2話

 受けた以上は依頼を遂行しなければならない。

 それが冒険者ギルドに所属しているパーティの原則である。

 もちろん断ることも出来るが、違約金が発生したり、次の依頼のランクを落とされたりとペナルティーを科されてしまう。

 だから依頼を受ける前によくよく吟味する必要がある。

 もちろん吟味に時間を掛けすぎると別のパーティに依頼を回されてしまうこともあるから要注意である。


 しかし今回、エラードが奇妙な噂話を聞いたのは依頼を受けたあとのこと。

 出立前の準備でギルドに立ち寄った時、偶然他の冒険者たちが話しているのを耳にしたのである。


「せめてその話、出立前に俺にだけは話して欲しかった」


 もちろんエラードも噂を聞いたあとギルドに確認をしている。

 その答えは、あくまでも噂は噂でしかなく、そのような事実はないというもの。

 そう言われてしまえば、たとえ出発前にパーサルに相談していても他に手の打ちようはなかったはず。

 けれどパーサルにそう言われたエラードは、素直に反省して 「次からは必ずそうする」 と答えた。

 いつも辛口な魔法使いオルチカには 「次があればいいですけれど」 などと厳しい嫌味を言われたが……。


「次がないと困るに決まってるじゃない。

 オルチカってすぐそういうこと言うよね」


 ギルドが冒険者に科すペナルティーの中には、一定期間依頼を回さないというものもある。

 それなりに重いペナルティーだが、もちろんオルチカが暗に言う 「次はないかもしれない」 とはそういう意味ではない。

 ギルドがなにかを隠して嘘を吐いている以上、この依頼はかなり危険かもしれないということ。

 そのためパーティが全滅する可能性もあることを示唆している。


「そういうあなたこそ、いつもなにも考えてないわね」


 オルチカがレレテにまで厳しい嫌味を返して二人は一触即発状態に。

 だがすぐにパーサルが 「はい、そこまで!」 と割り込んで仲裁する。


「オルチカの言うこともわかるし、ここは慎重にいこう」

「ちょっとパーサル!」


 不満げなレレテはパーサルにまで食ってかかっていたが、オルチカは 「そうね」 と、意外なほどあっさりと引き下がる。

 さらにはシハクまでが 「そうですね」 と同意し、分の悪いレレテは口を尖らせる。


「そんなの、わざわざ言われなくてもかってるって!」

「はいはい、そう怒るなって」

「だってぇ……」

「なんかごめん、パーサル」


 オルチカは17歳。

 レレテは16歳と一歳違いの二人だが、性格の違いだろう。

 歳のわりにオルチカが冷めているところもあるのだが、なかなか引き下がらないレレテに絡まれ続けるパーサルに、改めてエラードが謝る。


「あ?」

「いや、悪いのは俺だよなと思って」

「そう思ってんならその情けない顔、なんとかしろって」


 気合いを入れるように力任せにエラードの肩を叩くパーサルに、エラードは力なく笑う。


「努力する」


 こんなやりとりを見ればパーサルのほうがリーダーに向いているように見えるが、このパーティのリーダーはエラードである。

 最年少のレレテにも 「ほーんと、エラードってそういうところだよねぇ~」 と笑われたが、このパーティのリーダーはそのエラードなのである。


