後編

 母も帰り、拓も寝た深夜零時に、祐司さんは帰宅した。


「あー、疲れた。クタクタだよ」


 その割に顔がスッキリしているじゃない?


「祐司さん、ご飯とお風呂は?」

「食って来た。風呂は明日の朝シャワーを浴びるからいいよ」


 嘘よ。お風呂もホテルで入って来たんでしょう? その証拠に、うちのとは違うボディーソープの匂いがぷんぷんとしてる。


「今日、拓が……」

「あぁ、軽傷だったんだろ。気を付けてくれよな。警察まで介入させるだなんて、しっかりしてくれよ」

「しっかり……」


 心のささくれから大量に赤い血が出て来る。


「私だって……私だって頑張ってるのよ! あなたは良いわよね、仕事と浮気にうつつを抜かしているんだから!」


 ついに言ってしまった。口に出してしまった。


「浮気だぁ? 証拠はあるのかよ!」

「証拠……?」


 祐司は勝ち誇ったような顔をしてネクタイを取りながらこちらを見る。


「人に難癖を付ける時は、せめて証拠を用意するんだな。さもなければ一生黙っていろ」


 心のささくれがメリメリと音を立てて全身の皮をも剝いで行く気がした。


 私はとっさにキッチンの包丁を手に取ると、背を向けて去ろうとしていた祐司さんの背中を刺した。


「うぐっ。な……にを……!」


 振り返った彼の腹部も、胸も、めった刺しにしていく。


 ……気が付けば、祐司さんは何も言わなくなった。


「ど、どうしよう……」


 私はその場にへなへなと座り込んだ。指のささくれが、血に染まっていて見えなくなっている。


 私は、心のささくれの断末魔を聞いた気がする。これからどうすればいいのか、どうするのが正解なのか。私はどこでどう間違ったのか。誰か……教えて……。



────了

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ささくれの断末魔 無雲律人 @moonlit_fables

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