人喰い箱とサク

太刀川るい

第1話

「開けろ」

 隊長は冷たく言い放った。有無を言わさぬ口調だった。

 サクは、全身に冷や汗をかきながら、眼の前の箱に手を伸ばした。


 箱の表面は、白い陶器のような表面をしていて、薄暗い洞窟の中でよく目立つ。

 恐る恐る伸ばした指先が箱のなめらかな表面にふれた。

 ひんやりとした感触が、なんとも不気味だ。

 サクは先程見た恐ろしい光景を思い出し、思わず身を震わせた。


 少し離れた場所では、男が一人、上半身をサクの目の前にあるものとそっくりな箱の中に突っ込んで死んでいた。

 その最期の光景が、折れる骨の音が。流れる血液が。サクの目に焼き付いている。


 □■□■□■□■


「簡単な仕事だ」とその男は言った。

「ダンジョンの奥に、宝箱がある。それを回収しに行くメンツを探している。日当も悪くない」

 そういいながら、酒場で手当たり次第に声をかけていたのだ。


 サクは怪しんだ。

 こういうギルドを通さずに来る仕事は怪しい物が多い。ギルドは手数料を取るけれども、その分、依頼のキャンセルや報酬の不渡りについては心配しなくて良い。

 依頼金は一時的にギルドに預けられるから約束をたがえることはないし、契約も明瞭だ。

 だから、ギルドを通さずにこういった場所で人を集めるのは、脛に傷を持つ連中と決まっている。


 だが、サクには金が入用だった。故郷の母が病気になり、薬を買って行きたいと思っていたのだ。

「興味がある」

 サクがそういうと、その男は歯の欠けた口でにやりと笑って言った。

「運がいいな。坊主。あっという間に大金が稼げるぞ」


 数日後、約束の場所に行くと、男の仲間が二人ほど来ていた。

 サクに声をかけた男は自分が隊長になると言った。残りは小狡そうな小男と、サクと対して年も変わらないような男が居た。

 小男の方は、隊長と前から知り合いだったらしく、こっちを横目で見ながら、小声でひそひそと会話をしているのが見えた。

 何の話をしているのかと思って見ていると、もうひとりの方に声をかけられた。

「よろしく。俺はサイゴウ。君は?」

 サクが名乗ると、サイゴウはにこやかに笑って「どうも」と言って手を差し出した。

 正直ほっとした。こういう人となら、うまくやっていけそうだ。

 サクはそう思ったが、すぐに間違いであることに気が付かされた。


 ダンジョンまでは徒歩で数日かかるが、サイゴウは思ったより中身のない人間だった。見てくれは良いが、彼が話す未来の話は、どれもこれも具体性にかけた。

 話す内容も自分の自慢話が多く、延々と自分の話を続ける小さい子供を見ているようだった。その自慢話も聞く度に細部が変わっていたり、矛盾したことを平気で話したりするのである。サクは諦めて適当に相槌を打つことにした。


「BIGになる」

 サイゴウが言っていることは結局のところそれだった。俺はいつかやるぜ。この冒険で大金を稼いでデカい仕事をするんだ。ということを薄めて何度も繰り返しているだけだった。

 隊長は隊長で、サイゴウとサクとはほとんど喋らなかった。小男、副長を名乗っていたが、その男は隊長に輪をかけて胡散臭かった。

 時々気がつくと、サクとサイゴウの会話に聞き耳を立てているような素振りがあり、不気味だった。


 小さな湖のほとりにダンジョンはあった。ダンジョンの中は薄暗く、そして湿っていた。

 隊長たちは、ここに来たことは無いらしく、松明の灯りに照らされながらゆっくりと中を探索していった。

 それほど広くはなかったが、罠がいくつかあって進みは遅かった。幸いだれも引っかかることがなく、奥に行くことが出来た。

 奥には小さな小部屋がいくつかあり、粗末なテーブルや寝台など、人が住んでいた形跡があった。その中の一つに、その箱はあった。


「あれが宝箱だ」

 と隊長は言った。

「このダンジョンを根城にしていた盗賊がここに宝を隠した。いくつか宝箱があるから、全部開けなきゃならん。サイゴウ。お前に最初にお宝を拝ませてやる」

 呼ばれたサイゴウは、前に出ると、箱に手をかけた。

 それが、サイゴウの運命を決めた。

 箱の蓋を開こうとした瞬間、突然、箱の口がバネじかけのようにがばりと空いた。

 なにか仕掛けがしてあったのか。驚くサクの目に、鋭い牙と何本もの蠢く触手が見えた。

 あっと声を上げる暇もなく、サイゴウは、触手に引きずられ、箱の中に上半身を突っ込む。

 そして、その体の上に、ばつん。と箱の蓋が落ちた

 ずっと、嫌なが音がした。肉に鋭い牙が刺さる音だ。

 サイゴウは一瞬体を痙攣させたが、それっきりだった。


「これはハズレか。まあいい。残り一つだ」

 隊長は冷徹な口ぶりでそういった。

 サクは腰を抜かして立ち上がれなかった。なんなのだこれは。罠か?サイゴウは罠に引っかかったのだろうか?

