第7話 

 下駄箱にローファーを入れ、階段を上って二階の教室へと向かう。


 廊下ですれ違う人たちはみんな見知った顔ぶれ。「一貫生」のみで構成されているこの校舎では同級生はもちろんのこと、先輩だってみんな見覚えのある人たちばかりである。

 これはホントに部活に入ることでもしなければ高入生との関わりがないまま三年間を終えたって何も不思議じゃないよな。


「中高一貫校に通う生徒」というと、なんだかすごく真面目で落ち着いてそう、とか、きっと勉強漬けの日々を送ってるんだろう、とか思われがちな気がするが、少なくともうちの学校では全然そんなことはない。


 廊下では男子が数人で集まってバカ騒ぎをしているし、女子たちもグループで集まってなかなかの騒がしさだし、まあここら辺はなんら普通の高校と変わらないんじゃないだろうか。




「おう、拓也」


「うっす」


 教室には入り、いつもの窓際の席に着くと、前に座るよしゆうだいがこちらを振り返る。彼にしては珍しく英単語帳なんかを開いている。

 彼とは中等部の頃からずっと同じクラスで、去年までは同じクラスだった直紀を含め三人でよくつるんでいた。

 その雄大だが……心なしかいつもよりニヤついてるように感じるのは気のせいだろうか。


「雄大が単語帳開いてるなんて珍しい」


「ああ、まあな。今日のテストが無ければ俺も開かんよ」


 ああ、そうか。テストか。昨日の放課後のあれこれですっかり頭から飛んでいた。

 帰りのホームルームで担任の木村が英語の確認テストがあるとかなんとかそんなことを言っていた気がする。


「完全に忘れてたわ、うわーめんどくさ」


「まあ六限のロングホームルームの時間にやるらしいから。間に合うっしょ」


 仕方ない。雄大にならって単語帳だけでもパラパラと確認しておくか。てか単語帳持ってきてるっけ?

 そんなことを考えながら荷物を漁っていると雄大がこちらを振り返る。


「ところでさぁ、今朝一緒に歩いてたあの女子、誰なん? まさか付き合ってたりでも……。」


 うん、そうだよね。そうくると思った。


 どうして直紀といい、雄大といい、女子と仲がいい、女子と一緒にいる、というそれだけで変な勘違いをしてくるのか。幼馴染だよ、幼馴染。

 でもその幼馴染に恋愛感情を抱いてしまう俺がいるのも事実……。それが悔しい。


「いや、普通に友達。小学校の幼馴染でさ、たまたま一緒に行こうってなって」


 本当は昨日の夜、LINEで集合時間まで決めて、本当は昨日の夜、由奈のことを考えていたらなかなか寝れなくて、本当は今日の朝、由奈との集合時間に間に合うように汗だくになって自転車を漕いだけど。


「ああー、そゆこと。ま、そうだよなー。まさか拓也に彼女なんてなぁ。」


 ずいぶんと失礼な物言いだが、まあ否定はできない。


「いやー、でもめっちゃ可愛い子だったじゃん。さっきなんとなく窓の外みたら拓也と二人で歩いてるもんだからさ、おおマジかって。でも幼馴染とはねぇ……まあ俺だったらあんな子が幼馴染にいてもキョドってまともに話せそうにないけどな」


 さらっと自虐をかましてくる雄大。ま、キョドってまともに話せないのは俺もなんだけどね。


 始業五分前のチャイムが鳴る。


「ん、ちょっとトイレ行ってくるわ」


「ほーい」


 廊下の人だがりを抜け、端にあるトイレへと向かう。


「あっ、たっくん!」


「お、おう」


 由奈だった。


「もう始まっちゃうけど、どっか行くの?」


「いや、ちょっとトイレでも行こうと思って」


「あー、そっかそっか」


 そこで由奈はあっ、と思い出したような表情をする。


「そうだそうだ。ねえ、今日、英語のテストやるらしいじゃん? 勉強した?」


「いや、それマジで俺忘れてた。ヤバい。さっき友達から聞いて思い出したよ」


「だよねぇ! 私もなんだよ。もうすっかり頭から抜けてた……って、あっ! トイレ行くんだよね、ごめんごめん、邪魔した!」


「いや、全然。……それじゃ」


「うん、頑張ろーね、テスト!」


 おう、と返事してトイレへと急ぐ。

 これからはこういう何気ない会話が由奈とできるのか、となんだか感動した。




「……で、この……をグラフに……と……こうなるわけだけど……」


 一限目、数学。

 俺は早くも睡魔との戦いを強いられていた。数学担当の担任の声が遠くでぼやけて聞こえる。時々意識が飛ぶ。


「……い、おーい、梅山ー」


 急速に意識が戻ってくる。あれ、俺今呼ばれたよな……?