 パーサルとエラードの二人は19歳と20歳と、レレテとオルチカと同じく一歳違いということになっているが、エラードは孤児であったため20歳というのは推定年齢である。

 2、3歳の頃、一人で王都の外を彷徨っているところを保護され、10歳まで王都にある養護院で育った。

 その時に職員が市民登録した推定年齢で現在20歳となっているため、本当はパーサルよりも歳下の可能性もある。


 魔物の氾濫スタンピードから一〇〇年以上が経っているとはいえ、王都の外にはまだまだ魔物が徘徊している。

 時にそれは群れとなり、王都近隣の村や町を襲って甚大な被害を出す。

 エラードもそうして親兄弟を失った可能性があるが、保護された時、幼いエラードには全く記憶がなかった。

 自分の名前すら覚えていなかったため、「エラード」 という名前も、やはり市民登録の時に職員が適当に付けた名前である。


 エラードが10歳の時、ほぼ同時期にいくつかの村が襲われ、多くの孤児が王都の養護院に引き取られてきた。

 結果、その時にいた年長の孤児たちが押し出される形で養護院を出ることになり、エラードもその一人として養護院を出て冒険者ギルドに見習いとして登録することになった。

 親のいない10歳のこどもが就ける仕事が他になかったのである。

 そしてこの時にエラードを拾ってくれたのが二年前まで所属していたパーティである。


 荷物持ちなどの下積みから始めることになったが、幸いにしてエラードを拾ってくれたパーティは、戦力にならない見習いを犠牲にして危機的状況を切り抜けるようなことを考えるようなパーティではなく、余暇には剣を教えてくれるなどしっかり育ててくれた。

 だが二年前にリーダーが引退するタイミングで解散することになり、フリーとなったエラードに、ギルドや酒場などで顔見知りになったパーサルが声を掛けてきたのが二人が組む切っ掛けである。


 しばらく二人でやっていたのだが、そこにギルドを通して参加を希望してきたのが新人のレレテ。

 たたき上げのエラードと違い、ギルドが運営する施設で教育を受けた弓使いで弓の腕は確かだが、冒険の経験が全くない状態からのスタートである。

 以前に所属していたパーティが、女性問題で離散したという苦い経験を持つパーサルはいい顔をしなかったが、二人では受けられる依頼も偏ってしまう。

 そろそろメンバーを増やし、これまでは受けられなかった依頼を受けてみたいと考えていた矢先でもあり、二人で話し合ってレレテとは仮契約からスタートすることにした。

 この時にどうせならもう少しメンバーを募集してみようということになり、少し遅れて魔法使いのオルチカが参加。


 最後に参加してきた神官のシハクが24歳とメンバー最年長だが、冒険者としては十分に若い。

 そもそも厳しい修行を経て高度な支援魔法などを修得する神官は、神官という位を神殿から授けてもらうためには一定の習熟度を必要とするため、どうしても神殿を離れてフリーとなる神官の多くは年齢が高い。

 だからシハクの24歳というのはとても若い。


 だが若さの割に高度かつ強力な支援魔法や回復魔法を持ち、さらには博識である。

 今回のエルデーラ神殿遺跡の探索依頼は、そのシハクの存在が大きかったらしい。

 エラードの質問には嘘を吐いたギルドだが、エルデーラ神殿遺跡ほどの規模を任せるにはそれなりの知識を持つ神官が必要であり、シハクはまさに適任……などという話を熱弁してくれた。

