5話 

「……びっくりした」


 耳障りな断末魔を上げながら焔の中に鉛色の液体が消失するのを見て、レレテはホッと胸をなで下ろす。

 だが油断は大敵である。

 隙だらけの背後から、またしてもパーサルの罵声が浴びせられるとともに拳骨が落とされる。


「おーまーえー!!」

「痛いよ、パーサル。

 頭が割れたらどうしてくれるのよっ?」

「んな空っぽ頭、割れてしまえ!」


 それこそパーサルは割るつもりで殴ったのかもしれない。

 先程よりも痛かったらしく、レレテは目に涙を浮かべて長身のパーサルを見上げる。

 だがオルチカやシハクはもちろん、今回ばかりはエラードもレレテが悪いという。


「こんなところで宝箱なんて、普通に考えてミミックに決まってるだろ?

 どう考えたってわかってて近づいたレレテが悪い」


 だからパーサルが怒るのは当然というエラードは、周囲を警戒しつつも刃こぼれがないか剣に目を走らせる。

 そんなエラードにレレテは往生際悪く噛みつく。


「決まってないかもしれないじゃない!

 それに普通の箱っぽかったし」


 今回のミミックはいわゆる 【宝箱】 ではなく、普通の、それこそどこにでもあるような木箱に擬態していた。

 だがそれでもエラードは……いや、エラードが話そうとするのを怒り狂うパーサルが割り込む。


「んな状態のところに五体満足の木箱なんて残ってるかっての!」

「えーっ!」

「えじゃねぇ!

 ここは一〇〇年も前に滅んだ遺跡なんだよ!

 石ですら崩れてんのに、木箱なんてとっくに朽ちてるに決まってんだろうが!」

「あとで誰かが置いたかもしれないじゃん」

「誰がわざわざこんな危ないところに置きに来るんだよっ?

 マジでその頭割ってやろうかっ!」


 激しく罵り合うパーサルとレレテをよそに、周囲を警戒しながらもさりげなくエラードやシハクに近づくオルチカ。


「わざわざこんなところで箱になるのがミミックでしょ?」

「オルチカはなかなか面白いことを言うな」


 エラードが苦笑いを浮かべながら言うと、シハクも 「同感です」 と笑う。

 だがオルチカは全然嬉しそうな顔はしない。


「ありがと。

 褒められてもあまり嬉しくないけど」

「この状況じゃな」


 オルチカには通路の先に木箱が見えた時からミミックであることはわかっていた。

 だからそのことには驚かなかったしエラードの忠告の意味も理解出来ていた。

 そしてレレテが、エラードの言葉を無視して 【箱】 にちょっかいを出しに行くのではないかということも予想出来たけれど、思った以上にミミックの反応が速く、レレテの安全が確保出来ず攻撃出来なかったのである。

