薬指の悪魔

棚霧書生

薬指の悪魔

 二つの箱を前にして、仲人をする。左が男性の薬指を入れた箱。右は同じように女性のものを入れてある。防腐加工をしてあるので急ぐ必要はないが、みんな独り身では寂しかろう。

「この男は事故死。運送業従事者、まだ二十代半ば、顔が良くてガタイも良かった。真面目な人柄で葬儀にも人が多く来てた。良い人を引き合わせてあげないと……」

 女性の薬指が入った箱の中から、一本取り出す。

「この子は確か、心臓病があって幼い頃から病院暮らし、発作が起こって亡くなった。美人薄命って単語がぴったりな感じの人。穏やかで笑顔が素敵な女性……」

 この二人を引き合わせようか。僕の独断だけど(仲人をするときはいつだってそうだが)二人の相性はいいと思う。

「よし、お見合いさせよう」

 僕は神棚から特別な白い箱を下ろし、その中に二人の指を入れて、上に戻した。パンッパンッと柏手を打ち、二人のお見合いがうまくいきますようにとお祈りをする。

 僕の本来の仕事は納棺師だが、死者の仲人も務めている。独身のまま亡くなった男女から薬指をもらい受け、こうして引き合わせてあげている。

「あなた、殺人犯かなにか?」

「ッ!?」

 突然の声に驚き、振り返ると薄灰色に近い色をしたひどく血色の悪い肌の男が机に座って、足を優雅に組んでいる。にやりと不気味な笑みを浮かべた彼は僕が集めた女性の薬指が入った箱を手にし、大口を開けると中にあった指を一本食らった。

「なにをしている!? 食べるだなんて非常識な!」

「こんなに大量に他人の指を所有しているあなたに言われたくないのですが?」

「僕は彼ら彼女らのためにやっている! 君が食べた薬指の持ち主である女性は結婚ができなくなってしまった! なんて非道なことをするんだ、この悪魔!!」

「ええ、悪魔ですよ」

「は?」

 男はクスクスとこちらを小馬鹿にしたように笑う。べッと舌を出し、上を向くとまた一本指を勝手に食らう。

「やめないか! 結婚できなくなるんだ、可哀想じゃないか!?」

 僕は彼から箱を取り上げた。机に残っていた男性の指の入った箱もひったくり、野蛮な輩から守るために背中に隠す。

「なんなんですか、その独自理論、だいぶ気持ち悪いですよ?」

「人は支え合って生きていく、生きているうちに支え合うパートナーが見つかる人もいれば、残念ながら独身のまま死ぬ人もいる。そういう人は自分で相手を探すことができない。死んでいるからね。だから、僕が代わりに運命の相手を見つける手伝いをしているのさ!」

「う〜〜ん? よくわからないですねぇ。あなたに指を盗られて、気色の悪い遊びに勝手に体の一部を使われて、被害者が気の毒ですよ」

 男は口では気の毒と言いつつも、同情しているような表情は一つも見せない。にやにやと口角を上げるだけだ。

「僕の善意にケチをつけようっていうのかい……?」

 頬が熱い。僕は頭に血が昇っていくのを感じていた。うっかりすれば、夜中なのも忘れて大声で怒鳴ってしまいそうだ。この崇高な儀式が一般的でないことは僕も理解している。警察でも来たら面倒だ。

「はぁ……それよりもだ、君はどこからこの家に入った? 不法侵入だぞ。……指を食べてしまったことは不問にしてやるから、早く出ていってくれ」

 僕は鍵のかかる引き出しの中に二つの箱をしまう。これでもう指を新たに食べられることはないだろう。

 男は机の上から動こうとせず、僕の動きを観察するようにじっとこちらを見ている。

「……人の指を食べるなんて君、異常だ。病院にかかることをおすすめするよ」

「ご心配なく! これが私の通常です!」

「君は……なんなんだ……? なぜここに来た?」

 さっき悪魔だと名乗っていたが、さすがにそんなことはないだろう。冗談か、でなければ自分を悪魔だと思い込んでいるだけとか、そういうやつに違いない。

「邪気の強い場所を目指して飛んでいましたらこちらにたどり着きました。邪気の発生源はあなたでしたから、あなたに会うためにきましたと言ってもいいでしょうかね?」

「意味がわからない……」

 男の言っていることはちんぷんかんぷんで、なに一つ理解できない。聖人君子とまではいかないが僕は清く正しい人間だ。邪気が強いわけがない。そもそも邪気とはなんだ、そんなものが感知できるとでも言うのか。

