四角い彫刻
高黄森哉
四角い彫刻家
あるところに、四角い彫刻を彫っている者がいた。というと、なんだか四角の彫刻が珍しいものだと思えるが、この世界では、四角い彫刻は一般的である。だから、彼は普通の彫刻をしていた、と言い換えることも出来る。
彼がなぜ、そんなつまらない造形物を、彫り起こしているかというと、それは四角というのが完璧性を有している、と世界的にされていたからである。とにかく、立方体が良いのだった。
理由は、その完璧性にあるという。どこが完璧なんだって、そりゃ、見ればわかるだろう。だって正方形だぜ。すごいじゃないか、綺麗じゃないか、整っているじゃないか。それに、彼の住む世界では、長方形以外の題材はまだ試されてないのだった。
彼はふと、正三角形の彫刻を製作してみたくなった。なんだか、そういう気分だった。そして、それは思いのほか成功した。なんと、全ての面が正三角形だけで構成される立体が完成したのだ。
ということで彼は、その立体を、発表会にもっていった。手の中で転がるそれは、とても尖っている。会場の前で黒服のボディガードに止められる。用心棒は、逆立ちしていたので、彼はつま先で入場を制止された。
「君、それはなんだね。ここは、まともな彫刻の展示会場だよ」
「見てください、これ、どこから見ても三角です。しかも、正三角です」
「そうかもしれないが、この世の中には規則がある。いいかい、正方形でなければ、それは彫刻とは言えない」
「いいですか。本来的にその規則は、完璧な、ここでの完璧は、すべての面が同じだということです、そういう立体が美しいという意味なのです」
「なにを言っているのかわからないが、とにかく、正方形にあらずは彫刻にあらずだ」
それは規則と目的が、倒立しているようなものだった。合理的な作成を促す補助線は、漠然とした素人理解の中で、本来的な意味は失われ、非合理なまでに人々を抑制していた。
逆立ちする黒服はぞろぞろ集まってきた。彼らは規則の奴隷だった。そして、参加者でもあった。規則を守ることで、彫刻のレベルが保証されると信じてやまない、中毒者ども。それだけではない、その裏もしかりと思い込んでいる。
すなわち、規則を守るなら彫刻だ、の裏である、規則を守らないのなら彫刻ではない、を必ずしも成り立つと信じている。それは一見すると正しく見えるが、実は一見すると正しいだけだ。本来の文章の意味は、規則を守る彫刻のみの言及であり、規則を守らないそれについては一言も触れていない。命題における裏と同じだ。
そして、そんなこともわからない人間たちが、面白い造形を語るのである。悪いことに、そういう人間ほど、造形が何たるかを語りたがる。それはもはや、騙るといっていい具合に。
会場の入り口から見えた立方体たちはすべて倒立していた。彼らはそれに気づいていなかった。また、黒服たちにそれを話しても。正方形に上下などあるはずがない、と切って捨てた。そして、その言葉こそが、彼らの芸術が芸術ではない、根拠でもある。
彼は帰り道、三角錐を掲げた。嗚呼、この立体は、逆さからの視界では、どれだけ不安定に見えただろう。誤った視点では、頑丈な基部を持つ形状ですら、一点で己を支える危険を有しているように思えるものだ。
四角い彫刻 高黄森哉 @kamikawa2001
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