メリーゴーラウンド

青空野光

はなさないで

 おそらくは七月の終わり頃。

 新天地での大学生活にもようやく慣れてきた、ちょうどその頃だったように記憶している。

 世界は唐突にその歩みを止めると、やがてメリーゴーランドが同じ場所をただひたすらにグルグルと回るかのように、一ヶ月という時間を幾度となく繰り返すようになった。

 知り得る限りこの世界でそれを知覚出来ているのは、どうやらこの自分だけのようだ。

 或いは私と同じように――異常者のレッテルを貼られることを恐れて――押し黙っているだけなのかもしれないが。


「先輩! おはようございます!」

「おはよう」


 この場所で彼と挨拶を交わすのも、覚えているだけで一〇〇〇回は下らない。


「今日はどこにいこっか?」

「水族館はもう飽きたから遊園地がいいです!」

「飽きたって、水族館にはよく行くの?」

「はい!」


 はい。

 あなたとのデートで三〇〇回ほど通い詰めました。


「でも午後から天気が悪くなるって――」

「大丈夫です。一瞬だけ小雨が降るだけですぐに止んで晴れますから」

「え? そうなの?」


 そうなんです。

 こちとらヘビロテしてるんで。

 ちなみにそのあと虹も出ます。


「てゆうか……ありがとう」

「はい? 何がですか?」

「俺みたいなつまらない男と付き合ってくれて。ありがとう」


 あなたがもし、本当につまらないひとだったら。

 この数十年ものあいだ繰り返されている永遠の一ヶ月に押し潰されて、私なんてもうとっくに死んでいたはずです。

 今日もこうして、あなたとの何千回目かのデートを昨日から心待ちにしていたんですから。

 それもこれも完膚なきまでに、ぜんぶあなたのおかげなんですから。

 だからもっと自分に自信を持ってください。


 彼の胸に抱きつき顔を埋める。

 いつもと、これまでと同じ匂いがした。

「えっ? 急になに? どうしたの?」

 どうしたもこうしたもないです。

「……私のこと。これからもずっと離さないでくださいね」

 でないと、いつかきっと、この壊れたメリーゴーランドから振り落とされてしまうだろうから。

「……こんなやつでいいなら」

 ううん。

 そんなあなただからいいんです。

「先輩、大好きです」

 永遠に、大好きです。

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メリーゴーラウンド 青空野光 @aozorano

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