第13話 たぬき、ヤル気を出す

「……この地には時折、獣と言葉を交わすことのできる乙女が生まれるのです。彼女たちは、巫女としてこの神獣神殿に仕え──定められた時がくると、山の悪神への生贄として捧げられることになっています」


 エルネストは続けました。


「そして、当代の巫女がスセリ殿です」

「もとより、この力を授かったときから覚悟をしていたことです」


 麗しきスセリ殿が静かに言います。

 なんという、いじらしい人間でしょう。たぬきは、わなわなと震えました。


「ですが、我々には希望がもたらされました。数世代前の力の強い巫女が残した、打ち倒すことのできる神獣が彼方の世界より現れる──という予言が成就したのです!! そう、それが……えーっと?」


 エルネストが、たぬきをビシッと指差して、ごにょごにょと口ごもりました。

 すかさず、スセリ殿が小声で助け船を出します。


「たぬき様、とおっしゃるそうです」

「そう!! その予言の神獣こそがっ、たぬき様なのです!!」


 気を取り直して、演説を華々しく締めるエルネスト。


「えーっ!」


 たぬきに、そんな凄いお役目が!

 それにしても、こんなにも麗しいみこどのを生贄なんて! 生贄なんて!


「……いけにえって、なんです?」


 たぬきは、はたと気がつきました。

 聞いたことあるような、ないような-?

 心なしか、ずこっと肩を落としたスセリ殿が、


「その……わたくしを、悪神への供物とする風習です。人身御供、人柱、ともいいますね」


 と教えてくれました。

 たぬきは、震えました。


「それはもしや、みこどのを……ご、ごはんに……?」


 なんということでしょう。

 そうだ、そうだ、昔にお父ちゃんから聞いたことがありました。

 はるか遠い昔は、人間たちは日照りや飢饉のたびに、山神様に「いけにえ」を捧げたりしていたのだと──ここでは、いまだにその習慣が残っているってことです。


「たぬき、スセリ殿をお助けしますっ!」


 全身の毛をもっふもっふとさせて、たぬきは言いました。

 里山をぽてぽて走り回って、人間の置いていく残飯をおいしくいただくのが日課のたぬきですが……。


 今のたぬきは、ちょっとつおい!


 月の神様から賜った、【狸の八化け】に【御神酒徳利】──現代っ子のたぬきにできた、ちょっとした「化け」とは比べものにならないくらい、立派に化けられるぱぅわーを手に入れておるのです。

 ひと味違う、たぬきなのです。むふんっ!


「たぬき様……!」


 スセリ殿がたぬきをウルウルとした瞳で見つめます。

 こんなに素敵なひとを、ごはんにするなんてけしからんのです!


 いいとこ見せちゃうぞ! たぬきはとってもはりきりました。

 けれど、スセリ殿がへんなことを言うのです。


「……お気持ちは嬉しく思いますけれど、お断りさせてください」


 俯くスセリ殿。

 とろり、と黒髪が肩から零れます。


 たぬきは、がびーん!と飛び上がりました。


「な、な、なんで」

「何故ですか、巫女殿!!!」


 食い気味に、たぬきよりデカい声でエルネストが叫びました。

 たぬき、びっくり。

 ……この人間、けっこう賑やかかも。

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転生たぬきの異世界モフモフ暮らし ~転生たぬき合戦こんぽこ~ 蛙田アメコ @Shosetu_kakuyo

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