文武両道を追って一道も得なかった話
脳幹 まこと
Secret of my heart
1.
人はきちんと経験を積んでおかないと、身の丈に合わないことをしがちである。なまじ能力があった場合においては特にそうだ。
例えば「テロリストが教室にやってきてそれを劇的に打ち倒す」なら、単なる痛い妄想で済むだろう。その機会が訪れることは皆無だろう。
時間の経過とともに忘れ去られ、時々振り返って悶絶する程度で終わる。
だが、もし「文武両道」というそれなりに現実味のある目標があって「文」が達成出来ているとしたらどうだろう。「武」も突き進みたくならないだろうか。
当時の僕もいけるんじゃないかと思った。
ちょうど「名探偵コナン」という割と完璧な学生が登場する作品にお熱だった。今思えば「金田一少年の事件簿」にしとけば良かったのだが、コナンの方が馴染みやすかったのだ。
中学に入ると部活動を選ばないといけない。人付き合いは苦手だったのだが、特別な事情なしに帰宅部にするのが許されない空気があった。
どうせ選ぶなら運動部にしようと考えたのは、文武両道キャラへの憧れの他、自分の可能性を信じたくなる愚かさ、クラスカースト対策……多くの要素が絡んでいた。
工藤新一のサッカーは団体競技だ。協調性が取れない僕にとっては致命的だろう。それよりかはまだ、服部平次の剣道の方がワンチャンあると考えた。
剣道部に仮入部して最初に感じたのは「くせえな」だった。
2.
仮入部では精々竹刀を振ったり、防具を付けてみたり、スクワットしたり、部員の試合を見てみる程度だ。
この時点での僕のイメージは、まだまだ「スピードで翻弄する技巧派剣士」であった。ぽこんと打たれて旗があがって一本となる様子を見て「自分ならもっとうまくやれる」と思ったものだ。
本格的な活動を体験するには、仮入部期間ではとても足りない。
僕は希望を抱きながら剣道部に本入部した。
まず異変が起こったのは、足裏である。
秒で
部員が足にテーピングをしている理由が分かった時には、既に沼に半身を取られていた。
その次が耳。
練習の都合で部員同士で面を打たせることがあるのだが、先輩の一人に凄まじい勢いで竹刀を落としてくる人がいて、その人に打たれる度に耳がキーンと鳴る。
ちゃんと面の金属部分(面金)で受けないと普通に頭がかち割れる。
そして目。
面を被るために視界が狭まったり、汗が目に入ってくるのもそうだが、練習がハード過ぎて本当に視界がおかしくなってくる。それが自分の体質によるものか、時代によるハードさによるものかは分からず仕舞いだが。
この時点で薄々洗礼を受けつつも、何とか凌いではいたのだが、入部一か月にして決定的な出来事が起こった。
入部して初めて模擬戦に参加することになったのだ。と言っても、流石に先輩とやり合うだけの力はないので、同級生間での試合となる。
僕は内心得意げだった。ハードな特訓が遂に実を結ぶのだ、ようやく自分の実力を見せることが出来るのだと。先輩達に認めてもらって、ここから平次への道を進んでいこうと。
僕の相手は女子だった。勿論まともに話したことはない。
試合が始まった。「いやぁぁぁぁ」と叫び声をあげる。ここは剣道の作法みたいなもので想定通りだった。
「面!」と叫びつつ竹刀を振り下ろし、それを相手が自分の竹刀で受ける。
本来は隙を作らせて攻める必要がある(し、その技もある)のだが、そんな戦法はとっくに頭からすっぽ抜けている。結果は面一辺倒。傍目から見てもここらは結構グダグダだったはずだ。
しかし、その状況が突然壊れた。
相手が急に暴れ出した。先程までの動きが嘘のような猛攻に切り替わった。
キャラの覚醒ってこんな感じなんだろうな、と思った。
そっからはもう、メッタメタのボッコボコ。
もう勝てないと思ったが、なけなしのプライドを振り絞って、スピードを生かしてひたすら逃げまくって三分間凌ごうなんてアホみたいなことを考え出す。もう柵の中の鶏みたいに駆けずり回る。
それが火に油を注いだ感じになって、面や小手やらべっこんべっこん打たれてそれがクソ痛い。普通に小手じゃないとこにぶち当ててくるし、泣きたくて仕方がない。
なのに審判してる先輩方は全然旗をあげやがらない。
一試合三分だけど、これが本当に長い。はよ殺せやと思いつつも、結局は一本負け。面越しでも伝わる殺意を感じながら
その日は結局、その子にはシカトを決め込まれて、謝ることすらできなかった。
後日聞いたところによると、目に竹刀のささくれが入ったらしい。
竹刀だって消耗品だから、バチバチぶつけ合ったら割れもする。適度に手入れしないと欠片が面に飛んできて実に危ない。まあ、手入れしたって飛ぶ時は飛ぶんだけど。
まあ、どっちにせよ、ピュアでデリケートな当時の僕の心にはとても耐えられなかった出来事だ。
3.
