黒い箱になりたくない

蜜柑桜

ブラックボックスになりたくない

 この会社は、社員が色分けされている。


 ある人は赤。

 ある人は青。

 ある人は白。


 一握りの人々はこうした色である。

 会議に出て持論を熱を込めて語ったり、それらを冷静に判断したり、却下できる人たちはこうした色に分類される。


 大多数の社員は灰色である。

 または途中から青や赤や白に染まる人もいる。いや、染まるのではなく、自ら努力してそうなったり、他から染められたりする。


 さらに一部にいるのが、黒。

「この件の試算処理お願い」

「ファイル転送しておいたから何時までね」

 これらの言葉は黒に言われることが多い。

「取引先が来たからよろしく」

 お茶を出せという意味だ。

「次の会議は三階で三時からだから」

 資料をコピーせよという意味だ。

「君の終業まであと二時間あるね。外回り一つ」

 赤や青や白は黒の「使い方」を知っている。


 関数のように、黒は値を入れれば結果を作る。なに、簡単なことだ。

 テレビを押して画面が映るのと同じだ。信号を送れば答えは出る。

 でも。


「隣町への用向きだけど、うわぁ今日は雪がすごいなあ」

 豪雪は当たると痛い。私は徒歩だ。この赤は車通勤だ。

「資料はあとから連続で送るので全部よろしく」

 立て続けに送られるととても混乱する。この青の要求を整理するのは骨が折れる。それこそ気が狂いそうに。

「これとこれと……もう一つできそうかな」

 終業までの処理のぎりぎりだろうか。パンクしそうだが、この白は分かっていない。


 黒は、言えば業務をこなすと思われている。

 赤や青や白は黒の使い方を知っている。

 黒は、否定権を持たない。

 他の色はわかっていない。

 黒の表面を剥いで内側がどうなっているのか。


 混乱、疲労、ストレス、それらがもつれあってショート寸前まできて、やっと時計の針が終業を示して電源を切る。


 見上げると、真っ黒な空に金銀の星が瞬いている。

 それらを仰いだとき、黒だった私は透明になる。


 疲れた。悲しい。無茶だ。やめてよ。疲れた。


 星の輝きが、ひとつ、ふたつ、みっつ……あ。

 流れ星。


 綺麗——


 このときに透明になった私は、帰宅して、お風呂に入って、ご飯を食べて、満たされて、黒がどんどん体から落ちていく。


 透明になった私は、そのまま朝まで何にも染まらないまま、星の下で幸福な夢をみる。

 目覚めてまた仕事に出たら黒になる。


 でもそろそろ、黒になるのはやめようと思う。

 何色かは分からないけれど、できればいい具合に透明でありたい。


 ブラックボックスな自分はもうたくさんだ。


 ☆完

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黒い箱になりたくない 蜜柑桜 @Mican-Sakura

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