 サイゴウの様子を見ようとすると副長がそれを止めた。


「やめておけ。もう死んでる」

「こ、これはなんなんですか?」

「ミミックとかいうやつらしい。ここに宝を隠したやつの趣味さ。宝箱そっくりの怪物で、箱を開ける人間に襲いかかる。ご丁寧にそれにそっくりな宝箱を作っていくつも置いていったんだ」

「罠なんですか?」

「そう考えればそうだろうさ。ほら、次に行くぞ」


 なかなか立ち上がろうとしないサクを、隊長が蹴り上げた。

 サクは思わず叫び声を上げて立ち上がった。


「モタモタしてんじゃねぇ」

 有無を言わさぬ迫力があった。

 サクは呼吸を整えると、後についていくふりをして、踵を返すと駆け出した。


 サクはこういうときの判断は早い男だった。

 あの男は、自分たちを使い捨てにする気なのだ。

 金で雇った若者に宝箱を開けさせて中身を手に入れる。

 もし、無事に宝箱を開けられた所で、生きて帰れる保証はないだろう。

 サイゴウが死んだ時の、隊長の平然とした様子を思い出した。

 あれは、すぐに殺せるタイプの人間だ。


 うまく行けば、サクはそのまま逃げ帰ることが出来ただろう。だが、不幸なことに、曲がり角で、見知らぬ男とぶつかってしまった。

 鼻をしこたま打ってサクは地面に倒れ込んだ。からからと地面になにか光るものが落ちた。光る鉱石をつかったライトだ。高級品でなかなか手に入るものではない。

「痛いじゃないか! おい、こんな所で何をしているんだ?」

 同じ様に地面に倒れ込んだ相手が文句を言うのが聞こえた。

 そこに副長が追いついて、サクを地面に押さえつけた。


「ちょっと、あんたがた。こんな所で何をしているんですか?」

 眼鏡をかけた男は不審な顔でサクと副長を見た。

「あんたこそ、何をしてるんだ?」

 追いついた隊長がじろりと男を睨んだ。

「何って、洞窟の調査ですよ。あなた方、もしかしてここに住んでいる人?」

 副長と隊長は顔を合わせると、男に向き直った。

「残念だが、見られたなら仕方がねぇ。一緒に来てもらう」


 サクとその眼鏡の男は乱暴に手首を縛られて洞窟の中を歩かされた。

 男は学者で、たまたまこのダンジョンを調査に来ていたらしい。

 そこで、運悪くサクたちと出会ってしまったのだという。


「ふうん、なるほどミミックですか。随分と意地が悪い」

「ああ、仲間がもう何人も死んでいる。リファのやつ、どこかからこの箱を手に入れたものやら」

「リファというのは?」

「この洞窟を根城にしていた盗賊のことさ」

「それを知っているってことは、あなた方、その盗賊の仲間だったりしますかねぇ?」

 捕まっているというのに、その男は平然と話し続けた。よほど、度胸が座っているのだろう。サクは感心した。


「ふん、察しが良いな。学者センセイよ」

 隊長はそういうと、鼻で笑ってみせた。

「僕は違う。酒場で集められた」

 サクは怒りを込めてそう言った。

「黙れ、勝手に喋るな」

 副長の耳障りな声が飛んだが、無視した。


「そういえば、あなた、さっきこの箱をどこで手に入れたのかと言いましたけど、多分元々ここにいたものなんじゃないですか?」

「どういうことだ?」

「ミミックってのは、今や希少です。滅多なことでは出会えない。でもこういう辺鄙な場所にはまだ生き残っている可能性がある。この洞窟にたまたまミミックが生き残っていたので、その隣に良く似た箱を置いてトラップにしたんじゃないでしょうか」

「リファの考えそうなことだ。あいつはここに誰も入れさせなかった」

「別に、リファという人が考えた方法ではないと思います。昔からある手法ですよ。今はミミックの数が減ったので、知っている人はそんなに居ませんけどね。そもそもミミックが宝箱に似てるんじゃなくて、宝箱をミミックから作ったんです」