そこで転部なり退部なりすれば、まだ傷は浅かった。
だが、僕は突っ走ってしまった。相談できる相手もいない僕には、そもそもそういう選択肢が頭の中になかった。ゲロ吐きそうな思いをしつつ、誰にも弱みを見せずにやり通すしかなかった。
先述した通り、部員の誰もが一定以上は男らしい。ノリも体育会系で、クソ雑魚ナメクジでウェーイが何より苦手だった僕が、彼らと満足に交流できるはずもない。
合宿の一興か何かで、酒の入った大人たちの前でサプライズで芸をやらされ、ものの見事滑り散らかした光景は今でも克明に覚えている。
日々の稽古もそれはそれは苛酷なもので、夏場の防具はひたすら暑くて臭く、冬場の剣道場の床は死ぬほど冷たい。
有段の師範とも稽古をつけていただく機会もあったが、彼らはさながらカワウソかシャチだった。つまり、相手を徹底的にいたぶって遊ぶ癖があった。機嫌が悪ければアドバイスもクソもない。もっと言うと、弱いヤツは眼中にすらない。ちり紙未満の価値だ。あと女の子には優しい。個人の経験上年齢を召せば召すほどその性質は強まっていく。
何が健全な人格育成だ。人道も何もない。あったのは修羅道だけだ。
これは余談だが、明らかに女子剣道部の方が男子剣道部より上だった。剣道の実力も、気の強さも、
そもそもガタイが相当に貧弱だった僕は試合どころではない。間合いを作ろうにも相手を押せない。引くことも出来ない。普通にダンプカーに正面衝突したみたいな感じで吹っ飛ばされる。終始相手のペース。
死にたくなるのは団体戦で、わざわざ二本負けを相手チームに献上する。本数の合計で勝敗が決するルールでこれはもはや生きるハンデ。
後輩が入ってくれば最初こそは教えられるけど、一か月程度で負ける。だから事あるごとにスタメンを後輩に譲る。それが常習化した。それに安堵した。
でも、最後の大会はそうもいかない。なぜかアサインされてしまう。全員分かりきってるのに。貴重な五枠に一枠をさく。顧問は「他四人でフォローしろ」と遠回しに作戦指示をする。
許してくれ。僕は何か悪いことしたか?
ただ物凄く弱いだけだろ?
弱いことがそんなに罪なのか?
そして一回戦で負けた。敗因は明白。次鋒で入った僕が二本負けをし、他のメンバがその穴を埋められなかったからだ。
ちなみに次鋒で入ったからといって、二番目に強いわけではない。母校のチーム構成では、先鋒・中堅・大将に強いメンツを入れている。副将はそれより少し弱く、次鋒は最弱が入るところだった。
なぜかチーム全員に分散して怒られていたが、皆が思うところは決まっていただろう。
帰りのバスに乗っている間、犯人自供の時に流れてくる哀愁溢れるBGMが頭に流れてきた。
4.
まあ、冷めた。
自分の限界を知ることが大切なんだってよく言うけどさ、こんな早く知りたくなかったね。
これはもう平次じゃねえなと。どっちかというと単発で登場してキック力増強シューズで吹き飛ばされる犯人役だなと。
しかし、誤算はそれだけに留まらなかった。
母校の剣道部は練習量がえげつなかったし、遠征もバカスカ行ってたから、勉強なんてしてる暇もない。
ということで、すっかりクラス内では「凡」の立ち位置になっていた。唯一の自信の源をへし折られたことで、ただでさえ友達のいなかった地味男が陰キャにクラスチェンジしてしまった。
同じ小学校にいた秀才は、そのまま優秀な成績のままだった。ちなみにそいつはサッカー部でまんま工藤新一だった。ライバルではない。
僕はへこへこするしかなかった。「旦那様」と呼んだルントウの気持ちがよく分かった。
そうやって中学生活は終わった。もちろん高校生で探偵にもなれなかった。
とまあ、らしくないことを追い求めると碌なことにならないよ、という教訓話はここで終わりだ。
剣道やっててよかったこと?
男も女もイケメンもそうでなくても、汗かきゃ大概臭いんだって思えることかな。
まっ、身体が貧相なやつは剣なんて持たず、ペンでも持ってなさいってことだ。
文武両道を追って一道も得なかった話 脳幹 まこと @ReviveSoul
★で称える
この小説が面白かったら★をつけてください。おすすめレビューも書けます。
カクヨムを、もっと楽しもう
カクヨムにユーザー登録すると、この小説を他の読者へ★やレビューでおすすめできます。気になる小説や作者の更新チェックに便利なフォロー機能もお試しください。
新規ユーザー登録(無料)簡単に登録できます
この小説のタグ
関連小説
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます