第25話いざ現代へ!
「シチロー殿……本当に行ってしまうのか?」
江戸城から見える夕日を背にして、少し寂しそうな表情の光圀。
「ええ、オイラ達、もう帰らないと」
悪代官達の企みを無事に阻止する事に成功したあの後に、シチローのスマートフォンには、未来の凪からの連絡が入っていた。
『あっ、シチロー?遅くなってごめんなさい。こっちはなんとかタイムトンネルの準備が整ったわ。シチロー達の方は大丈夫かしら?』
「えっ?こっち?こっちも今、カタがついたところだよ」
『それじゃあ、明日タイムトンネルの入口が現れるようにするから、みんなにそう伝えて下さいね』
もとはと言えば、現代へ戻るタイムトンネルの手違いで来てしまった江戸時代だったが、今となってはより良き仲間のチャリパイと水戸の一行。別れの餞別にと、子豚は未開封のカップラーメン、ひろきは缶ビールを光圀に贈った。
「いやはや、こんなに色々と貰っては申し訳ないのう。儂もそなた達に何か差し上げる物があれば良いのだが……」
「それじゃあ~御隠居、印籠ちょうだい」
「誰がやるかっ!」
子豚のボケと光圀のツッコミも抜群の相性のようである。
「仕方がない……子豚さん、この弥七からは風車を餞別に!」
「それ、別にいらないわ……」
「やっぱり……」
♢♢♢
そして、いよいよシチロー達と別れる事となったその日。久しぶりに江戸城へと戻って来た光圀は、最後に何かの記念にとシチロー達を客人として城へ招いた。
「キャア~~すっご~い、お城よ!お城!」
選ばれし者のみしか入る事の出来ない江戸城の天守閣。そこへと続く廊下で子供のようにはしゃぐ子豚とひろきを、光圀が遠慮がちにたしなめる。
「子豚さん、ひろきさん、申し訳無いがこの先には上様のいらっしゃる広間もあるのじゃ……あまり騒がぬように!」
光圀は、今回のこの事件の一部始終を直ちに将軍に報告していた。そして、できる事ならこの四人を城に招いて、労いの言葉のひとつでもかけて欲しいと将軍に願い出たのだった。
「これから、あなた達四人には、上様とのお目通りをして頂きます。
上様がこ度のあなた達の手柄に対し、労いのお言葉をかけて下さるそうですよ」
「えっ?上様と会うの?アタシ達……」
初めて光圀からその事を聞かされたチャリパイの面々は、緊張と好奇心にどよめいた。
「上様って、日本で一番偉い人よね。どんな人なのか、な~んか楽しみ」
江戸城の最上階、一際豪華な造りの奥の広間。その襖に手を掛けながら、光圀は神妙な表情でシチロー達の方へと振り返った。
「良いですかな。上様は、皆が揃った後にお見えになられる筈じゃ……この広間に入ったら、正座して頭を下げて待っているように!」
「ハ~~~イ」
金箔に飾られた襖や屏風の数々。五人では広すぎるその広間の中央に、光圀を左端に横一列に並んだチャリパイの面々は、それぞれ緊張の面持ちで畳に膝をつける。
そしてしばしの沈黙があった後、城の者の甲高い声が聞こえた。
「上様の、おなぁ~り~~~~っ!」
頭を畳に付くほどに平伏しているシチロー達には見えないが、今、確かに襖の開く音がして誰かがこの広間に入って来たようだ。
「その方達、話は全て光圀から聞いておる。苦しゅうない、面を上げい」
その声の主は紛れもない将軍である。頭のてっぺんから聞こえるその声に合わせ、五人はゆっくりと頭を上げ、その顔を見た。
「アイ~~~ン♪」
(・・バカ殿・・・・・・)
真っ白な顔に、離れて垂れ下がった眉と目。
シチロー達の目の前に座っていた上様は、あの『バカ殿』にそっくりの顔をしていた。思わず『バカ殿』と叫びそうになる子豚の口を、シチローが慌てて塞ぐ。
「どうした?余の顔に何か付いておるか?」
「い、いえ…別になんでも……」
そう言って作り笑いを浮かべながら、シチローは……
(何か、あの大目付の大隈って奴の気持ちも分からないでもないな…)
などと不謹慎な事を考えていた。
そんな事には全く気付かないバカと…いや、上様は、笑顔でシチロー達に労いの言葉を投げかけてくれた。
