3話
なぜか後衛の弓使いレレテを先頭に、エルデーラ神殿遺跡探索を始めたエラードたち。
エルデーラ神殿の名前と存在は王都にある神殿に記録が残っているが、その内部構造は書き記されていない。
そこで頼りになるのが神官のシハクである。
彼の話によると神殿は、その規模でだいたいの造りが決まっているのだという。
エルデーラ神殿なら、おおよその配置は王都の大神殿と似ているはず……とは言ってもエラードたちが大神殿の構造を把握しているはずもない。
そもそも立ち入ったこともないため、シハクは砂地が向き出しになった地面を使っておおよその配置をメンバーに説明した。
あくまでも 「似ている」 なので、厳密に説明する必要もなければ出来るはずもなく、覚える方も、おおよその配置がわかれば十分だった。
「まぁ実際のところ、神官も人間ですからね」
その説明が終わり、早速遺跡内の探索開始となったところでこんなことを言い出すシハク。
つい先程
「いえ、まぁ今も、遺跡になったといえど神殿と言えば神殿ですが。
もともと宝飾類があるような場所ではありませんよ」
とか
「元は神殿ですからね」
などと言っていたのはレレテが 「お宝とかあるかな?」 などと言い出し、目を輝かせ始めたから。
レレテに盗賊まがいのことをさせないため、それを抑えるための発言だったことはエラードたちにもわかる。
結局高価な祭具や珍しい法具でもあれば、提出を受けたギルド、あるいは返還を受けた国から特別ボーナスが出るかもしれないと聞き、張り切って先頭を歩き出すレレテ。
その様子を見て、他のメンバーとともにそのあとに続いたシハクが独り言のように呟きだしたのである。
あるいは本当に独り言のつもりだったのかもしれない。
周囲を警戒しつつ進むエラードとパーサルは、なにげなくその話に耳を傾ける。
「むしろ神官のほうが欲深いかもしれません」
先程の呟きからこの呟きのあいだまで、シハクの脳裏にどんな思考が巡ったのかわからない。
だが彼はそういう結論を出したらしい。
神官は官衣に宝飾類は付けないとレレテには話していたが、実際は官衣の下に付けていることがある。
実はこのことをエラードは知っていたが、レレテを諭そうとするシハクの邪魔をすまいと口を噤んでいたのである。
それどころか彼らが、特に位が上がれば上がるほど私室に私財を溜め込んでいることまでエラードは知っていた。
なぜなら彼が育った養護院は神殿に併設されており、幼い頃は神官の手伝いに借り出され、神事の準備をすることがあった。
その時に私室に立ち入ったことがあったからである。
「……シハクには悪いけど、同感」
「レレテ、下がれ!」
崩れかけた壁の向こう側、暗がりが揺れたと思った次の瞬間に剣を抜くエラード。
その脇で、同じく剣を抜きながら声を上げてレレテに警告するパーサルは、飛び出してくる黒い影の始末をエラードに任せ、反対側や背後に視線を巡らせる。
個体で動く魔物もいれば群れて動く魔物もいる。
暗がりに潜んでいた魔物がどちらのタイプかはわからない。
けれど個体で動く魔物であったとしても、他の個体の攻撃により侵入者が怯めば、周囲に潜んでいた魔物も襲いかかってくる。
エラードが斬り落とす寸前に一匹。
斬り落とした次の瞬間にまた一匹、崩れた壁を飲み込む勢いで茂る低木の陰から飛び出してくるのをパーサルが斬り捨てる。
「レレテ!
お前は後衛!
俺たちの前を歩くんじゃねぇ!」
「えー、だってぇ~」
「だってじゃねぇよぉ~」
弓使いのレレテだが、ギルドでその技術を習得した彼女は最低限の護身も心得ており、とっさの事態に、腰に差していた短剣を抜いていた。
だが幸いにしてその間合いに魔物が入ることはなかったが、代わりにパーサルに叱られることになった。
その脇でエラードは、剣の血を払いつつシハクをチラリと見る。
すると澄ました顔のシハクは少しだけ口の端を上げる。
「エラードは全然悪くありませんよ。
事実ですから」
先程の話の続きである。
「ですがそうでも言わなければ、彼女は盗賊まがいのことをしかねませんからね」
若さが恐ろしい……とパーティ最年長のシハクは肩をすくめてみせる。
その脇でパーサルとレレテが声を上げて言い争い、一人残るオルチカは、二人の剣士が斬り捨てた魔物の死骸を少し離れて観察している。
全部で死骸は三体。
その中の一体に何かを見つけると、エラードと話していたシハクに声を掛ける。
「シハク、魔石があるわ」
そう言いながら綺麗な指が示す先、犬やオオカミに似た魔物の遺体の中に、一見内臓にも見えるが、明らかに質感の違うものがわずかに見えている。
魔石である。
魔法を使う神官や魔法使いが魔力の底上げに使うだけでなく、法具や祭具を創る際に仕込むこともある魔石は、王都を魔物から守るための結界にも使われているため、ギルドを通してそれなりの値段で売ることも出来る。
そのためギルドに登録したばかりの冒険者の中には、王都周辺で魔物を狩って魔石を収集しようとする新人もいるが、あまり効率のいい稼ぎ方ではない。
なぜなら魔物を狩れば必ず魔石を得られるわけではないからである。
魔石は魔物が持つ魔力の結晶、あるいは魔物の心臓そのものではないかなどと言われているが、確かなことはわからない。
だが持っている魔物のいれば持っていない魔物もいるため、心臓より魔力の結晶のほうが可能性は高いだろう。
そう、必ずしも持っているわけではないのである。
だから今、小物も同然の魔物を三匹狩って魔石が一つ出たというのは相当に幸運だった。
魔法を使わないエラードやパーサル、レレテには必要ないが、魔法を使う神官や魔法使いには、魔力切れを防ぐためにも必要なものである。
そのため魔石を見つけたら、まずはシハクとオルチカに。
そして冒険を終えて王都に帰還した時点で残った魔石を五人で分ける。
もちろん使い道のないパーサルやレレテはすぐに売り払うが、シハクとオルチカは全て売るというわけにはいかない。
それでもエラードたちが剣や弓の維持を自費でしていることを考えれば、不平等とも言えないだろう。
その魔石を、死骸から少し離れて窺い見たオルチカは、だが、見つけても拾おうとはしない。
シハクに 「そこにある」 と教えるだけ。
するとシハクは、やはり心得たように澄ました顔で分厚いマントの下、腰に下げていた袋に手をやる。
「わたしはまだ大丈夫だと思いますが、オルチカはどうです?」
大丈夫というのは、手持ちの魔石の数だろう。
尋ねられたオルチカは顔をしかめるように返す。
「……とりあえずシハク、回収しておいてくれる?」
「わかりました」
このやり取りはオルチカがパーティに参加してから魔石を見つけるたびに繰り返されてきたから、いい加減エラードたちも気づいている。
オルチカは魔物の死骸に触れるのが嫌なのである。
だからいつもシハクに回収を頼んでいる。
おそらくシハクは最初から気づいていたに違いない。
いつも嫌な顔一つせず、魔物の死骸から魔石を回収していた。
今もすぐに回収しようとしたが、オルチカとシハクのやりとりに気づいたパーサルが、手に持ったままの剣で獣の死骸をひと突きにしたかと思ったら、抜く勢いで、血しぶきや肉片とともにこぶし大ほどの石を跳ね上げる。
それは一際高く跳ね上がり、崩れかけた壁の隙間から差し込む光を受けてキラリと光り、獣の死骸の上に落ちる前にパーサルが、剣を持たないもう一方の手で受ける。
「甘やかすなよ、シハク。
そりゃ魔石の回収くらい俺らがやってもいいけどさ」
多数の魔物に囲まれた時は魔石の回収は後回し。
全てが片付いてからみんなで回収しているから、それこそレレテも普通に獣の死骸を漁っている。
だがオルチカは自分の杖の先を使うことさえ嫌がるのである。
パーサルに言われ、ばつが悪いオルチカはうつむき加減に口を噤むが、シハクは手渡される魔石を受け取りながら穏やかに返す。
「まぁいいじゃありませんか。
誰にだって得手不得手はあるものです」
「いや、だからって……」
あくまでもオルチカを甘やかすのはよくないというパーサルだが、そこにエラードが 「パーサル」 と割って入る。
彼は進行方向を指で差しながら言う。
「レレテが行っちまうぜ」
言われてハッとしたパーサルが見れば、本当にレレテの背中が角の向こうに消えようとしている。
「あの馬鹿!
だから先に行くなって……聞いてんのか、そこのドブス!!」
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