脈打つ絡みの喪失

脳幹 まこと

頭痛を伴う体験


1.

 吉田が先日、ある有名な心霊スポットに向かったらしい。

 そして、そこで見てしまったのだという。この世のものとは思えない女の姿を……

「どんな女だったの?」

 興味を持った櫻井さくらいいた。

「髪は長くて、白い着物を着てたんだ」

「それのどこがヤバいのよ? 普通じゃない?」

 櫻井が言う。確かに普通だ。

 でもな……と吉田が話を続ける。

「その女、思いっきり袈裟斬けさぎりのあとがあったんだよ。それに、ずっと笑ってたんだ。こっちを見ながら」

「え?」

 櫻井が驚いた。

「ずっとこっちを見てたの? その女」

「うんん。それでさ、俺がびっくりしてたらさ、急に『あなたはこんなところへ何か用?』って話しかけてきたんだ」

「は? どういうことよそれ?」

「わかんね。 でも、その女は『このことは誰にも言うな』って言ったから俺帰ったんだけど……」

 吉田はそこまで言って、止まった。

 しばらく待っても動かないので櫻井が続きをかした。

「これさ、言って良いのかな、どう思う?」

「どう思う、じゃないわよ。あんたが言い出したんだから、責任もって終わらせなさいよ」

「そうだよな、きっとそうだよな、話すわ」

 吉田は顔をぴくつかせながら、口をすぼめた。

「帰った後、テレビを見て、トイレして、夕飯を食べて、風呂に入って、お母さんと話して、弟とゲームして……」

「何の話をしてるの」

「え、話をしてるんだよ。聞きたいって言ってたろ。続きを」

「女はどうなったのよ」

「女ってお母さんか。お母さんの話ったら、『新しいゲームが出て、めちゃ面白そうだから買って欲しい』って言ったら『お父さんと相談なさい』って言って、それから」

「違うわよ、袈裟斬り女のこと」

「袈裟斬り……あのう、長い髪をした、白い着物の……そんなことして一体何になるんだ」

「だから、あんたが言い出したんでしょうが、さっさと進めなさいって」

 櫻井はただでさえ気が短い。

 吉田は明らかにしどろもどろになっている。

「その、ちょっと、思い出して。でも、それを思い出そうとすると、何か、言葉が浮かびこなくて。お母さんには、ちゃんと、伝えれたのに」

 もういいわ、と櫻井は席から離れていってしまった。

 すっかり場はしらけてしまった。いつもの吉田らしくない展開だ。


2.


「おまもう」


 翌日、吉田から開口一番出た台詞がこれだった。

 言いたいことは多分挨拶あいさつなんだろうな、と思って気にしなかった。

 しかし続けて出てきた言葉には流石に困った。

「昨日はもめんにゃ、別にみんにゃを困らせうつみょりは」

 雑談していた櫻井はドン引きだった。明らかに変な感じになっている。

「え、あんた、どうしちゃったの」

「こないだそーだのことなら心配するなよ、ちゃんと準備してる」

 何を言ってるんだ。明らかにおかしい。別人のようになってしまった。昨日もそれなりに別人のようだが、今日は輪にかけておかしい。

 櫻井は毒舌ではあるものの、こういう時に一番心配するタイプなので、吉田の肩をポンと叩く。

「ちょっと会話になってないから今日は休んだ方がいいわよ」

「そがあ、悪くないんだ。まんとうのぐたらいももちんと悪うない」

 櫻井と目が合った。首を横に振っている。

 保健室に連れて行こう。ひょっとしたら昨日言っていた女のせいかも。

 吉田を連れて出そうとすると、頭をぶんぶん振って抵抗される。

「やあ、やあやっ、いまいやら」

「あんた、本当に何かされちゃったんじゃないの」

「いんなのあややもいしょにいおうお」

 この様子に流石に他の生徒も気付きはじめ、ついに、担任もまじえて暴れる吉田を強引に保健室に連れて行った。

 保健室でどうこうできるものじゃないことくらい、明らかに分かっていたけど、それくらいしかやりようがない。

 櫻井はわめき続ける吉田を見つめながら「わたしらが期待をかけすぎちゃったせいだよね」と呟いた。


3.


