4話

「パーサルってさ、お母さんみたいだよね。

 いっつもいっつも小言ばっかりでさ」


 パーサルの大きな拳を落とされて痛む頭を押さえがならレレテが口を尖らせると、隣を歩くシハクは 「ははは!」 と大きく口を開けて陽気に笑う。


「ではエラードがお父さんですね」

「え~? でもパーサルのほうがしっかりしてるじゃん」

「ではパーサルがお父さんで、エラードはお母さんでしょうか」

「いやいや、どうしてエラードがそんなに偉いわけぇ~?

 剣だってパーサルのほうが速いじゃ~ん」


 むしろレレテのほうがパーサルにこだわっているように思えるシハクだが、あえてそこには触れず、無難に返す。


「さぁ? わたしはそちらの方面は全くなので」


 神官のシハクが剣術に詳しくないのはもっともな話だが、弓使いのレレテだって詳しくないはず。

 だが彼女は、そこは譲れないとばかりに繰り返す。


「絶対パーサルのほうが速いって」


 もちろん前を歩くエラードやパーサルにも二人の声は聞こえていたが、エラードは苦笑いを浮かべながら、隣で怒りを露わにしているパーサルを 「まぁまぁ」 となだめている。


「実際、俺もパーサルをあてにしてるところもあるし」

「あてにしてもらうのは全然結構。

 だがそれとこれとは別!」

「まぁそうだけど……」


 先にパーサルが怒ってしまったので怒るに怒れないというのもあるが、エラードは普段からあまり怒ることがない。

 それにここでエラードまでが怒ってしまえば探索どころではなくなる。

 それこそレレテと喧嘩になってしまうだろう。


「そもそもあいつに剣の何がわかるっ?