 いま思えばそれも、本当はすでに別のパーティを派遣していたことを隠すため適当なことを言っていたのかもしれない。


 遺跡に到着したこの日は、陽のある内に周辺を探索し、シハクの知識を元に遺跡のおおよその配置を確認する。

 そして明日からの本格的な探索を前に、夜は装備の確認や打ち合わせなどをしながらの野営である。


「ギルドに完全にしてやられたな」


 焚き火に照らし出されたパーサルはエラードを見てニヤリと笑うが、それはエラードを馬鹿にするものではなく、自身も一緒にしてやられたことへの苦さが浮かんでいる。

 となりで剣の手入れをしていたエラードも溜め息を吐く。


「まったく……。

 帰ったら改めてただしてやる」

「正直に答えてくれたらいいけどな」


 依頼に関わる隠しごとは、ギルドと冒険者の信頼関係を揺るがす。

 どんな背景や理由があろうとも、冒険者は情報の秘匿を嫌うからである。

 だがそれも当然だろう。

 彼らはその依頼に命を張っているのだから。

 生還が絶対の条件であり、事前情報で少しでもリスクを回避出来るならそれに越したことはない。


 だからギルドもおおっぴらに出来ない何かがある依頼は、口の堅さに信頼のあるパーティを選ぶはず。

 ギルドにとっても嘘を吐いて情報を秘匿するのは、バレた時に信用を損なうことを考えれば悪手である。

 それをわかっていてあえてエラードの質問に嘘を吐いたのか。

 あるいはエラードが聞いた他の冒険者たちの話が、本当にタダの噂に過ぎなかったのか。

 もしそうなら、なぜそんな噂が流れたのか。


「お前さ、なんで最後までそいつらの話を聞かなかったのさ?」

「そうじゃないんだ。

 聞けなかったんだよ」

「どういうことだ?」

「そいつら、話しながらどこか行っちゃってさ。

 まさか追いかけていくわけにもいかないだろ?」

「いや、追いかけていけよ!」


 そこで労力を惜しむなと言うパーサルは、続けて 「そもそも話し掛けりゃいいじゃん!」 とエラードに追い打ちをかける。


「人見知りとか、ガキみたいなこと言うなよ」

「そうだよなぁ……なんであの時の俺、そうしなかったんだろ?」

「マジそれな」


 いずれにせよ受けた依頼は遂行しなければならない。

 増えたメンバーを養っていくためにもペナルティーは避けたいところでもある。

 可能であるならば確実に依頼をこなし、少しずつでも報酬を上げていきたいところ。

 もちろん報酬が上がれば依頼内容も難しいものが増えてゆく。

 必然的に危険も増えてゆく。

 その見極めがリーダーの役目である。


 パーティ結成からそろそろ二年。

 メンバーも増え、色々なランクアップを目指していきたい……そんな焦りがあったのだろうか。

 それともいわくありげな依頼であることを事前に見抜けなかったせいだろうか。

 もちろん探究心はあったと思う。

 だが分水嶺ぶんすいれいに気づかなかった。

 気づかず引き返すことを忘れて突き進んでしまった結果、彼らは遺跡に潜む魔物たちに翻弄されることになるのである。


「元は神殿ですからね」


 翌朝、遺跡の探索を始めてすぐにシハクがそんなことを言ったのは、レレテが 「お宝とかあるかな?」 と言い出したからである。


「いえ、まぁ今も、遺跡になったといえど神殿と言えば神殿ですが。

 もともと宝飾類があるような場所ではありませんよ」


 官衣に宝飾類は付けないというシハクは、もし遺物が見つかるとしたら、祭事に使われる祭具や魔法に使われる法具だろうと話す。

 だが冒険者としてはまだまだ経験の浅いレレテは目を輝かせる。


「それってどれぐらいで売れる?」

「売れるって……」


 呆れたシハクの言葉が途切れると、すかさずオルチカが 「馬鹿ね」 と割り込む。


「遺物の横領は大罪よ。

 わたしたちは盗掘しに来たわけじゃないの。

 遺跡の探索と遺物の回収が目的よ」

「でも少しくらい……」

「わたしたちは冒険者であって盗賊ではありませんからね」


 口を尖らせるレレテを、気を取り直したシハクも穏やかになだめる。


「シハクは神官じゃん」

「ええ、冒険をする神官ですね。

 回収した遺物はギルド経由で国に返還されます。

 わたしたちは契約どおりの報酬を受け取るだけです。

 いつもどおりですよ」

「えー! つまんない!」


 するとシハクは 「ただし」 と付け加える。


「回収した遺物によっては特別ボーナスが出ることもあります。

 エルデーラ神殿ほどの神殿なら、なにか特別な祭具や法具があったかもしれませんね」


 シハク自身がそのことにどれほどの期待値を持っていたかはわからない。

 これまでにも旧都周辺ではいくつかの神殿が見つかっているが、一〇〇年という歳月だけでなく当時の混乱のためか、あるいは盗掘に遭ってしまったのか、ろくな遺物が見つかっていないことを彼は、神殿や神官同士の情報網で知っているはず。

 だが知らないレレテはパッと表情を明るくし、足取り軽く先頭を歩き始める。


「お宝はあたしたちがもらったーっ!!」


 その威勢にやや気圧されながらもエラードは言う。


「ちょいちょいレレテ、後衛のお前がなに先頭歩いてるんだよ?」

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