「大丈夫かー? 梅山?」


 大丈夫じゃないっす……めちゃめちゃ意識飛んでました……。


 雄大がそっとこちらに振り返る。


「問五。多分x=−3」


 小声でそう教えてくれた。


「……えーっと、x=−3、です……」


「おーい、大丈夫かー? ちゃんと起きとけよー」


 周りのクラスメイトがクスクス笑っている。

 流石に初っ端の一限から寝そうになってるのは俺だけらしい。


「さんきゅ」


 そう呟くと、無言でグッドサインが返ってきた。




 チャイムが響く。


「っしゃー! 終わったー!」


 教室中のあちこちから歓声が上がる。

 紙ペラ一枚が回収されていく。

 うん、悪くない出来だと思う。多分。


 高校に入って初めてとなる今回のテスト──。


「ま、大してムズくなかったな」


 こちらを振り返った雄大はそう総括した。


 雄大は全然勉強してないみたいな雰囲気を出しておきながら成績は毎度優秀である。才能なのか、人知れず努力を積んでいるのか……彼ならどちらもあり得る。


「まあ、案外解きやすい問題は多かった」


 ホントは最後の記述みたいなやつ、全っ然わかんなかったけど。まあ俺もほぼ英単語のみを勉強したにしては良く出来たほうだと思う。




 ホームルームを終え、雄大と揃って廊下に出る。


「いやー、なんか長い一日だったなあ」


「拓也、一限から死んでたもんな」


「寝不足はよくないな、ちゃんと寝るわ」


 本当は寝ようとしても寝れなかったのだが……。流石にその理由を事細かにタカに話すわけにはいかない。


「拓也、もう今日から部活なん?」


「うん、絶賛部活だよ。とりあえず基本休みないだろうね、夏コンまでは」


「すげえよなぁ。拓也が高校でも吹部やるってのには驚いた」


「俺もそんな入るつもりなかったんだけどな……特に高校でやりたい部活あったわけじゃないし、せっかくならあと三年頑張ってみるか、と」


「なるほど。吹部ってコンクールとか大変なんだろうけど定演とか盛り上がってるし楽しそうではあるよな、ブラックだけど。見るからに」


「まあね。直紀もまた入ったし、よかった。てか、直紀が入んなければ男子俺一人だったんだよ、一年」


「流石に男子一人は若干やりづれぇな」


「雄大は文芸部でしょ?」


 雄大は中等部の頃には卓球部に所属していたが、高校ではずっと入りたいと思っていた文芸部に入部したらしい。確か文芸部は全然部員数がいないからという理由で文化部棟は使えなくて二号棟の空き教室で活動していたような気がする。


「ああ、面白いよ、文芸部。やっぱ小説とか漫画とか好きで詳しい人ばっかだから話も合って楽しいし。俺、小説とかそういうのはかなり詳しいほうだと思ってたけど、上には上がいるっていうか。いろいろ知らないことばっかだったんだなって思った」


 これといった趣味のない俺だが、雄大が教えてくれたたくさんの作品に影響を受けて小説とか漫画にはかなりハマっている。部活が休みになった日なんかは一緒に町のほうの本屋へ行くこともある。


 雄大は続ける。


「まあ後はそうだな、なんつーか雰囲気がラクな感じがいいな」


「あー、なんとなくそういうイメージあるよな。文芸部とか美術部とかって」


「うん、なんか来たい人が来たいタイミングで集まって、本読んだり駄弁ったりって感じだからなあ。部長ですらそんな感じだし」


 雄大のいう「ラクな感じ」は正直結構憧れる。吹部は協調性のカタマリみたいなところあるからなあ。まあ曲をいい形に仕上げるためにも必要なことだってのは分かってるから嫌とは思わないが、いわゆる文化系部活のユルーい雰囲気というのはいいよな、と思う。


「そこんとこ、吹部とかとは真反対だよな」


 俺の気持ちを見透かしたように、雄大は笑いながらそう言う。


「ま、吹部は文化系運動部ですからね」


「うわ、よく言うやつだ」


 そんなことを話してるうちに玄関に着く。


「それじゃあな」


「おう、また明日」


 俺たちはそれぞれの部活へと向かった。

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あの時想いを伝えられなかった幼馴染と高校で再会して……。 まわる @shosetsu2023

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