悪意には悪意で

甘宮 橙

悪意には悪意で

「来たか……」


 浦部うらべ龍児りゅうじは左の人差し指を軽く押さえる。が訪れる時はいつも体の何処かに小さな異変が現れる。

 例えばこののように……。


 人気の途絶えた温泉地に佇む廃屋となった巨大ホテル。昭和の時代には社員旅行などで賑わったようだが、時代に向けてアップデートできないようなものは容赦なく取り残されていく。

 そのホテルの一室、誰も使うことがなくなったベッドには幼い少女が眠っている。ぐったりとしており、子供特有のあふれるような生命力は感じられない。

 龍児はタバコに火を付け。が目覚めるのをゆっくりと待つ。彼がタバコを吸うのはうまいからではない。体に悪い感覚が、自分が生きている証拠として隅々にまで染み渡るからだ。


「呪われた少女か……。しかも取り付いているのは、かなり巨大な悪意だ。だが俺は最後まで見捨てたりはしない。キミを見捨てることは過去の俺を見捨てることにもなるのだからな」


 龍児はいつも仲間はずれだった。その体質のせいで忌み嫌われ、ついには親にも見捨てられた。そこで拾われたのが太古より歴史の裏で活動してきた組織、

 大金を稼ぎ、今までの暮らしとは非にならないような生活ができるようになった龍児だが、そこに恩義は感じていない。組織は自分を利用し、自分も組織を利用するだけのドライな関係だと思っている。


 ゾゾゾゾゾゾ


 不穏な空気が部屋を包む。だが龍児にはこの感覚が心地良い。自分と同じだからだ。

 一切の光を遮断したような黒い右手が……そして左手が……少女の体から黒い何かが這い出してくる。こいつが何者か? どこで取り付き、どんな闇を抱えているのか?

 そんなものは龍児にはどうだっていい。


 呪いには呪いで。悪意には悪意で。


 龍児の右拳が禍々しく変化をしていく。およそ倍以上に膨れ上がった悪魔の右手を固く握りしめ、少女の体から這い出した黒い影に対峙する。


「滅っせよ! 呪われし魂よ!」


 龍児は黒い悪意に向かってその拳を叩きつけた。それは除霊と呼ぶにはあまりにも乱暴で、悪霊に向けた単なる暴力に過ぎない。


「グギイィィィィ」


 彼の呪われし体から発せられた悪意は、その悪霊を粉砕した。


「終わったぜ、お嬢ちゃん」


 龍児は静かに眠る少女に語りかけた。




「相変わらずの剛腕ぶりでしたねぇ、龍児さん」


 いつの間にか窓辺に座っていた少年が満面の笑みで龍児に語りかける。


「へっ、いつもへらへらして神出鬼没。相変わらず薄気味の悪い野郎だ。まあ、同じ呪われた存在として人のことは言えないがな」

「相変わらず口が悪いなぁ。あ、そうそう。そう言えば新しいサバイバーを見つけましたよ。B級雑誌のライターらしいけど。どうやら本当に怪異から帰還したサバイバーのようですね。もっとも僕たちのような特殊能力はないみたいだけど。ま、観察対象だね」

「興味ねぇよ。俺は俺の事にしか興味はねぇ」


 龍児はささくれ立った左手で、小さな少女の体を抱えて部屋を後にした。


「そうは見えないけどねぇ。ダークヒーローさん」


 少年は龍児のいなくなった部屋でクスクスと笑っていた。 

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