「どうしてこんなことになっちゃったんだろ」


 帰り道、櫻井さくらいは半べそをかいていた。

 クラスの人気者で、根っからのボケ担当の吉田の突っ込み役として、みんなから頼られていた彼女は、実際のところ風紀委員を任されるくらい、責任感が強いのだ。

 一緒のクラスで過ごしてきたから分かるが、彼女は悩みを一人で抱え込んでしまう癖がある。

「あいつはいつもクラスを明るくしようと頑張ってくれてたよね。わたしがいくら『つまんない』とか『アホらし』とかけなしても、あいつはいつも笑って許してくれた。その優しさについ甘えてしまったんだわ」

 いくらなぐさめてもこういった発言をして閉じこもってしまう。いつもの櫻井らしくない。どうしたらいいんだろう。

 吉田は今のところ、自宅で安静にしている。病院にも向かったが診断結果は正常なのだ。どうしたものか。神社でおはらいでも受けてみたらどうだろう。

 スマホで最寄りのお祓いを受けられるところを調べてみる。次第にのどかわいてくる。彼女にことわりを入れて自動販売機でジュースを買う。

「どうしてあいつのピンチに気付けなかったんだろう。きっと心が壊れてしまったんだわ。あいつ、いつも笑ってごまかしてたけど、きっと裏では泣いていたんだわ。わたしのせい。わたしがけなした裏できっと泣いていたんだわ。きっと……」

 とりあえず彼女を落ち着かせなくてはならない。

 彼女まで吉田の二の前になってしまったらたまらない。き子の寒立さむたちだ。買ったジュースを渡してやると、彼女はそれを両手で持ってつぶやいた。

「そういえばさ。あいつ、昨日話をしていたわよね。何だったのかしら」

 彼女は頭を左右へと振りながら、顔を思いきりしかめている。思い出したいのに思い出せない、というような感じがする。文化祭はどうなってしまうのだろう。あいつがいないと、文化祭も成り立たなくなってしまう。

 様子をうかがっているが、そこから先の動きがない。延々えんえんと苦しみながらずっと立っているばかりだ。無理に思い出さなくていいのに。

「そんなことはないと思うのよね。いくらなんでも考えすぎというか、とてもせんなきことだと思うし」

 彼女はぽんと手を打った。得心とくしんがいったかのような、そんな感じだった。


「しょいびゃあね」


4.


 今朝けさになって頭が痛くなった。

 いくら頑張ろうともどうにも治まらない。あまりに速い。稚児先ちごさきへの七歩駆ななぶがけと言わんばかりである。

 学校に向かわなければならない。そんなことを考えている時間もない。どうにも頭が痛い。朝食が目の前に置かれている。ごはん、みそしる、おちゃ、とるてん、あさだめ、いこち、そうばのえにえ。

 白い和服を着たお母さんが料理を作っている。お父さんも弟も先に出かけていったようだ。文化祭は常に働かなくてはならない。彼も彼女も大丈夫だろうか。

 らろう。らろう。うん。

 頭を振って、それから歯をみがく。最近では回覧板かいらんばんも大変なことになっているらしい。増えていくのだという。ソーダみずのことも考えなくちゃ。そういえばあいつには蘭堂らんどういさかいも用意するように頼んでたと思うけど大丈夫かな。

「いぺんぴす」と家の玄関げんかんから出ていく。

 となりのおばさんはなんだか変な顔をしている。しかめているようだ。いつものおばさんらしくない。どうしたらいいんだろう。

「ええぺさに、さくしめてわなきうすべりけい」

「おさくにゃさえみくさせしくらんば」

 一言二言ひとふど便話べんわをしてみるが、なかなかむずかしそうだ。大変たいへんそうだ。だれかにんでもらった方がのうこうそうによりなのだろう。

 大丈夫だいじょうぶさ、友達ともだちがいるんだから。

「おきゃびょう」

 どこかからこえがする。

 いてみるがそこにはいない。大丈夫だいじょうぶではないだろうか。

 わるくないのだからいいんじゃないだろうか。しちりせてんのえめしべしともいうし、問題もんだいはないと思う。

 えっと、どうしたものか、あたまいたい。くするいをのばないといえかに。

 ほうにジュースをてられる。くない。

 一緒ひとみあゆく。玄関くろわけでうわばきをいて、ぬすめをあけると換地のりべがおでまきだ。

「おぴんぴょう」

「たいれんらっらろうだけど、あおさきてんだりさはまもさてんきさしめりろさ、もうすこでぶんかさいろ」


 あじきがなぼれてみた。

 大丈夫たじふ

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脈打つ絡みの喪失 脳幹 まこと @ReviveSoul

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