「この度のその方達の活躍、誠にあっぱれであった!しいては、その方達に褒美をとらせようではないか」
「えっ!本当ですか上様?」
将軍の話に最初に食い付いたのは子豚とひろきであった。
天下の将軍がとらせる褒美である。これは期待するなと言う方が無理な相談だろう。
子豚の頭の中には、現代の価値で数百万はするであろう、黄金色に輝く大判をニヤけながら数える自分の姿が浮かんでいた。
「やったわ~ひろきこれで私達も立派なセレブよ」
「よかったね、コブちゃん!」
そう言って、手を取り合って喜ぶ子豚とひろきの二人。
「そうか、そんなに喜ばれると、余も嬉しいぞよ。では、褒美をこれへ!」
将軍が扇子を振り下ろし合図をすると、隣の室に控えていた家来が、盆の上に何かを載せてやって来た。
「これじゃ」
その盆の上の物を見ようと、座ったまま伸び上がった子豚だったが、その笑顔はすぐに違うものとなった。
「……え?……これって……」
家来が運んで来た褒美とは、大判小判などでは無い。それは、凝った模様の刺繍が細工された、この時代の上流階級が好んで着る着物の数々であった。
「見れば、その方達、普段からろくな物を着ていないようじゃな!膝なんぞボロボロではないか!」
膝の破れたジーンズを将軍に指摘されたシチローが、頭を掻いて答える。
「いやあ~一応、こういうファッションなんですけどね」
♢♢♢
「もう!シチローがそんなジーンズ穿いてくるから、小判貰い損ねたじゃないのよ!」
上様とのお目通りを終えると、子豚がシチローに向かってブリブリと文句をたれて来た。
「まぁ~まぁ~。
その着物だって、大層高価な物なんだろうし」
「高価だろうが何だろうが、2024年でそんな派手な着物なんて着てらんないわよ!」
天守閣の廊下でそんな事を言い合うシチローと子豚に、前を歩いていた光圀がふと思い出した様に言った。
「そうじゃ!褒美といえば、儂もそなた達に褒美をやらねばならんのう」
「えっ、本当ですか御隠居~」
「まぁ、付いてきなさい」
江戸城に戻った光圀が
シチロー達に与えたい褒美とは、果たしてどんなものなのだろう……
「ねえ~~御隠居~御褒美って何よぉ~?」
あれから、ただ黙ってシチロー達の前に立ち廊下をあるく光圀に、子豚とひろきがしつこく聞き回る。
しかし、それには答えずに、光圀はただ歩く。
歩く。
歩く。
「もう~!もったいぶらないでいい加減教えてよ!御隠居~!」
すると、歩くのをやめ立ち止まった光圀は、満面の笑みで振り返りこう言い放った。
「ほら着いた。そなた達にあげたいその褒美とは、これじゃよ!」
江戸城の天守閣。その西側にある広間の窓を、光圀が開くと……そこには、真っ赤な茜色に染まった美しい江戸の町並みがあった。
「わぁ~~きれいな夕焼け」
この頃の江戸は、まだ自然も多い。夕焼けで赤く染まる遠くの山肌と、人で賑わう城下町の町並みの様子が見事な調和でシチロー達の目を和ませてくれた。
「いやあ~絶景かな、絶景かな」
「ここから見える城下町の風景が、儂はとても好きでしてなどうしてもそなた達には、この景色を見せたかったのじゃ」
少しだけ照れた笑いを浮かべながら、光圀が言った。
初夏の夕方の爽やかな涼しい風が心地良い。
「本当に、心が洗われる素敵な御褒美ねまさに百万ドル…いえ、百万石の景色だわ」
てぃーだが、そう言って笑うと、他の三人もニッコリと微笑んで、暫くの間その美しい景色を眺めていた。
光圀の御褒美の江戸城から見える絶景なる町並み。
プライスレス。
そうして、光圀とシチロー達の五人は、なんともいえない清々しい気持ちで暫くの間この景色を眺めていた。
その時だった。
「ねえ、シチロー……あれ、何かしら?」
なんと気なしに視線を城のすぐ下に移したてぃーだが、気になる物を見つけた。
「ん?何か見つけたの、ティダ?」
てぃーだが指差す方に目を移すシチロー。そして、その顔は、またたく間に驚きの表情に変わった!
