ささくれの恩返し
芦原瑞祥
ささくれ
「あのとき助けてもらった、ささくれです」
どこからかそんな声が聞こえた。ささくれなんぞ助けた覚えはない。てか、ささくれを助けるってどんな状況なんだ?
幻聴だろうと思っていると、また声が聞こえてきた。
「いえ、正真正銘の『ささくれ』です」
なんだよ、正真正銘の『ささくれ』って。ゲシュタルト崩壊しそうだ。
「ささくれさん、だっけ? 助けた覚えはないんだけど」
私が答えると、声は嬉しそうに続けた。
「やっとお話ししてもらえましたね」
ささくれ氏の話によると、私がストレスでささくれだらけの指だった頃、いたずらに剝かず、きちんと保湿ケアをして治してくれた、ということらしい。
「あなたの上司に、無意識にささくれを剝く人がいたでしょう。会議のあと、いつも指の皮が机や椅子に落ちていた。同胞の無残な死骸を見る度に、自分も同じ目に遭うのではと怯えていたのですよ」
片付けの度に、上司また剝いてるわと思っていたが、ささくれ氏にとっては死体に見えていたのか。
「感謝のしるしに、ぜひとも恩返しをさせてください」
ささくれの恩返し? 皮で手袋でも作るのか?
「美しくカールしたささくれと、七色に光るゲーミングささくれ、どっちがいいですか?」
「どっちもいらないんで、帰ってください」
「そんなこと言わずに」
「『ささくれのない指』なら受け取るけど」
「わたしのアイデンティティに関わる発言ですね」
「保湿ケアして治してくれたって言ったじゃん。ささくれてないのが本来の状態じゃないの?」
「ささくれていた過去でも否定したくはないんです。駄目な自分も愛さなきゃ」
意味わからんわ、とツッコミかけて、私はふと思いついた。
「さっきのやつ、心のささくれでもできる?」
こうして私は、心がささくれ立つと、全身が七色に光るようになった。自分のストレス状態が把握できる上に、嫌な奴を威嚇することもできる。
ゲーミングボディ、最高じゃん。と思う程度には、私の心はささくれ立っている。
ささくれの恩返し 芦原瑞祥 @zuishou
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