 圧倒的にエラードのほうが速いんだよ」

「まぁ俺も、いつも全力で振ってるわけじゃないし」


 わからなくても仕方がないと、やはり苦笑いを浮かべるにとどめるエラードに、パーサルは襲いかかってくる魔物を斬り捨てながら返す。


「だからレレテはわかってねぇって言ってんだよ!」

「まぁそうなんだけど」


 エラードも魔物を斬り捨てながら答える。

 もちろんパーサルだって、この程度の魔物を相手に全力を出しているわけではない。

 その点はレレテより付き合いの長い二人である。

 互いにわかっていて話している。


「それにしても……」


 話しながらも魔物の死骸の中に魔石を見つけたエラードは、先程パーサルがしたように剣先を死骸に突っ込んで魔石を跳ね上げる。


「オルチカ」


 不意に呼ばれたオルチカは飛んできた魔石を両手にキャッチしたかと思ったら、付着していた肉片や体液で汚れた自分の手を嫌そうに見る。


「悪いけど、そろそろ我が儘は控えてくれ。

 魔石の数が少ないなら、早い目にシハクから分けてもらってくれ」

「そ、そうね、そうするわ」


 少し焦り気味に返事をしたオルチカは、すぐに踵を返し、レレテと話しているシハクに話し掛ける。

 その様子を見て、オルチカがシハクから魔石を分けてもらうのをここで待つことにしたらしく、足を止めるエラードに、パーサルもならって足を止める。


「オルチカの奴、やっぱもう魔石持ってねぇじゃん。

 魔法使いが魔力切れとか、冗談じゃねぇぞ」


 悪態を吐きながら周囲を窺い見ていると、エラードが先程言い掛けたことを改めて切り出す。


「……やっぱりおかしな感じがする」

「なにがって訊いても?」


 パーサルの質問に、エラードは 「なにが……」 と呟きながら思案し、ゆっくりと答える。


「遺跡の外より魔物が少ない、とか……」

「それな」


 パーサルの同意を得て自分の気のせいではないと確信を得るエラードだが、それは魔物の数の話。

 不吉な予感のようなものもあるのだが、それは具体的な説明が出来ない。

 だがなにか感じるのである。

 ただ魔物の数が少ないという件については思うところがあった。


「強い魔物が巣くっているか……」


 不吉な言葉を口にするエラードだが、魔物の数が少ないということに気づいていただけあってパーサルも予想の範疇だったらしい。

 驚く様子を見せずに返す。


「いるとしたら、俺たちが向かっている地下大聖堂ってところか?」

「それはわからないが……だが、先行したパーティは生還している」

「あー……その話があったか」

「あったんだよな」


 抜き身の剣を片手に、もう一方の手で困ったように髪を掻きむしるエラード。

 今更ながら、ギルドで聞いた噂の真偽を確認し損ねたことを悔やむ。

 もちろんそれはパーサルも同じだったが、それこそ今更だともうエラードを責めない。

 だが考えることはやめない。


 それこそ先行したパーティによって強い魔物が確認されたなら、新たな冒険者パーティを送り込んでも無駄である。

 ギルド長は王宮にその旨を速やかに報告し、あとは王の判断に委ねるべき。

 それこそエルデーラ神殿探索を放棄するもよし、派兵するもよし。

 いずれにしてもエラードたち一介の冒険者に出番などないはずだ。

 だがギルドは先行パーティの存在を隠し、エラードたちに再調査を依頼してきたのである。


「うん、まぁそうだよな。

 そもそもそっからおかしいんだから、なにもないわけがないか」

「帰ったらギルド長を切り刻もうぜ」

「いいねぇ。

 俺も乗った」


 エラードとパーサル、二人の意見が合致したところで、改めてレレテたち三人に注意喚起して探索を再開する。


 五人が目指すのはエルデーラ神殿の中枢ともいえる地下大聖堂。

 シハクの話では半地下状態で、聖堂の上半分は地上に出ている造りだという。

 昨日、野営前に確認したところ、神殿の規模から推測してこのあたりだろうと思われるあたりに、地上からそれらしい建物、あるいは場所を見つけることは出来なかった。

 見当が外れていただけか、あるいは埋もれてしまったのか。

 いずれにしても地上からは見つけることが出来なかったため、建物の中から地下に下りる階段を探すしかない。


 そうして歩き出してほどなく、エラードは通路の端にうち捨てられた木箱に目をやる。

 パーサルやオルチカ、シハクは興味を示さないだろう。

 だがなんとなくレレテには嫌な予感がした。


 どこをどう見てもただの木箱である。


 それこそいつも暮らしている町中のどこででも見掛ける木箱だが、レレテには嫌な予感がするのである。

 最初は前方に見えていたその木箱が、どんどん近づくにつれてどうするか迷う。

 迷っているあいだにもさらにどんどん近づいてくる。


 言うか言うまいか?


 散々迷った挙げ句、なるべくレレテの興味を引かないようさりげなく忠告することにした。


「その箱には近づくなよ」


 そう言って、変わらず周囲に注意を払いながら通路を進んでゆくエラード。

 パーサルは言わずもがなだが、レレテたちもすぐ後ろから来ていると思った。


 だが甘かった


 不幸にしてエラードの懸念が大当たりしてしまう。

 いや、レレテを相手に 「さりげない忠告」 なんてものが甘かったのかもしれない。

 それこそがっつりはっきり 「近づくな!」 と言ってしまうべきだったのかもしれない。


「レレテ!」

「その箱は……!」


 興味半分だったのか?

 あるいはお宝でも入っていると思ったのか?

 レレテなりに警戒はしていたと思う。

 けれど甘かった。

 つい先程前までうち捨てられていただけの木箱が、蓋を大きく開き、鋭い牙を剥き出しにしてレレテに襲いかかってきたのである。


 オルチカとシハクの声を聞いたパーサルとエラードは、振り返ったその瞬間……いや、振り返りながらも動いていた。

 それこそ振り返って状況を確認してからでは遅かったに違いない。

 大きく開いた蓋の中、剥き出しにした鋭い牙で食い殺そうと襲いかかってくる 【箱】 から、少しでも離れようとあとじさるレレテ。

 次の瞬間には 【箱】 とレレテのあいだに入り込んだエラードが、【箱】 を一刀両断にする。


 二つに斬られた 【箱】 は木箱のような音を立てて石畳に落ちるが、次の瞬間には形を崩して鉛色の液体に変化する。

 一見スライムのように見えるが、色といい光沢といい、金属っぽい質感の液体である。


 しかもまだ死んでおらず、金属が擦れ合うような耳障りな音を立ててゆっくりと、それとわからないよう動いたかと思ったら一瞬で形状を牙に変え、一番近いエラードに襲いかかってくる。

 それを見越していたエラードは鉛色の牙を剣で打ち払いつつ、レレテを庇いながら後退。

 そこにオルチカが魔法で炎を放つ。


「フレイム!」


 杖を振りながら詠唱をすると、直後に現われた光が線を描き始めると1、2秒で魔法陣が完成し炎が放たれると、ぎぎぎぎぎ……と錆びた鉄のような断末魔をあげ、焔の中に鉛色の液体が消えた。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る