「わぁ~~っ!あれはタイムトンネルじゃね~かっ!しまった!凪に時間と場所聞くの忘れてた!」
凪からの連絡で、今日タイムトンネルが現れる事は知っていたが、予告も無しにこんな急に現れるとはシチローにも予想外だった。
タイムトンネルは城の外。シチロー達は城の最上階。
そして、タイムトンネルの現れている時間は、たったの30秒間である。
さあ!どうするチャリパイ!
「御隠居!オイラ達、もう帰るから!」
「えっ?なんとも急な……それでは、表の門まで見送りを……」
「いや、御隠居おかまいなく。もうそんな時間も無さそうなんで!」
タイムトンネルが消えるまで30秒しかないのだ。シチローがそう言うのも無理はない。その中でも、一番慌てている子豚が、みんなをせき立てる。
「みんな!こうしちゃいられないわ!早く走るのよ!」
その声に合わせて、てぃーだ、ひろき共に廊下を走り出そうとすると、背後からシチローが声をかけた。
「ちょっとみんな!そっちじゃないよ、こっちだ!」
「えっ?…こっちって…」
子豚達三人の頭に『?』マークが浮かぶ。
シチローが指差す方向には、どう見たって通路なんか無いからだ。
「今から階段駆け降りて間に合う訳無いだろ!
屋根から飛び降りるんだよ!」
「えええぇぇぇ~~~っ!!本気で言ってるのぉぉ~~!」
「アンタ、バカじゃないの!ここ何階だと思ってるのよっ!」
子豚がそう言うのも当然である。江戸城の天守閣から飛び降りるなんて正気の沙汰では無い。まさに自殺行為である。しかし、シチローは本気だった。
「その、上様から貰った着物があるだろ。それをパラシュート代わりにしよう!
それに、うまくタイムトンネルの上に降りれば、体に衝撃はこない筈だ!」
ずいぶんと強引な理論ではあるが、確かに階段を降りていては到底間に合わないのも事実である。シチロー達に選択の余地は無い。
「もう~!死んだら化けて出てやるからっ!」
決死の覚悟で江戸城の屋根に降りたった4人。
「ひぇ~~っ!こんなに高いのぉ!」
下を見れば、目も眩みそうな高さである。よく、火事の救助現場なんかで逃げ遅れた人が窓から白いマットへと飛び降りるシーンがあるが、今回のそれは、そんなものとはスケールがだいぶ異なる。着地点のタイムトンネルの白い球体は、ここからではハンドボールの大きさ位にしか見えない。シチロー達がこれから行おうとするその行為は、アクロバティックな曲芸と言っても良いだろう。
手にはそれぞれ上様から貰った褒美の着物を持ち、シチロー達は大きく息を吸い込んだ。
「じゃあ~みんな行くよ!」
そして、シチローの掛け声と共に、4人の決死のダイブが開始された!
