狩猟期間

第1話

「なーんかさー。インパクトがねー。こう、ないんだよねー。こう、ばーっとさ、目を引くようなさ。ぱーって感じのさ。わかる? 足りないのよー」

 デスクの向こうで7本の腕を組みふんぞり返りながら言い放たれたその台詞に、ミミ・ボロンクは密かに歯ぎしりした。

 もちろん、この96本の歯と歯の隙間からガスを漏らして悔しさを相手に悟られるような醜態はさらさない。一流の広告代理店営業マンは、どんなクソ客にだって常に好意的な笑顔を振りまくことのできるスキルを身に着けているのだ。

 ミミは額にある三つの目をカッと開いて、取引相手に媚びを売る。

「左様でございますか……弊社のお持ちしました素案が、一見して、お客様の御心に響かなかったと……具体的に、どのような点が物足りないか、お聞かせ願えますか?」

「いやさあ、キャッチコピーは良いのよ。『トラクタービームによるアブダクションはもう古い! 今年の狩猟期間は、箱罠で太陽系第三惑星の動物を捕まえよう!』」

「ええ、ええ。御社の新商品であるこの箱罠の性能は、ここレレリプロポン州……いえ、このポポロンティラヒラ星に流通するあらゆる狩猟装置の中で、一番の性能ですから」

「でもさあ、このポスターの写真、なんで箱罠の中に、変なツノの生えた動物が入ってるわけ?」

 取引先の部長のへそからぐにゃりと爪が伸びてきて、ミミが持ってきたポスターの中央を叩いた。そこには、箱罠にとらわれた一頭の哺乳類の写真があった。

(くっ……私だって、好きでその宣材写真を使っているわけじゃないのに……)

 ミミは歯の隙間から漏れかけそうになったガスを5つある胃の中に慌てて飲み込む。

「こちらは、太陽系第三惑星に生息するバッファローという哺乳類でして……」

「いやいや、常識的に考えてさ」

 部長が、8つある鼻の孔から息を噴射し、ミミの言葉を遮る。

「ここは、ホルスタイン牛でしょ。なんなのよ、バッファローって」

「ええ、ええ……ホルスタイン牛の、アンドロメダ星雲系での人気は、それはもう、もちろん、我々も承知しております。が、今回は、敢えて、今まで光の当たっていなかった新しい動物を広告に起用し、より新しいイメージでマーケティング展開することで、箱庭による狩猟業界に新しいムーブメントを」

「そういうのいいんだよ」

 部長の不機嫌さが、登頂にある耳孔から耳毛が逆立っていることでありありと感じられる。

「目新しさとか、最先端のトレンドとか言ってもさ、消費者は結局、ホルスタイン牛を求めてるの。狩猟が趣味のポポロンティラヒラ星人は、9割以上、ホルスタイン牛を自分で捕まえてペットにしたいから狩猟してるわけ。こんな、白黒のぶち模様もないし、怖いツノ生えた狂暴そうな動物入った箱罠の広告見て、誰が『おおー、箱罠かあ。よし、今年はこれで狩りに行こう』ってなるわけ?」

「それは、ええ、ホルスタイン牛の魅力は、私もよくわかるんですが……」

「わかってんだったら、ホルスタイン牛が罠にかかった写真で作り直してきてよ、ポスター。狩猟解禁日も迫ってるんだから、早くしてよね。これ、弊社の命運かかった商品なんで」


 結局、威圧的な部長の言葉に押し切られ、ミミは帰路にいた。

(私だって、ホルスタイン牛の方が良かったって、わかってる。だから、そう発注したのに……)

 そもそも、無茶を要求したのは取引先だ。提示された費用では、一流のカメラマンに宣材写真を発注することができなかったのだ。

 コネのコネのコネでわけのわからない若手のフリーカメラマンに依頼し、太陽系第三惑星に派遣し、それが持ち帰ってきた写真を見せられた時の、ミミの絶望といったらなかった。

「なんですかこの生き物!? サンプルの箱罠を使ってホルスタイン牛を捕まえたところの写真を撮ってきてくださいって言いましたよね!?」

「いやー、なんかー、太陽系第三惑星に行ったらさー、めっちゃバッファロー走ってたんすよー」

 若いカメラマンは、ビデオ会議画面の向こうで、だらしなく7本の手で逆立ちしながら、8本の足をひらひらと天井に向かって伸ばしている。

「バッファローは要らないんですよ!」

「でもめっちゃ走っててー。仕掛けた箱罠に勝手に入っちゃうんスよねー」

「追い出してホルスタイン牛を捕まえ直せばいいでしょう!」

「ホルスタイン牛、逆に、警戒心強いんか知んないんすけど、箱罠に入んないスよ。これ、ホルスタイン牛捕まえるのに向いてないんじゃないすか?」

「箱罠でホルスタイン牛を捕まえた風の写真が一枚でも撮れれば、箱罠でホルスタイン牛を捕まえられるって宣伝できるんです!」

「でも、捕まえられないんだから、それって、詐欺になるんじゃないすか?」

「顧客の商品をディスらないでください! 商品の是非は私たちが判断することじゃありませんから!」

「いや、ディスったつもりはないんすよ。ホルスタイン牛を捕まえるのには向いてないんじゃないすかってだけで。これ、なかなか丈夫で、すごい良い製品っすよ。なにしろ、このバッファロー、すげー群れになりながらすべてを破壊して突き進んでたのに、この箱に入った途端きゅーにおとなしくなって。マジすげーなって」

「でも、これは顧客が求めている写真ではないんです。あなたの仕事は、依頼内容に反していますよ」

「俺は商品の良さを引き出す良い写真を撮ったつもりなんすけどね」

 若者の態度は、ふてくされているのか、それとも自信に満ち溢れているのかよくわからない。ただ、ケツから粘液が噴射されているだけだった。

「あ、バッファローがだめなら、この写真どうスか? なんかよくわかんないけど、めっちゃ暴れながら箱に入ってきて。バッファローと違って、罠に入った後もずっと暴れててマジウケる」

 画面に映し出されたのは、箱罠の中で半狂乱になっている、ホルスタイン牛ともバッファローとも違う生命体だった。

「うげっ……これは……確か、宇宙史の授業で習った……ホモ・サピエンス……?」

「ああ、ホモサピ。聞いたことありますわ! これがそうかー」

「こんな野蛮な生き物、ますます宣伝になんて使えませんよ!」

 ミミは今度こそブチ切れ、体温が急上昇して、体が完全に液状化してしまった。

「大丈夫すか?」

「あなたが私を怒らせるからでしょう! ホモ・サピエンスの捕獲なんて、一体誰がやりたいって言うんです!」

「いや、ホモサピ好きって結構いるんじゃないすか? この前なんかニュースになってましたよね、ヒューマン同好会だか、霊長類愛好連盟だか……」

「あいつらは、有名なテロリスト集団ですよ!」

「いいじゃないすか。めっちゃその人たちに売れそうじゃないすか? この箱罠」

 のんきに言い放つ若者に我慢がならなくなり、ミミはビデオチャットを切断したわけだが……。


(ホモ・サピエンスの宣材写真……悪くないかもしれない)

 ミミは先ほどの部長との会議を思い出して、いら立ちと、一矢報いてやりたいという気持ちがないまぜになった感情をぐっと噛みしめた。

(なにが、インパクトだ。あの、野蛮で気色悪いホモ・サピエンスの写真を見て、ひっくり返れば良いんだわ)

 ミミは泡を吹いて泡になるあのムカつくクソ部長の姿を想像して小気味が良くなり、爽快な気分で8本の足でスキップしだした。

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狩猟期間 @madokanana

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