「へぇ、そうなのかい?」

「ええ、ミミックは近くにいるものを捕食する。だから寿命を迎えたミミックの中には、犠牲者の金や所持品が入っていることが多い。だから元々、天然の宝箱として知られていた。

 さらに時代が進むと、泥棒よけにミミックをあえて置いておくようになった。死んだミミックの中身をくり抜いた宝箱と、本物を並べておいておけば、見分けは付きません。だからミミックはどんどん乱獲されて数を減らす。そのうちミミックのことが知られなくなっても、宝箱はミミックを模して作られるようになった。本当はそっちのほうをミミックと言っていたんです。今じゃ言葉が逆転してしまいましたけどね」

「学者センセイ、随分詳しいようだな。だったら、普通の宝箱との見分け方も分かるか?」

「いや、正直な所、箱がミミックかどうかを判別する方法はないんですよ。近くに骨が落ちているとかで判別するしかない」

「役に立たねぇな。ついたぞ」

 隊長が指し示した場所は小さな部屋だった。先程と同じような箱が2つ並んでいる。


「残る箱はこれだけ。このどちらかがリファの隠した財宝なのは間違いない。さて、学者センセイ、どっちだと思う?」

 眼鏡の男は寄ると、じっと表面を観察した。

「わからない。両方とも外殻はミミックのものです。ミミックの構造は貝に良く似ていて、硬い殻は年々大きくなる。もっとも貝の仲間かというとそうではない。触手には猛毒の刺胞を持っているからイソギンチャクにも似ています」

「ごちゃごちゃ無駄話をするのをやめろ。もっと近づいたらどうだ?」

「これが限界ですよ。ミミックがどうやって他の生き物を感知しているかはわかりませんが、近づいただけで喰われる場合もある。逆に蓋を開けるその瞬間までじっと黙っている場合もある」

 サクは先程見た光景を思いだして震えた。サイゴウはそれにやられたのだ。


「じゃあ、あとは開けてみるしかないな。おいサク、開けろ」

 隊長はそう言うと、サクの手の縄を取った。

「怖がるなよサク。確率は二分の一だ。財宝が拝めるかもしれねぇ。分け前はちゃんとやるよ」

 嘘だな。とサクは思った。分け前を寄こすより、自分を始末したほうが早い。サイゴウの件でわかった。最初から帰すつもりなど無いのだろう。


「聞こえなかったのか?」

 隊長はどすの利いた声で言った。


「開けろ」


 サクは恐る恐る箱に近づく。


 箱の表面は、白い陶器のような表面をしていて、薄暗い洞窟の中でよく目立つ。

 恐る恐る伸ばした指先が箱のなめらかな表面にふれた。

 ひんやりとした感触が、なんとも不気味だ。


 逃げよう。そう思ったが、隊長と副長が自分を後ろから見ていて逃げる望みは薄い。

 どうする。どうすれば良い?サクは必死で考えた。これがミミックだったら、自分は死ぬだろう。だが、財宝だったら?