「ぎ
ゃ
あ
あ
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|
|
|
|
|
|
|
|
っ
!」
江戸城全体に4人の絶叫が響き渡る。鮮やかな模様の描かれた最高級の着物は、落下時の空気の抵抗ではちきれんばかりに膨らみ、4人の顔は必死の形相に引きつっていた。
「こんなので本当に大丈夫なの~~?シチロォ~~~~!」
「運が良ければの話だけどね~~~!」
「そんな無責任なぁぁ~~~~~!」
ドサッ
ドサッ
ドサッ
ドサッ
幸運にも4人は、タイムトンネルのすぐそばに植えてあった椿の木をクッションにして、何とか無事に地面の上へと降り立つ事に成功した。
「いったあぁ~い!」
痛いのも当然であろう。4人共、怪我をしなかったのが不思議なくらいだ。
「さあっ!みんな早くタイムトンネルに飛び込むんだ!」
おそらく時間的には一秒が二秒位の余裕しか無かったに違いない。
それでも、シチロー達はタイムトンネルに潜り込む刹那、天守閣の窓際に立つ光圀に向かって笑顔で手を振った。
「御隠居~~っ、いろいろありがとう~それじゃあ元気でね~~」
そして4人がタイムトンネルに飛び込むとすぐに、その白い光の球体は、シャボン玉がはじけるように消えてなくなってしまった。この時、城の外には数人の城に仕える侍が居たが、皆、夢でも見ていたかのように呆然とタイムトンネルのあった場所を眺めていた。
そして、天守閣の窓からその一部始終を見ていた光圀も……
「きっ、消えてしまった!……まったくあの連中は…最初から最後まで驚かせてくれるわい…しかし、何とも愉快な者達じゃったな」
そう言って、呆れたように笑った。
こうしてチャリパイの破天荒な江戸珍道中は、幕を閉じたのだった。
♢♢♢
ぐるぐると、不規則な螺旋模様に囲まれた空間。
2024年に向かってタイムトンネルの中を歩くシチロー達。
「ああ~~やっと帰れるよ」
「本当に、未来から過去から色々あったわね」
「やっぱり、なんだかんだ言っても現代が一番だね」
長い旅から故郷へと帰るがごとく、久しぶりに現代に戻るのを心待ちにしているシチロー達。やがて、その螺旋模様の空間はうっすらと白くぼやけはじめ、現代への出口が見えて来た。
「さあ、やっと現代に帰って来たぞ」
2024年、深夜の歌舞伎町に忽然と白く光る球体が現れた。その球体から次々と飛び出して来る4人の姿を、不思議そうな顔で振り返って見る通行人。
「いやあ~なんか懐かしいな今度こそ間違いなく2024年だ」
と、その時シチローのポケットからスマートフォンの着信音が鳴り響いた。
電話の相手は凪である。
「もしもし」
『シチロー?あの…ごめんなさい……タイムトンネルの時間と場所を連絡しようとしたら、例によってメルモさんが先走りしちゃって……4人ともちゃんと帰れたかしら?』
「うん大丈夫だよ凪。今度は間違いなく2024年みたいだよ」
その答えを聞いて、電話の向こうの凪はほっと胸を撫で下ろした。
『そう…よかったわ。一応、最初にタイムトンネルを出現させたあの日の午前2時に設定してある筈だから』
「え・・・・?午前2時・・・・?」
それまで笑顔で話していたシチローの顔が、突然曇り出した。
『どうしたの…シチロー?何か問題でも?』
「ヤバイ!ひろき!逃げるぞっ!」
シチローが急に慌て出したその理由は、その後すぐに解った。
「テメエら!こんな所にいやがったかぁぁ~っ!二人共スマキにして東京湾に浮かべてやるからなあぁぁぁぁ~~~!」
通行人を掻き分けて、鬼のような表情でシチロー達の方に向かって走って来るのは、最初にシチロー達がタイムトンネルで未来へと旅立つ間際まで散々に追いかけて来たあのヤクザであった!
「キャア~~!なんでまだあんなのがいるのよ~~!」
「凪~~!お願いだからまたタイムトンネル出してくれぇぇぇぇ~~っ!」
本当に…どの時代へ行っても、人騒がせな連中である。
FIN
チャリパイEp9~時をかける森永探偵事務所~ 夏目 漱一郎 @minoru_3930
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