかった。

 

 地方の弱小銀行がメガバンクと取引なんてあるわけねーだろ。と言われた気がして、またもや敗北感を味わってしまう。


 いや、敗北感はともかくだ……困った。

 帽子は欲しいがお金がない……どうする?


 と、そこでクレジットカードの存在を思い出す。

 そうだ。これさえあれば!

 差し出すだけでなんでも買い物が出来る魔法のカード、クレジットカード!


 しかし……困ったことに私は、今まで一度もクレジットカードを使ったことがなかったのだ。


 差し出すだけとはいえ……なにか他に作法があるのではと思ってしまう。

 出す時はなんて言うんだ? 「カードで」か? それとも無言で出すのか? 考え始めるとキリがなかった。


 ともかく、コイツさえあればなんとかなるだろう。

 そう思い、先程の店に戻る。


 お目当ての商品を手にして、レジに行く。


「いらっしゃいませ」


 レジにいたお姉さん……と言っても当時の私から見ても年下であろう綺麗な女性は、初めてクレジットカードを使おうとしている私をよりいっそう緊張させた。


「プレゼントですか?」


「いえ」


「では、袋にお入れしますね」


「あ」


「はい?」


「あの……かぶっていくんで、袋もいいです」


「分かりましたぁ。では……25000円になります。お支払いどうなさいますか?」


 きた……


「カードで」


「かしこまりました……」


 や、やったぞ。スマートに出来た。よな?

 これで……


「何回ですか?」


 は?


 何回? 何回って……もしかしてこの女……


 私が初めてのクレジットカードを使うということを知っているのか? 


 いい年してカード初心者とか思われたくない……だがウソをついてもいいことなのだろうか?


 私は一瞬戸惑いを見せた後、結局正直に答えることにした。


「実は……お恥ずかしい話、クレジットカードを使うのは初めてなんですよ」


「え?」


「え?」


 しばらくの沈黙の後、お姉さんは


「あ、あの……何回に分けてお支払いなさいますか? という意味で……」


 全てを理解した私はあまりの恥ずかしさに


「あ、あの……やっぱ帽子いいです。す、すいません」


 と謝り、足早に店を後にした。


 初めて。初めて。初めて……そう思うあまり


「何回(目)ですか?」


 と思ってしまった。


 もうダメ。もうイヤ。だから外に出たくなかったのに!

 店に背を向け立ち去ろうとする。


「お待ち下さいお客様ー!」


 先程のお姉さんが追いかけてくる。


 なぜだ? なぜ、これほどまで大恥をかいた男を見逃してくれん? 武士の情けであろう?


 そう思った私は店員さんに向き直り


「なぜ見逃しててくれんのですか!?」


 と言った。


 パニック。そして方言を隠そうとした結果、飛び出したのはワケの分からない丁寧語だった。


「あ、あの……ぷ、ふっ……カードをお忘れで……」


 女性はこちらの滑稽さに笑いをこらえながらクレジットカードを渡してきた。


「あ……う……す、すいません。ありがとうございます」


 私は謝罪し、カードを受け取るしかなかった。


「あの……」


 再び女性が口を開く。


「お買い物されていかなくて大丈夫ですか?」


「なんで、見逃してくれんのんかっちゃ! (なぜ見逃しててくれんのですか!? )」

 

 結局最後は方言丸出しで振り返ることもせずにその場を後にした。

 

 クレジットカードにまつわる私の黒歴史である。

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