 むしろレレテがミミックに近づこうとした時点で燃やせばよかったと、やや表情を強ばらせながら皮肉を言うオルチカに、エラードは苦笑を浮かべながら返す。


「開けたくなる気持ちはわからなくもないけどな」

「わたしはならないわよ。

 レレテが強欲なだけ。

 本当は弓使いアーチャーじゃなくて盗賊シーフじゃないかって、時々思うもの。

 しかも宝箱をしてなかったのに」

「それな。

 でも助かったよ、ありがとな」


 素直に礼をいうエラードに、オルチカは少し照れた顔を隠して 「どういたしまして」 と素っ気なさを装う。


「エラードこそ、剣は大丈夫だった?」

「刃こぼれはなさそうだ」

「そう、よかったわ」

「でも……変わり者のミミックでしたね」


 ミミックが消失した跡を眺めながらシハクが話し出す。


「宝箱のほうが引っ掛けやすいはずなのに、あんな普通の箱を擬態するなんて」

「確かに」

「そうね、へんだわ」


 罵り合うパーサルとレレテをよそに、三人は話す。


「レレテみたいな強欲でもなきゃ引っ掛からないと思うわ」

「激しく同感」


 容赦ない二人にシハクは苦笑を浮かべる。

 だがおかしいことはそれだけではなかった。

 遺跡を進めば進むほど普通の魔物が減り、逆にミミックが増えてきたのである。


「どうなってるんだよ?」

「さぁな」


 しかも足のないミミックは近づかなければ安全のはずなのに、自ら体を揺らしてアグレッシブに攻めてくるのである。

 さすがのレレテもこんなミミックには近づく気にはなれないらしく、ミミックを斬り捨てるのに忙しいエラードやパーサルのうしろでおとなしくしている。

 もちろんただ黙って見ているような性格ではないから、どうせ向こうから来るならと先手を打ち、離れたところにいるミミックに矢を放つ。


「レレテ、進路を妨げないのは無視していい。

 無駄だまを撃つな」


 いつものレレテならエラードの指示に言い返しているところだが、異常ともいえるミミックの数に恐れをなしたのか、珍しいほどおとなしく 「わかった」 と従う。


「な、んなの、この数?」

「わかりません」


 詠唱に忙しいオルチカに代わり、この状況でも冷静さを保っているシハクが応える。


「ですが、ギルドが隠していたことと関係ありそうですね」


 すると一通りミミックの襲撃を斥けたパーサルが、息を吐きながら 「それな」 と相槌を打つ。

 つまり先行したパーティはこの異常な状態をギルドに報告するため一度撤退したものの、再度の探索は引き受けなかったということだろうか。

 あるいはパーティのメンバーにレレテのようなのがいて、探索途中でミミックに食われてしまった……と冗談半分に言ったパーサルは、すぐさま 「ってことはないか」 と自らから否定する。


「どういう意味よっ?

 あたしのこと、どんな強欲だと思ってるのよっ!」

「いや、勘違いするなって。

 さすがに死人が出てたらギルドも隠さないだろうって話」


 すぐさま噛みついてくるレレテに、パーサルは少し早口に誤解を解こうとする。

 しかもその意見にはエラードもシハクも、それにオルチカも賛成だった。


「でもそうなると別に理由があるわね」

「ミミックは関係ありそうじゃね?」

「そうですね」

「とりあえず、進めるところまで進んでみよう。

 オルチカ、シハク、魔力と魔石切れにだけは気をつけてくれ」


 こんなところで立ち止まっていても仕方がないとエラードが三人の足を促すと、先程の反省はどこへやら。

 またしても前衛の二人を追い越して先を行くレレテが 「はやくー!」 と手を振って四人を呼ぶ。


「あいつ、懲りるってことを知らねぇのか!」

「学習能力は低そうですね」

「ちょっとはシハクの勤勉を見習いなさいよ」

「いや、レレテは肉体労働派だし……」


 体勢を整えて再び出発する五人だが、辺り一帯のミミックは片付いていたらしい。

 しばらくは平穏に進めたのだが、目的地である地下大聖堂が近づくにつれドンドン増えてゆく。


 いったいどうなっているのか?


 それを調べるための探索といわれればそうなのだが、それなりに経験を積んだエラードやパーサルも初めてのことである。

 博識のシハクも聞いたことがないという状況に困惑を隠せない一行だが、わかったこともある。

 もちろんまだ確信ではないが、なんとなく思うことがあった。


「やっぱ大聖堂か」

「ビンゴだな」


 遺跡内に大量発生したミミック、この探索の目的地を前にその元凶が姿を現わしたのである。

 元は大聖堂に入る扉があったはずの場所も壁が崩れて原状を保っておらず、なんとなく仕切りのような感じに壁の残骸が残っているだけ。

 その遥か頭上に、今にも落ちてきそうな天井が乗っている。


 エラードたちは大聖堂と廊下の境目・・で、崩れた壁に身を隠すようにして大聖堂を窺い見ている。

 そして彼らの視線の先には、遺跡内に棲みついていた大量のミミックを産みだした元凶が堂々と鎮座している。


「なに、あれ?」


 さすがのレレテも顔を引き攣らせ、パーサルのうしろに隠れている。

 前に出るなと言い続けた手前、盾にされているとわかっていても仕方がないとあきらめ顔のパーサルは 「なんだろうな?」 と途方に暮れたような声を出す。


 遺跡内に棲みついた大量のミミックを生み出した元凶は同じミミックである。

 しかも宝箱に擬態した正統派のミミックである。

 ではなにが問題か?