「例えるならあなたって、すっごく私好みのいい匂いなんですよね。邪悪で傲慢、そばにいるだけで力がみなぎって、元気になれます!」

「はぁ……」

 かなり危ない奴が家の中に入ってきてしまったようだ。警察を呼びたいが、指のことを話されるとややこしくなる。なんとか僕ひとりで解決しなければ。

「あなたの薬指はまだ空いてますよね?」

「…………どういう意味だ」

「ぜひ契約しましょう!」

「は?」

「好きです、結婚してください!」

「……は?」

「こんなにストレートに言ってるのに、日本語が理解できないのでしょうか」

「日本語としてはわかるが、この展開が理解できないんだよ」

 男は勢いよく机から下りると僕の手を取り、薬指にキスをした。

「愛しています、ダーリン。あなたは私の運命の人」

「うっ……きっつ……」

 僕が手を引こうとしても彼は力強く握ってきて離そうとしない。彼は僕の薬指に舌を這わせ、口に含み…………ブチッ…………!?

「いっ!? ぎゃああああああ!!!!」

「んっ、美味しいです〜」

 僕の薬指を、食いちぎった……。食いちぎった? 食いちぎった!?

「あなた独自理論だと、薬指をなくすと結婚できなくなるんでしょうか? あはは、ずっと独り身確定ですねぇ」

「ふざけるなッ!」

「責任は取りますよ。ということで結婚しましょう!」

「ふざけるなッ……ふざけるなッ……ふざけ……」

「壊れたラジオみたいですね~。叩けば直るでしょうか?」

 指食い男は拳を振り上げ、躊躇なく僕を殴った。

「あ゛ッ…………痛い……なんで、なんでこんな……」

 男は高笑いをしながら、倒れ込んだ僕を見下ろす。その姿は悪魔にしか見えなかった。

「まさか本当に悪魔なのか……?」

「だから、最初からそう言ってます」

「悪魔がなぜ僕を痛めつけるんだ」

「悪いことをするのが好きだから」

「……それなら」

 自分はただ運が悪かっただけなのか。

「というのは冗談で、天使から頼まれてるんですよね~」

 ますます混乱してきた。なぜ天使が悪魔に頼み事をするのか。しかも、人を傷つけるようなことを。

「あなたは自分のしてることを心の底から善行だと思ってるじゃないですか。でも、それってちょ〜っと認められないといいますか。まあ、悪行にカウントしてますよってことをあなたにわからせるためのお仕置きをしにきたんです。天使どもって暴力的なことを嫌うので、暴力案件は悪魔に発注が来るんです」

「なんだよそれ……。僕がやってることは正しい。ひとりぼっちの人たちを救って……」

「なーんちゃって、今の話もぜんぶ嘘です!」

「はぁ?」

「信じやすい人ですねぇ。あはははははは!」

「…………」

 言葉が出てこない。なにを信じて、なにを疑えばいいのか。そもそも、これは現実なのか。指を食いちぎられるなんて、現実的ではない。夢なんじゃないか。

「おや、顔色が悪いですねぇ。貧血ですか?」

 薬指がついていた場所からの出血が止まらない。

「返してくれ……僕の薬指を返せ! 返して……」

「あは、もう食べちゃいました♡」

 男の笑い声が頭にぐわんぐわんと響いてくる。気持ちが悪い。吐きそうだ。これは最悪の夢に違いない。薬指を食いちぎる悪魔なんているわけがないのだ。いてたまるか。

「僕の薬指を……返せ…………」


終わり

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薬指の悪魔 棚霧書生 @katagiri_8

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