箱
凪野海里
箱
目が覚めると、俺は閉じ込められていた。
周りを囲んでいるのは白い壁。調度品は机とベッドが1つずつ存在している。そして上を見上げれば、壁と同じ色をした天井が広がっていて、その真ん中に小さな扉が1つあった。
俺の体がぎりぎり出入りできそうなくらいの小さな扉である。そこからわずかに光が漏れていた。
まるで小さな箱のようだ。そしてどことなく覚えがある。
試しにその扉が開けられるかどうか、試してみようと思った。机を踏み台にすれば天井に手が届きそうだったのでそれを扉の真下に持っていくと、俺はそれによじのぼって扉を叩いた。
「おい、開けろ! 開けてくれ! おーいっ!」
拳で扉をぶっ叩き、大きな声で叫んでみるが扉はびくともしないし、外からの反応もない。それでも何かないかと思って、10分ほど叫んでわめいたりしてみたが、人が来る気配もなかった。
クソッ、ここはいったいどこなんだ!
なんとかして、ここ以外に出られる場所がないか。俺は再び周囲を見渡す。
しかし、どうやらこの小さな扉以外に出られる場所は存在しない。どこかに小さな隙間でもあれば良かったが、そんなものも見つかりそうになかった。
俺は仕方なく床に飛び降りる。大声をあげたせいで、喉が渇いていたし、あと腹も減っていた。
そのとき、俺の鼻が甘い香りを感知した。
なんだろう、この匂いは。俺はその匂いにつられて、ふらふらと歩き出した。
部屋の隅っこに、俺の背丈とそう大きさの変わらない、大きなゼリーが器に盛られた状態で1つ置かれていた。
俺は恐る恐る近づいて、ゼリーの表面を覗き込んでみる。ぷるん、と揺れる透明な赤色に俺の腹は緊張感のカケラもなく、空腹を報せた。慎重に指ですくってもう一度匂いを嗅いでみる。「甘い」以外におかしな匂いはしない。試しに舌先でチョロッと舐めてみた。
甘い――。そう感じたときには、俺はそのゼリーを手でつかみ、迷わず口に頬張っていた。美味しい。それに多少だが水分もある。スプーンがないから手がべたついてしょうがないが、だからといってこれ以上の空腹には勝てなかった。
俺は自由にならない空間で、それをバクバク食べボロボロ欠片をこぼしながら、心のなかで固く決心する。
なんでも良い。どうにかして、絶対ここから脱出してやる――!
それからまた幾日か過ぎた。
この小さい箱を、俺は多少なりとも理解できるようになっていた。
食事は毎日必ず出る。ただし、毎日ゼリー(俺の身長と変わらず、器に盛られた状態で)1つのみ。
部屋のなかは畳が6畳分といったところか。一般的な私室と同じくらいの広さと思われる。室内には机と、寝ることのできるベッドがあるだけで、娯楽になりそうなものはいっさいない。
俺はこの小さく狭い空間に、不思議と既視感を覚えていた。
小さい頃、俺は田舎のばあちゃんの家に行くと、明け方の時間帯によく森へとでかけたものだ。目的のものを捕まえられる網と、それからソレを入れるための小さな箱を持って。
そう、この場所はまるで虫かごと同じだ。
クソッ、巫山戯るんじゃない! これじゃあ俺はまるでそのなかにいる虫と同じじゃないか! いったい、俺をこんなところに閉じ込めやがったのは誰なんだ!
思いつく限りのあらゆる人間の顔が浮かんでくる。
俺に事あるごとにつっかかってくる
あるいは、このあいだプロレス技で負かした
いや、もしかして
恨みを買われる覚えがないわけではないが、だからといってここまでするだろうか! これは立派な犯罪だ!
俺はそのとき、固く決心した。
俺をここに閉じ込めやがったあいつらを、俺は絶対に許さない。ここから出られたら、真っ先にあいつらをここと同じ場所に1人ずつ放り込み、毎日ゼリーだけを食わせ、そして閉じ込めて永遠に出させないようにしてやる!
俺と犯人のやりとりは、毎日のゼリー。たった1つだけ。しかもこれは、俺が朝。目が覚めたときに室内にいつの間にか置かれているので、あいつらはきっと俺が寝ているあいだに行動を起こすのだろう。そのときを待つのだ――。
扉の隙間から漏れる光が暗くなっていくのを感じた頃、俺はそっとベッドから起きあがった。部屋の外でもあいつらが行動を始めたのか、にわかに物音が響き始める。
俺は物音をたてないように気を遣いながら、机の下に身をひそめる。唯一の出口である扉が開けられた瞬間、すぐにでもそこから脱出できるように。
カタン、と扉が動く気配がする。それと一緒に光が空間に広がろうとしていた。
さあ、いよいよ俺をここに閉じ込めやがった奴の正体がわかるのだ。太志か、和賀か、あるいは店野か――。俺はごくん、と生唾を飲み込み、その正体を見た。
「#$%△!?」
「〇*~&×◆※!!」
「¥**??」
扉を開けた奴の正体を見て、俺は言葉を失った。
そいつは――、いやそいつらは。太志でもなければ、和賀でも。あるいは店野でもない。いや、そもそも人間ですらなかった。だが、俺は知っている。覚えがある。だってそいつは、田舎のばあちゃんの家に遊びに行けばいくらでもいるのだ。
そいつらの正体は、カブトムシ。あるいはクワガタ、セミ。人間よりも大きなサイズで虫かごにいる俺のことを見下ろしていた――。
箱 凪野海里 @nagiumi
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