 あるいはなにがエラードたちを驚かせたのか?


「さすがのお前もあれを開けようとは思わないんだな」

「開けたいけど、デカくない?」

「デカいな」

「あの蓋、どうやって開けるの?

 重そうじゃない?」


 レレテの身長では蓋に手が届くかどうかも怪しいほど巨大なミミックが、彼らの目的地である大聖堂を占拠していたのである。

 初めて見る大きさに驚いて二の足を踏んでいたレレテだったが、オルチカがついうっかりいつもの癖で余計なことを言ってしまう。


「近づけば勝手に口開けるわよ、ミミックは」


 目の前にある宝箱はどう考えてもミミックなのだが、初めて見る大きさに目がくらんだのか、あるいは我を失ったのか。

 オルチカのうっかり発言でレレテの問題は解決してしまい、隠れていたパーサルの背中を出たレレテは、パーサルが 「待て!」 と呼び止めるのも聞かず大聖堂に踏み込んでしまう。


 直後、レレテ以外の四人が予想していたとおり超巨大ミミックはバックリとその巨大な口を開く。

 その暗がりに、目もくらむほどの金銀財宝を孕んでいればよかったのだが、実際は縁に鋭く尖った牙を並べていた。


「あの馬鹿」

「まぁミミックは、お宝のある場所に集まる習性があるとも言われていますから、わたしも億分の一くらいは可能性があるのではないかと思ったのですが、残念でしたね」

「シハク、お前まで……」

「なんなの、あの大きさは?

 ありえないんだけど」


 改めて尋ねるオルチカにシハクが応える。


「超巨大スライムをキングスライムと言うらしいので、さしずめキングミミックといったところでしょうか?」

「キングミミック……」


 シハクの言葉を、呆気にとられた様子で繰り返すオルチカ。

 だがエラードとパーサルは呆れてばかりもいられなかった。

 シハク曰く 「キングミミック」 が、その口から大量のミミックを吐き出し始めたのである。


「……遺跡の中のミミックはあれか……」

「みたいだな……」


 遺跡中に巣くったミミックがキングミミックの吐き出した物なら、大聖堂に近づくにつれ増えたのも納得が出来る。

 そんな納得し合う二人にシハクが尋ねる。


「エラード、どうします?

 ここで引き返してギルドに報告しますか?」


 それが無難ではないかというのがシハクの意見らしいが、パーサルはもちろんエラードの意見も違うものだった。


「まさか!

 あんな面白いものを目の前にして引き下がれるか」

「斬って斬れないものじゃなさそうだしな」


 冒険者のさがが疼くのか。

 キングミミックを見て不敵な笑みを浮かべた二人は、ゆっくりと立ち上がると慎重な足取りで物陰を出る。


「冒険者の業ですね。

 かくいうわたしも好奇心が抑えられません」

「シハク、あんたね……」

「そういうオルチカはどうなんですか?」

「わたしは……みんなを置いて帰るわけにはいかないでしょ」

「それも一つの因業ですね」

「一緒にしないでくれる?」


 そう言ったオルチカは、エラードたちが斬り込む隙を作るため、手にした杖でキングミミックを指す。

 そして中空に描かれた魔法陣を使って唱える。


「ストーム!」


 放たれる暴風を合図に、エラードとパーサルも大きく斬り込んだ。


                           ー 了 ー

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業深き箱 藤瀬京祥 @syo-getu

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