【KAC/甘くないお仕事SS4】これは命令ではなく質問です

滝野れお

これは命令ではなく質問です


(マズいな……)


 黒狼隊の執務室でイザックは頭を抱えた。

 仕事柄、周辺諸国の情報はつかんでいたが、つい先ほど王太子殿下の元に正式な書状が届いた。

 長期滞在を請うその書状を見れば、が何しに来るのか察しはつく。


(しばらく、キアを遠くへやるか?)



「────へぇ、ナヴィア王国のレヴァンケル王子、留学しに来るの?」

「オーギュスト……」


 イザックはうめいた。

 魔道士のようなマントを纏った怪しげな男の気配に、気づきもしなかった。


 苛立ちながら前髪を搔きむしると、ツキン、と指先が痛んだ。 

 見ると、親指のささくれに髪の毛が入り込んだらしく血が滲んでいる。


「まさか、キアを探しにここまで来るとはねぇ」

「ああ」


 ベルミ辺境伯家で起きた嵐の夜の襲撃事件。

 あの夜、彼の正体を知らぬままレヴァンケル王子の命を救ったのはキアだった。

 まだ若く薄幸だった王子には、キアが女神に見えた事だろう。


「あーでも、キアにも恋人が出来そうだしなぁ」

「は?」

「え、知らないの? キア、この前の休みに合コンしたらしいですよ」


 ブチッ


 突然、指先に痛みが走った。

 無意識に、ささくれを引きちぎっていたらしい。

 ぷっくりと丸く膨らんでくる血の玉を見て、イザックは立ち上がった。


 執務室を出て、廊下に漂う甘い匂いに誘われるように食堂へ入ると、キアが厨房から顔を出した。


「あ、隊長! 蜂蜜の二度焼きパンラスクがありますけど、食べますか?」

 

「あの菓子か。もらおう」


 珍しく緊張していないキアに、イザックの方が緊張してしまう。

 左腕を浮かしたまま、ぎこちなく食堂の椅子に座る。

 菓子を持って来たキアが、血の滲んだ彼の指先を見て目を瞠った。


「隊長、ささくれ千切っちゃったんですか? ダメですよ」


 キアがポケットからハンカチを取り出してイザックの指を包む。

 目の前に立つ彼女を、イザックは見上げた。


「キア。しばらく王都を離れることになっても大丈夫か?」


 イザックの質問に、キアは笑って「大丈夫です」と答えた。

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