桜の樹の下にはささくれが埋まっている
ジャック(JTW)
桜の樹の下にはあなたの欠片が埋まっている
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桜の花びらが風に舞い、大きな桜の樹の下で、16歳の少女マリアは素手で一心不乱に土を掘り返していた。
マリアの手にはささくれがあり、土を削る度に痛みを感じながらも、それに構わず必死にあるものを掘り起こそうとしていた。
かつて、小学校を卒業した日、桜の花が満開で舞い散る中。
マリアと千秋は桜の樹の下にタイムカプセルを埋めることに決めた。指を絡め合い、心から約束を交わした二人は、その瞬間を永遠に刻み込もうとしていた。
千秋はマリアの初恋の人であり、二人は「どんなに時間が経っても仲良しでいよう」と誓った。その思い出が、今、マリアを桜の樹の下に呼び寄せていた。
❀·°
涙が頬を伝う。マリアはガリガリと土を爪で削りながら、必死にタイムカプセルを掘り起こす。
16歳になったばかりの春休み、千秋は交通事故でこの世を去ってしまった。
本当ならこのタイムカプセルは、大人になって一緒に掘り起こすはずだった。それなのに、その約束は永遠に叶わなくなってしまった。千秋はもうこの世にはいない。
桜の花びらが舞い散る中、マリアの心は深い悲しみに包まれながらも、埋められた思い出と約束を取り戻そうとしている。
❀·°
マリアは、かつて千秋と過ごした日々を思い出していた。
小学生の頃の千秋は髪が短く、活発で、足も早くて、クラスの人気者だった。
一方、マリアはおっとりしてどんくさい子供で、千秋とは対照的だった。
しかし、千秋はいつもマリアに優しく手を差し伸べてくれて、からかわれやすいマリアを守ってくれた。
その優しさに触れるうちに、マリアは千秋のことが大好きになっていったのだ。
バレンタインデー。マリアは勇気を出して、千秋にチョコレートを贈った。千秋は感激したように喜んで受け取り、「凄く嬉しい。ありがとう」と微笑んでくれた。
そして後日、千秋はお返しに、マリアの好きな三毛猫がプリントされたハンカチをくれた。
その大切なハンカチは、今もマリアの手元にある。
❀·°
マリアは、泥だらけになりながらも、千秋と二人で埋めた大事なタイムカプセルを無事に掘り起こせた。
中身は綺麗に残っていた。
マリアが埋めたのは当時一番好きだった本と、千秋への愛を綴ったラブレター。
そして、千秋が埋めたタイムカプセルは、金属製の小箱の中。
隙間が無いようにきちんと包装されており、外観から中身を窺い知ることは出来ない。
どんなものが入っているのか気にならないわけではなかったが、マリアは千秋のタイムカプセルを勝手に開封することはしなかった。
千秋の遺品を、千秋の家族に届けることに決めた。
千秋は、仲のいい家族を大切に思っていた。
千秋を思い起こさせるものを、今一番悲しんでいる千秋の家族のそばに置いてあげたいと、マリアは思った。
❀·°
「おばさま、夜分遅くにすみません」
「マリアちゃん、来てくれて嬉しいわ。さあ、上がって。服が随分泥だらけだけど、どうしたの?」
夜分遅くに尋ねたマリアを優しく迎え入れてくれたのは、千秋の母だった。目元や髪色が千秋に似ていて、泣きそうな気持ちになる。それを堪えながら、マリアは千秋のタイムカプセルを差し出した。
「これ、小学生の頃に、千秋ちゃんと二人で埋めたタイムカプセルです。──本当は、20歳で、掘り返す予定だったけど、でも……」と、マリアは声を震わせる。
千秋の母は、丁寧に封がされたままの千秋のタイムカプセルを受け取り、涙ぐんだ。
「ありがとう、マリアちゃん。……タイムカプセルを埋めてたなんて、知らなかった。あの子、一体何を埋めたのかしら……」と、千秋の母は呟き、ぼろぼろと涙を零した。
マリアは、千秋の母に未開封のタイムカプセルを届けた後、頭を下げて帰ろうとしたが、千秋の母に引き止められた。
千秋の母はマリアに「ねえ、マリアちゃん。このタイムカプセルの中身、一緒に確認して欲しいの。千秋も、マリアちゃんなら、許してくれると思うから……」と震える声で頼んだ。
マリアはそれに頷き、千秋の母とともにタイムカプセルの中身を確認することになった。
マリアは少し緊張しながらも、千秋の母と一緒にタイムカプセルの中身を開封する。
──そこには、千秋の大切な思い出が詰まっていた。
彼女たちは一つ一つの品物を手に取り、その思い出に触れながら、千秋の笑顔や優しさを振り返る。
小学生当時の千秋の温かな存在が、まるですぐそこにいるかのように感じられた。
「まあ……千秋ったらこんなものを入れて」と、干からびた松ぼっくりを見た千秋の母は苦笑しながらも、涙と微笑みを湛えていた。
千秋のタイムカプセルの中身は、小学生当時流行っていたガチャガチャの景品や、大流行したトレーディングカードのレアカードなど、千秋らしいものばかりだった。『あたしのお気に入り!』と大きな字のメモが添えてある。
千秋が修学旅行で買ってきて、よく宝物だと言って振り回していた、ドラゴンがあしらわれた剣型のキーホルダー。
マリアとお揃いで買った、色違いの勾玉キーホルダーも。
そして……箱の底から最後に現れたのは、『マリアちゃんへ』と書かれた千秋からの手紙だった。
❀·°
マリアは、千秋の家族に許可を取って、先に手紙を読ませてもらうことになった。手紙を開くと、そこには千秋の真摯な想いが綴られていた。千秋の手紙には、彼女がマリアに対して抱いていた深い愛情と感謝の気持ちが綴られていた。
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マリアちゃんへ。
いつも仲良くしてくれてありがとう。
ガサツなあたしと違って、マリアちゃんは可愛らしくて、ふわふわしたものが好きで、お洋服もヒラヒラして似合ってた。クッキーもチョコレートも上手に作ってて、お姫様みたいだなあって思って、憧れてた。あたし、大人になっても、マリアちゃんと仲良くしていたいです。
あたしの親友になってくれてありがとう。
大好きだよ、マリアちゃん。
千秋
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マリアは、千秋の手紙を抱きしめながら滂沱のごとく涙を流していた。そんなマリアの背中を、千秋の母が優しくさすってくれる。
二人は千秋を亡くした悲しみを分かち合うように、涙を零しながら千秋のことを思った。
❀·°
それから数年の時が流れ、マリアは20歳になった。
マリアは千秋の墓参りを済ませて、彼女が好きだったお饅頭とお煎餅を供えてきた。
そうして、あの頃と同じように桜の花びらが舞い散る中、マリアは千秋の墓と思い出深い桜の樹を訪れた。
マリアは心の中で千秋に語りかける。
──千秋ちゃん。今でも、あなたのことが大好きよ。
桜の樹の下には、今もマリアの
千秋との幸せな思い出と共に。
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桜の樹の下にはささくれが埋まっている ジャック(JTW) @JackTheWriter
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