 財宝を外に運び出すには人手が必要だ。それまでは生きていられるに違いない。その後なら逃げ出すチャンスはある。この箱が財宝であることにかけるしかない。


 確率は二分の一、二分の一だ。サクはそう自分に言い聞かせながら、ゆっくりと蓋を開けた。

 サクは中から触手が出てくることを覚悟した。ところがそうではなかった。中から漏れ出したのは、きらびやかな光だった。

 松明の光を反射して、何百枚もの金貨や宝飾品がきらきらと輝いている。


「ほお~!」

 男たちの声が洞窟の中に反響した。緊張が解け、サクの体から一気に汗が吹き出した。

「でかした。これで一財産できたぜ」

 隊長は夢中で金貨の山に手を突っ込む。金貨がチャラチャラと音を立てて指の隙間からこぼれ落ちた。松明の光を反射して眩く光る。その時だった。


 副長がもう一つの宝箱の裏にまわり、それをがん、と蹴飛ばした。

 箱は、ごろりと転がると、次の瞬間、ガバリ、と蓋をあけて隊長に襲いかかった。

「てめぇッ……!」

 隊長はそう言いかけたが、それ以上話すことはできなかった。触手の刺胞にやられて麻痺してしまったのだ。

 そのまま、恐ろしい力で箱に引き寄せられると、ボリン、という骨が砕ける鈍い音を出して、箱の中に喰われてしまった。


「おっと、あんたら動くなよ」

 副長は、剣を抜くと、サクたちにその切っ先を向けた。

「こいつは、前から気に入らなかったんだ。これからは俺の指示に従ってもらう。財宝を運び出せ。分け前はやるよ」

「信用できるか!」

 サクは副長を睨みつけた。裏切りが起こったのだ。この副長は、財宝を独り占めにするつもりらしい。

「信用しなくてもいいけどさぁ。その場合はここで死ぬだけだぜ?」

 副長はそういうと、卑屈に笑ってみせた。

「さあ、財宝を袋に詰めろ」

 サクたちがしぶしぶそれに従い、袋に詰め始めたときだった。

 突然地鳴りのような小さな振動がサクたちを襲った。


「これはなんだ?」

 副長が不安げに周囲を見渡す。

「リファとか言いましたっけ? おたくの元ボスが仕掛けた罠なんじゃあないですかね?」

 いつもと変わらない冷静な口調で学者センセイは答えた。

 サクは思わず悲鳴を上げた。

「水が! 水が来ます!」

 通路の向こうから突然水がこちらに向かってきたのだ。あっという間に彼らの足元に広がっていく。

 そういえば、この洞窟は湖の近くにあった。何かがきっかけで湖の水が洞窟内部に入って水没するように作られているに違いない。


「くそッ!」そういうと、副長は乱暴に宝箱の底の金貨をポケットにねじ込むと、財宝を詰めた袋を担いで逃げ始めた。

 あわててその後を追おうとしたサクを、学者が引き止めた。

「ちょっとまってくれ。この箱を持っていくのを手伝ってくれないか?」

「箱なんてどうでもいいだろっ!」

 サクは激怒した。こいつは何を考えているのだろう。ここに居たら死ぬだけだ。しかし学者センセイは、平然とした調子で続けた。

「いや、これが必要なのさ」

 その平然とした口調に、思わずサクは我に返った。なにかはわからないが、この男には考えがあるらしい。なんとなくだが、信用できそうな気がした。


「ばかなやつだ。黄金を抱いたまま泳げるものか」

 学者センセイの持っている光を放つ鉱石が水没した洞窟を照らす。暗い水の向こうに見えるのは、副長だった。

 水底に張り付いたように倒れ、髪の毛を水に揺るがせている。

 ポケットに入れた金貨が重しになってしまったのだろう。

 光を失った目をかっと見開き、もう二度と動くことはない。


 サクは改めてこのダンジョンの制作者の意地の悪さを思い知った。重い黄金を持って逃げようとすると、死ぬような構造になっているのだ。

「道はこっちだったはずだ。君、そっちの方に行ってくれたまえ」

 学者センセイの声が狭い箱の中で反響して響く。


 サクたちは、宝箱を逆さまにして被っていた。中に溜まった空気を吸えば数分は持つ。選ぶべきは黄金ではなく、箱だったのだ。サクは理解した。これがこのダンジョンの秘密なのか。

 どんどん濁っていく空気に必死で勇気を奮い起こしながら、サクはまっすぐ出口を目指した。


 ようやっと水面にでて、新鮮な空気を吸い込んだ時、サクは、涙を流した。

 生き残ったのだ。もう二度とギルドを通さない仕事は受けるものか。そう心に誓った。


「ありがとうございます。命の恩人です」

 洞窟から出たサクは、学者センセイに深々と頭を下げ、これまでのことを話した。

「なるほど、そうだったのか。ひどい目にあったもんだ。とりあえず服を乾かそうか」火を起こしながら、サクはこれからのことを考えてため息をついた。


「どうしたんだい?」

「結局、一文無しになってしまいました。母へ薬を買うはずが……」

 思わずサクは目に涙をためた。自分のバカさ加減が悔しかったし、結局こうやって人に助けられるのも情けなかった。

「ああ、あの金貨を一枚でも持ってこれたら……」

「なるほどね。でも、安心してくれよ。もっと価値のあるものを持ってこれたから」

「それは、君の命って言うんじゃないでしょうね?」

 サクはため息をついた。

「もちろんそれはそうだが、それとは別の話さ。この箱だよ。ミミックの殻さ」


学者センセイは、箱の表面を撫でた。


「それがどう価値があるっていうんですか?」

「言っただろう? ミミックは数を減らしている。だから、その殻は市場に出回ることがない。縁起物として珍重されるのにね。だから、これはかなり高値がつくよ」

 学者センセイの言った値段を聞いて、サクは目を丸くした。すごい額だ。

「これから、僕はこの箱を持っていって換金したい。手伝ってくれるかな。もちろん報酬は山分けということで」

 サクは笑顔になると、元気よく「はい」と答えた。

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人喰い箱とサク 太刀川るい @R_tachigawa

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